四六
レナードさんの告白を聞いて黙っていられないのが、ミーシャ様とクレオさんだ。
「まあまあまあ、レナードが恋を」
「殿下も立派になられましたね。おしめを替えたのが昨日のことのようなのに」
「ええ、あんなに小さかった子が」
「月日が経つのは早いですね」
なんて盛り上がる二人と、突然の告白に頭が真っ白な私と、告白してすっきりした顔のレナードさん、早朝の神殿には妙な空気が流れていた。
そこに、ゆっくりと歩いて入室したのは神官長だった。
まだ腰が万全ではないであろう神官長だけれど、しっかりと自分の足で立っている。チラリとミーシャ様をみてキリリとした表情を作る神官長に思わず笑いたくなったけれど、神官長がそんな私を目ざとく見つけたようで、笑いをこらえた。
「あと少しで裁判の開始時間じゃぞ」
「さっき、終わるしたぞ」
「終わったじゃと?」
ここは予定通り、ミーシャ様から説明していただこうと、私はミーシャ様に合図を送った。それからは、ミーシャ様に話しかけられて頬が上気している神官長の姿が見られた。
「神官長はおばあさまが好きなようだな」
「大好きぞ」
ミーシャ様の説明に耳を傾ける嬉しそうな神官長を見ていたら、後ろの扉からぞくぞくと人が入ってくる。
ローズ様に、公爵家の使用人のみんな、公爵様も一緒だ。その後ろから、ナッシュ、モニカ、今日は料理長も、姉さんも、おじいちゃん魔術師もいる。そして、おじさん騎士もアンもここには来ていた。
「裁判は終わった」
驚く皆に、レナードさんが裁判が無事に終わったことを告げる。
戸惑うおじさん騎士にこれまでの経緯を説明すると、おじさん騎士は驚いた後、目を伏せて言った。
「ありがとうございます。しかし私がやったことは」
おじさん騎士の言葉を遮り私はおじさん騎士に問いかける。
「おじさん騎士、一つ、聞くするぞ」
「はい」
「事件、名前、王族誘拐未遂事件ぞ」
「はい?」
「レナードさん、誘拐されるしたか?」
呆気にとられるおじさん騎士だけれど、レナードさんが誘拐された事実なんて、本当にないのだ。
「そ、それは、レナード殿下は誘拐されておりませんが、しかし」
「しかし、ない」
「けれど」
「けれど、ない! 裁判終わるした、めでたしめでたしぞ」
正義感の強いおじさん騎士のことだから、自分が悪いことをしたのだから気が済まないだろうけど、おじさん騎士の手を握るアンはずっと目を潤ませているのだ。まだ納得していないおじさん騎士にレナードさんが言った。
「アドルファス・カーライル」
「はい」
「悪かった」
深々と下げた頭に驚いているのはおじさん騎士だけではなく私もだった。呆気に取られているおじさん騎士に何やら耳打ちしたレナードさん。なんて言ったのか聞こえなかったけれど、次の瞬間、ハッとしたおじさん騎士は泣きながらアンを抱きしめた。
「このご恩は一生わすれません。私の命が続く限り、私の全てをかけて殿下をお守りいたします」
腰の剣を抜き、剣を捧げてそう言ったおじさん騎士にレナードさんは一つ頷いた。
これで本当にめでたしめでたしと、肩の力を抜いた私。
「よかったわね、スズ」
「安心しました」
自分のことのように喜んでくれるローズ様とモニカと手を取り合い喜んで。ここまで足を運んでくれた魔術師のみんな、公爵家の人たち、一人一人にお礼を言って、人の温かさに感動し、異世界も捨てたもんじゃないな、なんて感傷に浸ってしまう。
後ろを振り返りみんなの顔を見ていたら、ポツリと隣に座るレナードさんが言った。
「そういえば、スズの親族は来られないということは聞いたが、家はどこなんだ?」
「遠い、場所ぞ」
「どのぐらい遠いんだ?」
「とても、遠いぞ」
「隣国か?」
「もっとぞ」
「もっと?」
「とても、とても、遠く、」
「それは馬車で何日かかるんだ?」
「馬車、無理ぞ」
「陸路が無理ならば、海路か?」
「船、無理ぞ。世界、違う」
いつの間にか周囲の人たちが私とレナードさんの話を聞いていると気づかずに私とレナードさんの会話は続く。
「違う世界だって?」
「寝る、起きるする、ローズ様、家、庭ぞ」
「起きる?」
どう説明すればわかってもらえるだろうかと必死に考えてみたけれど、私の語学力で複雑な説明はできないのだ。どうしたものかと、顔を上げた瞬間だ。
みんななぜかとても驚いた顔で私を見ている。神官長なんて顎が外れそうなほど口が開いているし、モニカもナッシュもローズ様もみんなが目を見開いて私に視線を向けていた。
「どうしたか?」
思いのほか響いたその声に私は、この場のみんなが静かになっていることに気づいた。
「スズは、この世界の人間ではないのか?」
レナードさんにそう聞かれ、私は一つ頷く。
「そうだぞ。寝る、起きる、ローズ様、家、庭、私、とても、とても驚いた」
「まさか、そんな……」
そのまま黙り込んでしまったレナードさんの目の前でブンブンと手を前で振ってみても、心ここにあらずで、何やらブツブツと呟いている。
「摩訶不思議体験、私、驚くしたぞ」
寝て起きたら、異世界の人様の家の庭にいるなんて思いもしなくて、現実だと受け入れるまでは大変だった。幸運にも、心優しいローズ様が言葉を教えてくれ、家に住まわせてくれたから本当に助かった。
「ローズ様、とても親切、感謝感激、私、助かるしたぞ。公爵様、ごはん、お家、いていいよ、認める、ありがとぞ。お腹空いた、困るする、ない、公爵様おかげぞ」
家主が認めてくれたから衣食住困らなかったのだから、この機会に公爵様にお礼をと頭を下げればなぜか信じられないと言わんばかりに私を見て驚いていた。
周囲の様子に首を傾げる。
「違う、世界……スズが聖女ということに?」
公爵様の言葉に私は首を傾げる。
「聖女、なんだ?」
「聖女は、異なる世界より現れる聖なる乙女。世界に安定をもたらす尊い存在で、世が混沌とした時、救いの主として聖女が現れると伝承として語り継がれていてだな……」
「私、聖なる、乙女?」
誰も頷かないところをみると、違う気がする。
それから、なんで異世界から来たと早く言わなかったとみんなに詰め寄られた私。
「誰も、聞く、ないぞ」
「まさか、違う世界からきたなんて誰も思わないからね」
最初は違う世界からきたと説明したくても、言葉が喋れず無理だったし、喋れるようになった今でさえ、自分からわざわざ言うことでもないと思っていたのだ。それに違う世界からきたなんてそんな話誰も信じないのではと心の奥底では思っていたから。
「しかし、スズが聖女とは……信じられない」
しみじみとそう言った公爵様の言葉に、みんな頷いている。
「私、聖女違うぞ」
異世界から来たのは間違いないけれど、私は聖なる乙女なんて神聖な存在ではないと思う。
混沌とした世の中を救うなんてそんな大それたこと私にできるはずないのだから。




