四四
「レナードさん、元気か?」
「ああ、見ての通り。心配をかけたな」
「いやいや、さっきまで寝込んでいた人が何を言っているんですかね?」
ビリーさんがそう言ったので、本当なのかと伺うようにレナードさんを見ればあからさまに目を逸らすから、さっきまで寝込んでいたというのは事実なようだ。
「レナード殿下はそもそも目が覚めたのが数日前で、裁判が急遽行われると聞いて飛んで来たんだぞ。でも、間に合わなかったか?」
ビリーさんは自分の頬を指でトントンと叩いて私にそう言うから、私は大きく首を振る。
「痛いない、気にするないぞ」
ビリーさんとレナードさんは、二人でアイコンタクトをして何やら頷き合い、ビリーさんが神官の前へと移動した。
「質問よろしいでしょうか」
「な、なんだ?」
にこやかなビリーさんだけれど、あの顔は怒っているようだ。
「裁判は本来明日では?」
「当初の予定では明日でしたが、前の裁判が早く終わり、繰り上がったのだ」
「へえ、繰り上がりね」
「日程変更は珍しいことではない」
「それで?」
「だ、だから、一日繰り上がったのだ」
「裁判の日程変更の通知は直前で、本来来るはずの者達が参加できていない。そのことについては思うところはないのですか?」
「そ、それはこちらで把握していることではない」
どうやら、裁判の日程変更が突然だったようだ。
「それでは、神官長は?」
「神官長様は体調が優れないのだ。裁判については私が、一任されている」
「一任ね」
「こ、これがその証拠だ」
先ほど私にも見せた紙を神官は、ビリーさんに差し出している。
「この裁判の権限は私にあります」
「そうですか。よーくわかりました」
そう言って笑って引き下がったビリーさんだけれど、多分あれは怒っている。怒れば怒るほどああして笑う姿はまるで公爵様のようだ。今回この場を取り仕切るのは、いつも神官長の周りにいる三人組の一人で、眼鏡をかけた神経質そうなおじさんだ。
このおじさん、ビリーさんの無言の笑みの圧に、完全に負けていて挙動不審である。
「そういえば、俺の見間違いでなければ、スズの頬が赤くなっているが、何か知りませんか?」
「な、え、いや、あれは、あの娘が」
「娘が?」
「あ、暴れたんだ。それで仕方なく、正当防衛で、そう、仕方なかったのだ」
「大人の男性が、あんなに小さい少女に手を挙げた。それで間違いないでしょうか?」
「さ、さきほど、スズの有罪が確定し」
「へえ、証人が証言もしていないのに有罪が決まるとは、裁判の意味は?」
「し、しかし」
黙ったまま成り行きを見守っていたレナードさんは、不意に私の手を握った。
「スズは無罪だ。何をどう勘違いしたらスズが誘拐犯になるのか聞きたいぐらいだ」
レナードさんの一言に、かなりビクついている神官。
「さ、裁判は、明日、仕切り直しです」
神官達は自分たちの分が悪くなったことに気づいて、さっさっとこの場を終わらせようと必死なのだろう。
「本日はこれにて」
言い逃げした神官達は、目にもとまらぬ早さで我先にと神殿を出て行った。
残された私たちは顔を見合わせて笑い合う。
「レナードさん、ビリーさん、ありがとぞ」
「いや、遅くなって悪かった。スズにはいつも情けないところばかり見せてるからな、今回は役に立てただろうか?」
そう言ったレナードさんに私は大きく頷いた。
「助かったぞ」
グッと親指を立てた私を見て、レナードさんはそれならよかったと言ってくれた。それから二人がここにくることになった経緯や、魔塔のみんなが裁判の話を聞いて自分も証言すると言ってくれたことなを聞いた。急な知らせを聞いて駆けつけてくれた二人には感謝しかない。
「アン元気、レナードさんおかげぞ」
