四五
その翌日のこと。
本日裁判が行われる。
予定開始時間よりも一時間早いこの時間に、昨夜のメンバーが集まっていた。
あの後、ビリーさんとレナードさんが神官長の取り巻き三人組を捕まえて、時間の変更を承諾してもらったのだ。神官達の悪知恵を真似るようで癪だったけれど、裁判の時間を早めて、みんなが来る前に終わらせてしまうのだ。
神官長の取り巻き三人は、昨日の今日で気まずそうな顔もせずに、素知らぬ顔で前に立っている。
「これまでの経緯の説明を頼む」
そう言ったのはレナードさんで、神官の一人が前に出て、書類を見ながら話し出した。
「スズの容疑ですが、王族誘拐の容疑がかけられております。前回の裁判では本人は無罪を主張。公爵家のご令嬢、使用人、魔術師二名の証言がありました。しかし、親族の証言がなく、血の絆を重んじる神殿側といたしましては、他人の証言だけで無罪であるとは判断できませんでした。さらに近衛騎士団団長、アドルファス・カーライルによる自分が犯人だと言う本人の主張がありましたが、証言に食い違いがあり、裁判の延期した次第であります」
「なるほど、それでは裁判をはじめてくれ」
完全にレナードさんのペースで進行していく。
「は、はい、裁判をはじめます」
その瞬間、ミーシャ様が立ち上がった。
「わたくし、スズの弁護をしたいのですけれど、いいかしら?」
「もちろんでございます」
「スズは、常にわたくしの意思を尊重してくれました。こんなにも人に寄り添い、親身になってお世話をしてくれる子はいないわ。そんなスズの優しさにわたくしは救われました」
ミーシャ様が話し終わった時、大きな声を出したのはクレオさんだ。
「私はただのばあさんだが、一言言わせてもらうよ。スズは性根が真っすぐな子だ。誰かを誘拐したり、悪事を働いたり、そんなことできるわけがない」
その言葉にジーンとして感動した私。だってクレオさんは、仕事に厳しくて直接褒めてくれることなんてあまりなかったのだ。それなのに、こんなに真っすぐな言葉を聞けるなんて思わず目頭が熱くなる。
「まあまあ、クレオは自分のことただのおばあさんだなんて言うけれど、今でもあなたの一言で動く侍女の数は、多いのじゃなくて?」
笑ってそういったミーシャ様は、遠回しにクレオさんも権力者だと教えているようだった。ウフフと軽やかなミーシャ様の笑い声が今は頼もしく感じる。
「これで、公爵家の令嬢、使用人一同、モニカ、ナッシュ、皇太后さまに元侍女長の証言が揃ったな。あとは魔塔の魔術師が何人も証言すると言っていたし、公爵様も張り切って証言するだろう」
神官達に聞かるように、わざとのように大きな声でそう言ったビリーさん。
神官達が顔を見合わせて表情を曇らせている様子をにやにやしながら見ているビリーさんはなかなかいい性格をしていると思う。
「そ、それではレナード殿下に問います」
「なんだ?」
「スズに誘拐されたというのは真実ですか?」
「スズは無罪だ」
スッと立ち上がりそう言ったのはレナードさんで、みんながレナードさんの言葉に耳を傾ける。もちろん私が誘拐したわけではないから、私は無罪なのだけれど、これから先の展開がどうなるかが心配で安心なんてできなかった。
「それでは、誰に誘拐されたのですか?」
「誰にも誘拐されてないが」
「誘拐されてない?」
「ああ、されてない。被害者とされる俺が誘拐されていないのだから、加害者はいない」
「え? そうしますと……」
「今回の事件は、王族誘拐事件で間違いないか?」
「そうですが?」
「誘拐などと、そのような事実はなかった。以上だ」
「……ということは、この裁判は」
「終了だ」
「え?」
「終了だ」
言い切ったレナードさんに、神官たちは呆気にとられている。さらに、袖をまくりムキムキの筋肉を見せつけながら笑顔で神官に書類を差し出すビリーさんが、物理的にも精神的にも圧をあたえる。
「書類に判を」
「え、あ」
「早くしないと、俺たちだけではなく、スズの弁護に魔塔の魔術師がたくさんやってくるぞ。ここだけの話だが、属性が火の魔術師の中には気性が荒いやつがいて、……この間そいつを怒らせた人が毛髪を燃やされて毛根がダメになったんだ」
その言葉は絶大の効果があったようで、神官は判を押した。
その瞬間、私は無意識に息を吐きだしていた。
「よし、神官長からの委任状と、この無罪を証明する書類を城まで提出しに行く」
そう言って、神官ごと担ぎ上げたビリーさんは、私に向かいグッと親指を立てた。
「な、何をする?!」
「何って、書類提出に行くんだ。俺が一人で書類持って行って説明するより、神官が一緒の方が話が早いだろう」
ブツブツと文句を言っている神官だけれど、ビリーさんが軽々と運んで行き、その後を他の神官も追いかけていく。そしてホッと息を吐きだした私の隣に、レナードさんが座った。
「これでよかったのか?」
「完璧ぞ」
「スズは騎士団長のことは許せるか?」
「もちろんぞ」
実際に誘拐されたのは私で、犯人扱いされて散々な目であったはずだけど、アンを思うおじさん騎士の気持ちを知れば許せないとは思えなかったのだ。
「レナードさん、おじさん騎士許せるか?」
「ああ、元はと言えば、順番待ちをしている人の治癒を俺が断ったのが原因だ。今まで通り仕事をこなしていれば、騎士団長の娘は助かっていたはずだから、騎士団長は今回の事件を起こすこともなかっただろう」
そういえばレナードさんはなんで急に治癒を断ったのだろうかと、疑問に思った。
「レナードさん、治癒断る、なぜだ?」
「今までは、魔力がなくなって倒れても、どうなってもいいと思っていたんだ。だから、治癒してほしい人がいれば、限界を超えても治癒をしていた。けれど、俺は自分を優先することにしたんだ」
「自分、一番、当たり前ぞ」
「俺は、スズと同じ時間を生きていきたいと思ったんだ。これから先、一番近くで」
あまりにも真剣な告白に、咄嗟に言葉が出ない私を見て、レナードさんは不敵に笑った。




