四三
翌日、お見舞いを手に神官長の部屋を訪れる。
「失礼するのじゃ」
「おお、スズか」
「神官長、腰、大丈夫か?」
「しばらく庭仕事はできぬようじゃ」
ベッド上から寂しそうにそう言った神官長に持ってきた花束を渡す。
「なんじゃこれは?」
「お見舞い、花ぞ」
花を手にしばらく話をしていた神官長だけれど、急に落ち着かない様子になって、私はもしかしてと思い声をかける。
「お手洗いか?」
「……いいのじゃ、後で行くので、気にするでない」
「私、まかせろ」
「しかしじゃな」
「もれるする、恥ずかしいぞ」
その言葉に神官長は渋々だけれど頷いた。
ヨロヨロとして危なっかしい神官長に、私は隣について肩を貸す。
「すまぬな」
「私、まかせろ」
そのまま、なんだかんだと神官長の身の回りの世話をしていれば、神官長がポツリと言った。
「スズは、手慣れておるの」
「私、お世話、好き」
「そうか、それでスズは、魔塔では大丈夫か?」
「大丈夫?」
「……魔塔は居心地が悪いのではないか?」
「居心地悪い?」
「あやつらは自分たちの世界の中で生きておる。人々から恐れられ、遠ざけられ、魔術師だけの世界ができておるのだ。外部の者はそう簡単に受け入れられるものではないからの」
そう言われれば、魔塔のみんなは最初よそよそしかったし、最低限のお世話すらさせてもらえなかったことを思い出す。けれど、慣れてくると頼みごとをされるようになったし、モニカやナッシュとはとても仲良くなった。それにカールさんはもちろん料理人のみんなには良くしてもらった。
「みんな、優しいぞ、いい人、いっぱい」
私がそう言ったら、神官長は少し驚いた顔をして言った。
「スズは魔術師が恐ろしいと思わぬか?」
「思わないぞ」
「……そのような者がおるとは」
その呟きに対して問おうとする前に、神官長の部屋の扉がノックされた。
「失礼いたします。至急お伝えしたことがございます」
「なんじゃ?」
部屋に入ってきた神官は三人組の一人で、私を見つけると眉を寄せている。出歩くなと言われたのに、神官長の部屋にいる私が気に入らないのだろう。何やら話し込んでいる間に退散しようと、扉に向かったところで、神官長は言った。
「スズ、三日後、裁判を行うからそのつもりでいるのじゃ」
裁判の準備と言っても私には何もすることがない。ただせめて大人しくしていようと食事以外は部屋にこもる私。
けれど、忙しく過ごす毎日に慣れすぎて、何もせずに部屋にいるということが苦痛に感じてしまう。それでも、なんとか我慢して部屋の中に丸一日いたけれど、二日目にして耐えられなくなった。
だから、少しだけ神官長の様子を見に行こうと決めて部屋を出る。
神殿の敷地は広くて余程運が悪くなければ、神官には会わないだろと思っていたのに、前方に神官長の取り巻き三人組がいるのを発見して思わず柱の陰に隠れた。あまりのタイミングの悪さに、身を小さくしてやり過ごそうと決め息をひそめていれば、なぜか私の隠れている柱の前で立ち止まる三人組。
「神官長のご様子は?」
「あの調子なら、まだしばらく動けまい」
「都合がいい時にお倒れになってくれましたな」
「魔術師など下種の者が神殿の中に入っただけでも許しがたいというのに、あの小娘の弁護のためだとは」
「神官長が不在の今、計画通りことを進めましょう」
「ええ、手筈通りに」
何やら不穏な空気の会話を神官長に伝えようと神官長の部屋に行こうとしたのに、神官長の部屋の前には人がいて入れなかった。
出直して、神官長の部屋に行こうと決めて、部屋に戻り待機していれば、なぜか先ほどの三人の神官がやってきた。
「これから裁判を行う」
「え?」
「来い」
神官長から言われた裁判の日程は、明日のはずだ。
「明日ぞ」
「変更になったのだ」
「でも」
「口答えするな」
半ば無理やり連れてこられた神殿には神官が二人しかいなかった。ガランとした神殿の中に、背を押されて入る。
神官長がいないことに気づいた私が問おうとする前に神官が言った。
「これより裁判を行う」
「え?」
「本日の裁判は私に一任されている。これが委任状だ」
胸元から何やら紙を出して見せられたけれど、私は難しい文字が読めないのだ。
「文字、わかるない」
「フン、学もないとは。これは私に裁判を一任すると言う神官長からの委任状だ」
「私、裁判、今日、違う、明日」
「前の裁判が早く終われば予定を変更することなど、当たり前なのだ」
「他の人」
「もちろん、規約通りに予定変更の連絡も済ませているが、誰も来ない。それが事実だ」
いい気味だと言わんばかりに、嫌な顔で笑うから、思わずムカッときた。
「卑怯、よろしいない」
「フン、魔術師などと戯れる奴に、そのようなこと言われようと痛くもかゆくもない」
どうやらこの神官、魔術師を毛嫌いしているようで、魔術師と仲のいい私のことも気に食わないようだ。
「お前は有罪だ」
「え?」
「文句があるなら塔の中で言え。連れていけ」
両側から掴まれた腕を振りほどくことができない。
まさかこのまま、あの牢屋のような塔に連行されてしまうのだろうかと思って焦った私は渾身の力で暴れた。
「な、この、大人しくしろ」
「離すしろ」
「このやろう」
バチンという音と共に、頬に衝撃がはしり、私は平手打ちされたことを知った。
人に叩かれたということに驚いて動きが止まった私は打たれた頬に手を当てて静止した。
そんな私の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「レナード殿下、着きましたよ」
「間に合ったか?」
「すぐに来たから大丈夫でしょう」
「とにかく、まずはスズがいるかどうか確認を」
「はいはい、わかりましたから中に入りましょう」
懐かしいその声の主はレナードさんとビリーさんで、二人は仲が良さそうに会話しながら入ってきた。二人とも急いで来たのか、吹き出る汗を拭いながら、私の前に現れた。
「間に合ったか?」
周りを見渡してそう言ったレナードさんは、私と目が合った瞬間にこりと笑いかけた後、私の頬を見て、スッと真面目な顔になり、神官を見据えた。その瞬間、私の腕を掴んでいた神官の手に力が入ったのが分かった。
「その手を放せ」
威厳があるというのはきっとこういう雰囲気を出せる人のことを言うのだろう
一瞬で、掴まれた腕が自由になる。
「スズ、こちらにおいで」
言われるがままにレナードさんの前に移動する。
目の前にいるレナードさんは弱っておじいちゃんになった姿ではなくて、若々しい姿だ。元気そうに一人で立っていることに私は安心し、ほっと息を吐きだした。
「この頬は神官が?」
「大丈夫だぞ」
グッと親指を立てた私を見て、レナードさんは目を細めて、ひどく優しい表情だ。