「アン?」
「アン、騎士団長、娘」
「ああ、あの子か」
「レナードさん、おじいちゃん、心配したぞ」
レナードさんを最後に見たのは、おじいちゃんのような外見の時だったから、今目の前でこうして若々しい姿を見れて安心した。上から下まで確認のために何度も見返していれば、レナードさんは嬉しそうに笑う。
「もう元気だ」
「私、安心したぞ」
和やかなムードで、ほっと一息ついたら、後ろの扉が開いた。
「よっこらしょと。さあさあ、ミーシャ様、お早くこちらへ」
「ふー、やっと着いたわ」
「お疲れになられたでしょう。すぐに椅子を」
「いいえ、このぐらい大丈夫よ。でも久しぶりに急いだから疲れたわね。クレオも椅子に座りなさいな」
「ミーシャ様がお座りになられてからです」
「はい、はい、それでは私が先に座りますから、クレオも必ず座るのですよ。主の隣には座れませんなんて寂しいことは言わないのよ」
ミーシャ様とクレオさん、二人とも杖をつきながら、しかし、しっかりとした足取りで神殿の中へ入ってきた。
「あら。私たちが一番乗りだと思ったけれど、違ったようだわ。スズ、こちらに来なさい」
駆け寄る私を抱きしめてくれるミーシャ様。ミーシャ様からは庭に咲く金木犀の匂いがして、私はホッと息を吐きだした。
「連絡をもらって急いできたのだけれど」
「ミーシャ様、ありがと、ござます」
フッと黙ったままのレナードさんに視線を向ければ、ミーシャ様をじっと見つめていた。
「ミーシャ様、レナードさんだぞ」
私がそう言ってレナードさんがいる方を指させば、ミーシャ様はレナードさんを視界に入れて大きく目を見開き、次の瞬間瞳を潤ませていた。
「レナード、レナードなの?」
「はい」
「こんなに大きくなって」
レナードさんの手を握ったミーシャ様は大粒の涙をこぼして、そのまま言葉が出ないようだった。それはクレオさんも同じで、涙を流して二人を見ている。レナードさんがミーシャ様の背を撫でれば、余計に涙か止まらないようで、しばらくの間神殿には泣き声が響いていた。
「レナード、わたくし、あなたにずっと謝りたいと思って」
「いいえ、おばあさまが謝ることなど何もありません」
「わたくしが嫌がるあなたを魔塔に行かせたわ」
「いいのです。俺は魔塔に行けてよかった」
「そんなはずないわ。だってあなたはずっと嫌がっていた。わたくしはそれを知っていたのに」
何やら二人で謝り合って、何とも言えない空気になった時に、レナードさんが立ち上がり私の顔を覗き込む。
「俺は、魔塔でたくさんの味方ができた。それに、スズに出会えたからいいんだ。確かに最初は嫌だったけれど、今は、魔塔が俺の居場所だ」
その日は、泣いているミーシャ様とクレオさんを困ったように慰めるレナードさん、それを私とビリーさんは温かい目で見守っていた。
少し落ち着いたところで、私にクレオさんが言った。
「スズが誘拐犯と間違われたのは、私のせいだ」
「え?」
「あの日、気が動転して、誘拐されたのだと口走ってしまった」
よくよく話を聞けばクレオさんは、いつまでたっても戻ってこない私を心配するあまり、騎士団に誘拐事件と通報してしまったそうだ。あれよあれよという間に、なぜか私が王族誘拐犯に指名手配されてしまったらしい。いくら訂正しても、年寄りの戯言だと取り合ってもらえなかったのだとか。
「みんな、お願いがあるぞ」
「お願いとはなんだい?」
私は明日の裁判に向けて、ここにいる四人に一つのお願いをした。
誤字脱字報告ありがとうございます。いつも教えてくださる方、通りがかりで教えてくださる方、皆さまありがとうございます。少しでも楽しんでいただけると幸いです。




