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身代わりに立候補して、異世界でも介護の仕事に励みます  作者: 藤井


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四〇

「もうよい、本日はこれにて終了じゃ。今回の事件は目撃者がおらぬのだ。当事者の言い分で判断しなければならぬが、その当事者の言い分が違えば判断できぬ。もう一人の当事者のレナード殿下本人に聞くのが一番じゃ」


 確かにそうだけれど、レナードさんはまだ寝たままのはずだ。


「今日のところはスズの身柄は神殿が預かるとし、騎士団長は自宅謹慎とする」


 神官長は隣にいる神官に目配せをした。

 その神官たちは、私の目の前にやってくる。


「塔までご同行願います」


 塔とはどこだろうかと不思議に思っていれば、塔と言う単語に反応したのはビリーさんだった。


「塔だと? あそこは犯罪者を入れる場所で、容疑者を入れる場所じゃないはずだ」

「それはこちらで判断することじゃ。口を挟むでない」


 どうやら、私は神官について塔に行かなければいけないらしい。腕にしがみついているアンの頭をなでる。


「アン、私、行くぞ」

「いや」

「アン?」

「スズ行かないで」


 私に抱き着いて離れないアンにどうしようかと困っていれば、不意にアンが顔をあげた。


「スズは、すごくすごくいい人なんだよ。本当だよ。スズは優しくて、悪いことなんてしないもん」


 神官長に向かってそう言ってくれたアンにありがとうの意味を込めて頭をなでる。アンが泣きだしてしまい、なだめていれば、泣いているアンをおじさん騎士が抱き上げた。


 ビリーさんがずっと心配そうに一連のやりとりを見ているのがわかったから、私はそっとビリーさんに言った。


「私、心配、なしぞ」

「心配にしかならねえ」

「私、大人ぞ、まかせろ」


 ビリーさんは小さくため息を吐いて、神官長の方に向き直る。


「神官長、スズは、魔塔で人気者ですよ」

「ほう」

「スズが無下に扱われるようなことがあれば、魔塔の魔術師たちがうっかり神殿を燃やしてしまうかもしれませんね」

「なんじゃと?」

「まあ、今のは俺のただの妄想です。聞き流してください」


 そんなことを言うビリーさんは不敵に笑っていた。対する神官長の顔は、怒りで真っ赤に染まり、今にも噴火しそうだった。


 それから私は、神官に連れられて、塔の前までやってきた。真っ黒なその塔は、神殿の白さと対照的だった。


「お入りください」


 犯罪者がいるところと言うだけあって、中は牢屋のようで鉄格子があるのだけれど、静まり返っていて、音がない空間は不思議だった。


「こちらにどうぞ」


 丁寧にだけれど有無を言わさないその態度に、黙って足を進める。

 すぐにガチャンと閉まる音に、今更ながらに不思議に思った。ここは異世界の牢屋で、私は悪女で、王子様を誘拐した罪に問われているなんて、現実味がなさすぎる展開に頭がついていかないのかもしれない。


 フーっと一息吐いて、中を見渡せば、明り取りの小さな窓が手が届かない位置にあって、ベッドがあって、机があって、椅子もある。鉄格子がなければただの部屋である。


 何もやることがなくてベッドに腰かけてみたけれど、暇なものは暇である。

 けれど、暇を持て余す時間はなく、声が聞こえてきた。


「おやおや、これは一体どんな状況かな?」


 声の主は、余裕たっぷりで笑顔で現れたローズ様の父の公爵様だ。


「遅れてすまないね、時間に間に合うようにと思っていたのだが」


 ゆったり歩いて現れた公爵様は余裕の表情で、私に手を振っている。この場の妙な雰囲気の中、公爵様の余裕のある態度がなぜか心強かった。


「スズ、牢屋はどうだい?」

「……暇ぞ」

「働き者のスズがたまには体を休めるにはいい機会かもしれないけど、犯罪者と決まったわけではないのにここに入れるとはいただけないね」


 公爵様一人かと思ったら、その言葉はどうやら公爵様の後ろにいた神官長に向けて言った言葉だった。


「今回のレナード殿下誘拐の犯人の容疑者は他におらぬ。目撃者がいないことから、調査に時間がかかるじゃろう」

「なるほど、それで裁判の日程は?」

「それは、これからの調査にもよるじゃろう」


 二人のやり取りを聞きながら、フッと公爵様と視線が交わった。

 心配してくれていると思うから、私は親指を立てて大丈夫だよと合図を送る。

 すると、公爵様は相変わらず余裕の笑みで言った。


「スズ、ここで大丈夫かい?」

「問題なしぞ」

「ふむ、しかし、あまり居心地がいいとは言えないだろうし、奥の手があるから大丈夫だよ」


 最後の一言は小さな小さな声でそう呟いた公爵様は何やら悪い顔で笑い、神官長へと向き直る。


「神官長。裁判の日程が決まり次第、公爵家への連絡をお願いします」

「うむ」


 神官長が用は終わったとばかりに退出しようと動き出そうとした瞬間、公爵様がポンと大きく手を叩いた。


「あ、そうだった」


 妙にわざとらしいその仕草に違和感を覚えれば、公爵様がそれはもう悪い顔で笑っていた。


「裁判の日程が決まり次第連絡してほしい人がもう一人いまして、お願いできますかな?」

「もう一人?」

「ええ、ミーシャ様にも連絡をお願いします」

「ミ、ミ、ミミミミ、ミーシャ様じゃと?」


 明らかに様子が変わり、何やら挙動不審になった神官長に、公爵様は相変わらず余裕の笑みで対応していた。私はその様子が不思議で首をかしげて見ていた。


「実はミーシャ様もスズを気に入っておりましてね、今回のこと心を痛めているようです。スズの親族がいないということならば、自分もぜひ証言をしたいとのことです。もちろん私も、スズの父親代わりのようなものなので、証言させていただきます」

「ミーシャ様が証言を?」

「ええ、可愛がっているスズのためならば、ぜひにとのことでした」

「可愛がっているじゃと?」

「ええ、それはもう。スズがいてくれるおかげで毎日楽しくなったとのことで。スズの身柄が神殿預かりとなったと知れば会いに来られるかもしれませんね」


 神官長の私を見る目が変わった瞬間だった。


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