四七
まさか私が聖女なんてものなんて誰も思うまいと思っていたのに、不意にモニカが私の手を取り言った。
「スズさんが聖女だと聞いて、私はすごく納得しました」
「へ?」
「だってスズさんは私を救ってくれたから。もう嫌だって、真っ暗な世界にいた私に心から優しくしてくれたこと本当に感謝しています。スズさんがいるだけで、私の世界は明るくなりました。スズさんは私の救世主です」
出会った頃のモニカを思い出せば、確かに今とは違う人のようだけれど、救世主なんて言いすぎだと思う。
「俺も、スズは聖女だと思うぞ。バカだけど」
なんて憎まれ口をたたくのはナッシュで、隣にいる料理長のカールさんに軽く頭を叩かれている。
カールさんは私と目が合うとにこりと笑ってくれた。
「嬢ちゃん、異世界の料理をぜひ教えてくれ」
「もちろんぞ、でも、私、料理、うまい、ないぞ」
「異世界の料理なんて普通はお目にかかれるものじゃないからな、話を聞けるだけでも大収穫だ。ついでと言ってはなんだが、俺もスズは聖女だと思うぞ」
「へ?」
「介護食の概念はこの世界にはなかった。だがスズのおかげでこれから急速に介護食が広まるだろう。スズはこの世界の救世主といっても過言ではない」
聖女やら救世主やら、私とは程遠い単語が並んでいる。
「スズちゃんは魅惑のマッサージ師よ。私の腰痛はスズちゃんじゃないと治せないわ」
というグラマラスな体系の魔術師の姉さんの言葉に、おじいちゃん魔術師が続く。
「そうじゃ、肩もみの腕もなかなかのものじゃぞ。さらには掃除の手際が非常に良い掃除マスターじゃな」
魅惑のマッサージ師や掃除マスターなど、だんだん聖女からかけ離れている。
「私も、スズ様は聖女だと思います」
「アンも思う」
おじさん騎士とアンまでそんなことを言って、ワイワイと盛り上がる魔術師の集団と、何やら話し合いをしている公爵様御一行。
その時、騒がしい神殿に響く大きな声。
「無事スズの無罪が確定したぞ」
ビリーさんの一言に、みんな拍手だ。
私もホッと胸をなでおろした。
「ビリーさん、ありがとぞ」
「おお、よかったな。それで、この、異様な雰囲気はなんだ?」
「……私、聖女? 疑惑ぞ」
「は?」
私の片言でほとんどのことを理解できるさすがのビリーさんでも、今回は理解不能らしい。
「説明しよう」
そう言って代わりに説明してくれたのは公爵様で、話が進むにつれてビリーさんは私を宇宙人でも見るかのように驚いた顔で見ていた。
「スズが聖女? 聖なる乙女がスズ?」
信じられないのはわかる。だって私も全く、これっぽっちも自分が聖女だとは思わないのだから。
「それで、レナード殿下は、驚きすぎて固まっているのか?」
ずっと、固まったまま動かないレナードさんの肩をポンと叩いてみる。
「レナードさん?」
ハッとして我に返ったらしいレナードさんと、やっとまともに目が合った。
「スズが聖女……」
「大丈夫か?」
「スズが聖女」
「多分、違う、思うぞ。世界、安定する、私、不可能ぞ」
「スズ」
「なんだ?」
「俺はスズが聖女だと思う」
「ん?」
「俺の世界を安定させくれたのはスズだ。俺はスズが好きだ」
驚く私の耳に、さらに驚くべき言葉が聞こえてきた。
「先を越されてしまったが、俺もスズが好きだ」
「え?」
「好きだ」
思いの外真剣な表情のビリーさんに、私はただただ驚いていた。
「お、俺もスズが、好きだ」
顔を真っ赤にして、そう言ったのは万年反抗期のナッシュだった。
私は驚きすぎて、口をポカンと開けてしまう。
「私もスズさん大好きです。私が一番スズさんのこと好きですよ」
可愛く私の腕に抱き着いてそう言ったのはモニカだ。
「皆様には悪いけれど、私もスズが大好きですわ。それに、間違いなくスズと一番の仲良しはわたくしです」
目が覚めて、言葉もわからない私に優しくしてくれたローズ様。あの時の混乱と寂しさ、これから先の未来の不安を、たくさんの優しさで救ってくれたことは生涯忘れないと思う。
「わたくし、スズに出会えてよかったわ」
「ローズ様……私も、嬉しいぞ」
「ウフフフ」
ギュッと抱き着いてくるローズ様の肩越しに、公爵様と目が合う。目尻に皺を寄せて笑う公爵様は、父親の顔で優しく笑っている。
「ライバルが多いな」
そう言って、笑うレナードさん。
その笑うレナードさんを見て、嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして笑っているのがミーシャ様。その顔を見て、満足そうに頷いて笑うクレオさんと、顔を赤くしたまま笑う神官長。
誰かの笑顔をみて、誰かが笑っている。
多分、幸せというのはこういうことを言うのだろうと思う。
大事な人が健やかで笑顔でいてくれたらきっとそれ以上に幸せなことはないのだ。だから誰か一人を笑顔にすることができたら、幸せは連鎖していくのだろう。
「いい世界だぞ」
思わず漏れた言葉は、心からの言葉。
おしまい
のんびり更新でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。
優しい世界のお話に書き終わりにほっこりしていただければ幸いです。
はじめましての方も、いつも読んでくださる方も、ありがとうございました。




