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 翌朝。


 昨日クッキーで空腹を凌いだ私は、お腹が空いていて、まだ早朝だったけれど、食堂に行くことにした。

 

 一階に降りれば大きなフロア一面の食堂なようで、机と椅子がたくさん並んでいる。

 厨房と思われるところからは、時折元気な声が聞こえてくるから活気があるようだ。


 そして、厨房の前にあるテーブルには所狭しと料理が並んでいる。

 ビリーさんの説明通り、どうやらバイキング形式になっているようだ。


 「たくさん」


 あれもこれも食べたいと思うけれど、ローズ様ならと考えれば、大盛りになんてできない。

 誰も見ていないけど、とりあえず食べてみたいと思った料理を少しずつ盛りつけて、人がいない端の席に座った。


 そして、一口。


「うまい、すぎる」


 おいしいの上級語として習った単語を思い出し、ポツリと呟いた後、一心不乱に食べ進めてしまった。

 どんな食材が使われているかわからないけれど、一番のお気に入りは海老のようなプリプリとした食感で、ピリッとするソースがまろやかに絡み合った美味しすぎる料理。


 勝手にエビチリと命名した料理は、最高だ。


 そっと周りを見渡してみたら、誰も見ていないどころが、周りには人がいない。

 このエビチリだけはどうしてももっと食べたい私は立ち上がり、エビチリのおかわりに向かった。


「うまい、すぎる」


 なんだこれ。食べれば食べるほど美味しいと感じるなんて作った人天才なんじゃないだろうか。

 エビチリを堪能し、サッと食器を片付けて食堂を後にする私を、厨房の料理人達が見ていたなんて私は全く気付かなかったのだ。


「誰だありゃ」

「知りませんが、えらく美味しそうに食べてましたね」

「ああ、しかし早食いな子だな」

「料理長の自慢の一品を気に入ってたみたいですよ。おかわりしてましたし」

「ははは、うまいすぎるって呟いてたな」

「二回もですよ」

「そうだな、で、結局あれは誰だ?」

「さあ」


 そんな会話がされていたとは知らず、私はいっぱいになったお腹をさすりながら階段を上っていた。

 鼻歌でも歌いながら歩きたい気分だったけれど、私はハッとした。


「元気、ダメ」


 元気すぎたらダメだったことを思い出した私は、キョロキョロと周りを見渡す。

 誰もいないことを確認してホッと一息ついた。

 

