五
やってしまった。
ものすごく綺麗になった部屋の中心で、真っ黒になった雑巾片手に反省する私。
汚れた部屋は、それはもう掃除のし甲斐があった。
汚れていた床はごみを集めて水拭きすれば見違えるように綺麗になった。
机も磨けば新品のような机になったし、黒く汚れていた窓のサッシもピカピカ。
調子に乗った私は、布団や枕も窓に引っかけて干したりして。
ベッドのシーツも交換して、皺がないように伸ばして、達成感さえ感じていた。
けれど、そこまで綺麗になってから、私は気づいたのだ。
「元気、ある、すぎる」
そう、私は病弱なローズ様の身代わりだった。
ローズ様が水の入ったバケツを持つだろうか?
いや、持たないだろう。
そもそも掃除とローズ様の組み合わせが想像できないのに、思いっきり掃除をしてしまった。
あ、でも。
「誰も、見る、ないぞ」
そうだ、掃除中の姿は誰にも見られていない。
見られてなければ、室内で元気そうに掃除してようが、元気なさそうに掃除してようがわからないはずだ。
「危ない、危ない」
ホッと一息ついて、掃除の続きをやれば、いつの間にかお昼を過ぎた時間になっていた。
当然、お腹が空いている。
病弱なローズ様でもお腹空くはずだし、お昼時も過ぎて人も少ないだろうと思った私は食堂へと急いだ。一応俯きながら歩いたりしてみたのだけれど、全然人に会わない。食堂に入っても人はまばらだから、もしかして魔塔に住んでいる人の数が少ないのかもしれない。
人の目があまりないのをいいことに、朝と同じように、お皿に好きな食べ物をのせていく。
私のお気に入りの勝手にエビチリと名付けた食べ物ももちろん盛っていく。
「うまい、すぎる」
やはり、このエビチリは最高である。
他の料理ももちろん美味しいけれど、これは格別だ。
美味しいごはんを堪能して、三階に戻る。
そして私は困ってしまう。
次にどの部屋を掃除すべきかわからないのだ。
ビリーさんはさっき掃除した部屋の掃除が終わったら隣の部屋を掃除するように言っていたけれど、右隣か左隣どちらを掃除すればいいのか聞いてなかった。
左隣はドアノブに埃がついているけれど、右隣は埃はついていない。
ドアの前を行ったり来たりして悩むこと数秒。
使用している部屋の掃除をすべきだろうと判断した私は、とりあえず右隣のドアをノックしてみた。
しばらく経って物音がしなかったから、ドアノブを捻ればドアは開く。
「失礼、するぞ?」
もし人がいたらいけないから、一応声を掛けてみたけれど返答はない。
誰もいないようなので、私は隣の部屋に置いていた掃除道具を運び込む。
この部屋もさっき掃除した部屋同様汚れている。
床にゴミが溜まっているし、汚れも目立つ。
「よし、やる、するぞ」
気合いを入れて腕まくりをして、バケツに水を汲み張り切る私。
まずは空気を入れ替えようと窓を開けて、布団を干すためにベッドに向かう。
「あ」
その時になって私ははじめてそこに人がいることに気づいた。
ベッドに寝ている人がいる。
ベッドで眠っているのは青い髪の人だった。
髪が長くて、女の人かなとじっと見つめていれば、不意に瞳が開いて視線が合った。
吸い込まれそうな赤い澄んだその瞳が綺麗でまじまじと見つめてしまう。
「だ、誰ですか? 何しに来たのですか?」
と、ベッドの上で警戒心丸出しな声は高かった。
どうやら、女の子の様だ。
「掃除、時間、ござーます」
「は?」
穴が開くほど見られている気がしたけど、さくさく手を動かしていく。
「誰だか知りませんが、出て行ってください」
ボフっと枕が飛んできた。
痛くはないけれど、ちょっとショックだ。
しかし、このぐらいでめげる私ではない。
「部屋、汚いぞ」
「え? 汚い?」
「臭い、モテる、ないぞ」
鼻をつまんでそう言った私をポカンと口を開けている女の子。
フッ。勝った。
と、ドヤ顔してしまったのが悪かったかもしれない。
「勝手に掃除しないでください。それに私は臭くないです」
もう一つ枕が飛んできたと思ったら私に届く前に落下してしまう。
「くっ、力がでません」
多少、冷たく拒否されたとしても掃除をする私。
本当に嫌そうだったらさすがに退出しようかなと思うけど、本気で嫌がっていないようなので、手早くやることだけはやる。
ついでに、飛んできた枕のカバーも交換する。
「ち、近寄らないでください」
「枕、ふかふか、使う、しろ。部屋、綺麗、なる、したぞ」
そう言って出て行けば、文句は飛んでこないから、多分問題ないだろう。
「なんですか、あの人は」
その声は、私の耳に届くことはなかった。
勤務初日は、結局、無人の部屋を二部屋と、青い髪の女の子の部屋を一部屋しか掃除しかできなかった。
「明日、たくさん、頑張る、するぞ」
それから数日。
私は毎日、同じような生活を送っている。
朝は七時から勤務を開始して、部屋の掃除。時折人がいる部屋があるけれど、寝ている人が多いから、そっと掃除するのにも慣れてきた。
たまに起きている人に会うけれど、そういう時は堂々と入室してササっと掃除することにした。
すごく嫌そうな顔をされたり、本気で拒否されたり、鍵がかかって入れない部屋なんてものもあったけれど、掃除をして、美味しいご飯を食べて、今のところ快適な生活を送っている。
あれからビリーさんに会っていないのが気がかりだけれど、こちらから連絡をとるにはどうしたらいいのかわからないのだ。
毎日掃除をしていると、だんたんと掃除のスピードも上がってきた。
三階の部屋は、同じ間取りの部屋が並んでいるから、掃除がしやすいのだ。
でも、今日は間取りが違うであろう、突き当りの大きな扉の部屋へとやってきた。
まずはノック。
返事がない。
「失礼、するぞ」
と、いつものように一声かけて扉を開ければ、扉が何かにぶつかった。
どうやら扉の前に何かあるようだ。
隙間が空いたから、顔を入れて室内を覗いてみればそこには倒れている人がいた。
「ビ、ビリーさん?」
ライオンのような髪型に、このモリモリ筋肉は恐らくビリーさんだ。
声かけに反応しないから、慌てて中に入る。
「大丈夫か?」
仰向けにして、息をしているのを確認してホッとした瞬間、部屋の奥から声がした。
「誰かいるのか?」
「あ、いる、する」
一瞬の沈黙の後、響いた声の鋭さに私は息をのんだ。
「誰だ?」
読んで下さった方、誤字脱字教えて下さった方ありがとうございます。