「油断、しないぞ」


 そう、心に決めて部屋へと入った。

 それからは勤務時間までは部屋でのんびり過ごし、六時五十五分。


「五分、前、動く」


 五分前行動しないと落ち着かない私は、最後に鏡で身だしなみの確認した。

 動きやすいワンピース、動きやすいぺたんこの靴、髪は邪魔にならないように一つにまとめた。

 そしてポケットには公爵様が用意してくれて紙で作った自作のメモ用紙と、鉛筆が入っている。


「完璧」


 そして五分後、七時ピッタリにノックの音がした。

 私は扉を開けてビリーさんを出迎える。


「おはよう、ござーます」

「……ああ、用意はできてるみたいだな」

「うん」

「朝食は?」

「食べる、した」

「では、行こう」


 今日もお疲れの雰囲気全開のビリーさんは、あんまり寝てないんじゃないかと思うほどの顔色だ。

 フラフラしてるわけではないけれど、ビリーさん大丈夫かなと少し心配してしまう。

 そんなお疲れなビリーさんの後ろをついて階段を上り三階にきた。


 三階の長い廊下には左右に扉が並んでいる。

 二階も同じような造りで、廊下の左右に扉がたくさんあったけれど、一つ違うのは突き当りの一番奥にある一際大きな扉だ。


「魔塔には魔術師がいる」

「うん」


 魔塔は魔術師が住んでいるところだと習っていた私は頷いた。

 魔術師とは、魔力を持っていて、魔法を使える人のことらしい。

 一般の人との見分け方は、魔力の宿る紅い瞳だそうだ。


 ビリーさんも赤い瞳だから魔術師なんだろう。


「魔塔は魔術師しかいない、嫌でも仕事だと割り切って接してくれ」

「ん?」

「魔術師だぞ?」

「魔法、使う人、魔術師」


 ちゃんと知ってるよとわかるようにそう言ってみたけれど、なんだろう、このかみ合わない会話。


 ビリーさんは私のことを妙な顔で見るから、私は首を傾げてみた。


「怖くないのか?」

「ビリーさん?」

「……俺もだが、魔術師が怖くないのか?」

「魔術師、怖いのか?」 

「いや……そりゃ中には気性の激しい奴もいるが」

「あー、怒る、する、怖い」

「そうじゃなくてだな、普通は魔術師を怖がるだろう」


 私は知らないのだ。

 魔術師が恐れられている存在だということを。

 

「まあいい。この階は、療養中の患者がいる」

「うん」

「魔力を使いすぎた魔術師は弱るんだ」

「お世話、するぞ」

「……いや、世話はいい。とりあえず今日は、部屋の掃除をしてくれ」

「掃除、まかせろ」


 ドンと胸を叩いてそう言った私を、ビリーさんは目をぱちくりさせて見ている。


「掃除だぞ?」

「うん。掃除、できるぞ」

「……本当か?」

「ほうき、ちりとり、ぞうきん、バケツ、使うぞ」


 公爵家で下働きのメリーが私に掃除の仕方を教えてくれたおかげで私は掃除が得意になった。

 掃除道具の名前もすぐに覚えたのはメリーのおかげである。


「道具は、一番端の部屋にまとめて置いてある。好きに使ってくれ」

「うん、部屋、掃除、どこ?」


 たくさん扉があるから、どの部屋から掃除すればいいのかわからずそう聞けば、ビリーさんは何やら悩んでいるようだ。


「ドアノブに埃がついている部屋は使っていない部屋だ」

「埃?」

「ああ、誰も触ってないから埃がついている」


 そんなまさかと思って近くにある部屋のドアノブを見てみたら、埃が本当についている。

 指先で触ってみると、もっさりと埃に触れることができた。


「ここから見て奥の方の部屋は割と使っているが、手前側はずっと使っていない。とてもじゃないが、掃除までは手が回らないんだ。人を雇ってもすぐに辞めてしまうし、やることは山のようにある」

「掃除、私、まかせろ」


 ドンと胸を叩いてそう言った私を見て、驚いたビリーさん。


「それでは、こっちにきてくれ」


 ビリーさんは廊下の真ん中あたりで立ち止まった。


「ここを頼む」


 そう言ってビリーさんが開けた部屋は、中に人はいなかったけれど、人がいた形跡のある部屋だった。


「新しいシーツは入口の棚に入っている、この部屋が終わったら隣の部屋を頼む」

「まかせろ」

「俺はもう行かなきゃならない」


 何かを思い出したようにハッとしたビリーさんは、慌ただしく出ていく。


 ビリーさんが去った部屋で、空気がもわんとして淀んでいる気がした私は一番に窓を開けた。

 窓のサッシも汚れているし、明らかに掃除していない部屋はやることが多そうだ。


 部屋の中を見渡して、まずは、道具の置いてある部屋へと向かうことにした。


 一番端の部屋のドアノブにはさすがに埃は積もっていなかったけれど、扉を開けてビックリ。

 箒やちりとり、バケツに雑巾に、掃除につかうであろう物がたくさん適当に置かれていた。その数のすごさに私は驚いたのだ。

 ほうきは十本以上あるし、大小いろんなサイズのバケツもいっぱい。

 ぞうきんは、新しい物から、明らかに真っ黒な汚れた物まで様々だった。

 汚れたぞうきんを勝手に捨てていいのかわからないから、今日のところは綺麗なぞうきんを発掘して数枚拝借。

 使いやすそうな大きさのバケツ、そしてほうきとちりとりも借りることにした。


「よし、やる、するぞ」


 病弱な公爵令嬢になっている設定をすっかり忘れている私は、腕まくりをして張り切って掃除をはじめるのだった。

誤字脱字教えて下さった方ありがとうございます。

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