三七
アンはビリーさんが抱っこすると言ってくれたのだけれど、やはり怖がってしまって結局は私が運ぶことになった。前回来たときは、この道をおじさん騎士と歩いたことを思い出す。
「うわぁ。スズ、お城だよ。見て、大きいよ」
おんぶをしているから耳元でアンの楽しそうな声が聞こえくる。初めて見るお城に、立ち止まる私をおじさん騎士は急かすことなく待っていてくれたことを思い出して、私も歩調を緩める。
「窓、キラキラだよ。」
「アン、城、はじめてか?」
「うん、お家から出るの、久しぶりなの。楽しい」
「楽しい、よろしい」
「こんなに大きいお城でお仕事してるなんてパパすごい」
「うむ、騎士団長、とても、えらい、すごいぞ」
病気でずっと家から出られなかったアンは、お城に来たのもはじめてで、外に出ることすら久しぶりらしい。今ははしゃいでるからいいけれど、外に出るだけでも体は疲れるだろうと思う。
「アン、具合、悪いする、すぐ、言う、しろ」
「うん? 元気だよ」
「うむ、もしも、話ぞ」
「わかった」
お城の中を歩いて、中庭にでる。そのままビリーさんについて歩いて行けば、そこは真っ白な建物の前だった。思わず立ち止まってしまったのは、なんだか空気が変わったような気がしたからだ。
「ん? どうした?」
「ここ、どこだ?」
「スズは神殿に来るのははじめてか?」
「神殿?」
「裁判と言えば、神殿でやるのが普通なんだが、スズの国では違ったのか?」
「うむ、裁判、裁判所ぞ。なぜ、裁判、神殿?」
「……深く考えたことはなかったが、まあ、人間、神の前で嘘はつきたくないからじゃないか?」
そんな話をしながら、真っ白な建物を見上げて私は思った。私の証言が嘘ではないということを誰が証言してくれるのだろうかと。ビリーさんは心配ないと言ってくれたけど、この世界にきて他人の信頼を得られている自信はない。
「どうした?」
「私、証言、誰だ?」
「不安になったか?」
「うむ……そうかもぞ、私、不安」
ああ、そうか、私は不安だったのかと、今になって気づく。突然の指名手配や、裁判なんて立て続けに、いろんなことが起こって、気持ちが追い付いていないのだ。
「まあ、不安になる気持ちもわからなくはないが、スズは自分のこれまでの行いのすごさを知った方がいいぞ」
「え?」
「さあ、ここからはさすがにアンちゃんをおぶってはいけないから、俺が運ぼう」
「アン、大丈夫か?」
「大丈夫だ、スズの隣からは離れないから、おいで」
そう言ったビリーさんの言葉に、アンが頷いたのがわかった。
背中のぬくもりが離れると、なんだか寂しくなった。
「行くぞ」
ビリーさんが扉を開けて、中が見えた瞬間、私は思わず動きを止めてしまった。
高い天井から降り注ぐ光が、室内を明るく照らしている。椅子も壁も、目に映るものはすべてが白くて、余計明るく見えるのかもしれない。室内は広くて、扉から真っすぐに伸びた道は長くて、前の方に人がたくさんいるのがわかる。
立ち止まる私の背を大丈夫だと言わんばかりに、ビリーさんが押してくれる。
「開始時刻には間に合ったな」
中に入ると、前の方から走ってくる人がいる。
「スズ」
「ローズ様」
「心配したのよ。大丈夫?」
「私、元気ぞ」
「こんなことになるなんて、驚いたわ」
「うむ、私、ビックリぞ」
「ほら、屋敷のみんなも来ているから顔を見せてあげて」
ローズ様に連れられて歩いて行けば、公爵家でお世話になって人たちがいる。
「ララ、久しぶりぞ」
この世界にきてすぐ、言葉が全く分からない私に根気強く言葉を教えてくれたのはローズ様はじめ、メイドのみんななのだ。みんな言葉だけではなくていろんなことを教えてくれたけれど、その中でもとくに世話を焼いてくれたのはララだ。
「スズ、元気だった?」
「元気ぞ」
「相変わらずみたいね」
「うむ、変わりなしぞ」
「全く心配ばかりかけて、みんなも心配してたわ」
「ごめんぞ」
ララと言葉を交わし、落ち着いたところで、ローズ様が言った。
「スズの無罪は私が責任をもって証言いたします」
「ローズ様、証言?」
「もちろんよ」
「ありがと、ござます」
「フフフ、スズにはお世話になりっぱなしだから、やっとお返しができるわ。と言っても、わたくしの発言力だけでは弱いかもしれないから、パパも来るはずよ。安心してね」
和やかな空気が流れていたけれど、前方の扉から、白い服をきた集団が現れた。ぞろぞろと人が入ってきて、最後に白いひげのおじいさんが入ってきた瞬間、この場で一番の権力者なのだろうとすぐにわかった。部下であろう人たちは道を譲り、頭を下げているから。
「これより、裁判をはじめます」
その言葉に、ビリーさんが前の方の席へと誘導してくれたので、私は遅れないように小走りだ。途中、黒いフードを被ったナッシュやモニカの姿を見かけたけれど、話しかけることはできずに通り過ぎた。
一番前の席に私が腰を下ろすと、隣にはアンとビリーさんが座った。
「あれが神官長だ」
耳元でそっとそう教えてくれたのは、ビリーさんだ。
裁判長ではなくて、神官長が裁判を取り仕切るようで、メモ片手に私の目の前に立ったのは、白ひげの神官長。
どうやら裁判は私の裁判だけではないようで、私たち以外に一番前の列に座る男の人から始まった。嫌でも聞こえてしまった隣の人の罪状は窃盗罪だった。どうやらお店の物を盗んだ疑いがかけられているらしい。けれど本人は盗むつもりはなかったようで、買い物をしたときに偶然籠の中に入ってしまっていたという言い分だった。その後、親族が男の人の常日頃の行いなどを語り、無実を訴えていた。判決はすぐにでないようで、後日言い渡されるらしい。
そこまで聞いて、私は自分の番が来た時にどんな質問をされるかわかり、少し緊張が解けた。
神官長の視線がこちらを向いたことで私は背筋を伸ばした。
「あなたはスズですか?」
「うむ」
「うむ?」
バカと小さく言ったビリーさんの言葉で、うっかり返事の選択をミスしたことを知った。
「お返事は、はいだよ」
小声でそう教えてくれたアンの手をギュッと握ってありがとうの合図を送る。
「はい」
「あなたにはレナード殿下誘拐の疑いがかけれらていますが、あなたはレナード殿下を誘拐しましたか?」
「してないぞ」
「……ぞ?」
「あ、えっと、してない、ござます」
何やら私の返事がお気に召さない様子の神官長と、隣で頭を抱えるビリーさん。
「オホン、それでは、無罪を主張するスズの発言を支持する者として、一人目はローズ・トンプソン」
「はい、わたくしが、ローズ・トンプソンでございます」
スッと立ち上がったローズ様にこの場にいる人の意識が向いた。
「スズの人となりを知りたいと思いますが、教えていただけますかな?」
白いひげを撫でながらそう言った神官長の言葉に、ローズ様一瞬私の顔を見て口元に笑みを浮かべた。
「スズはわたくしの身代わりになり、魔塔で労働をしてくれました」
突然のカミングアウトに、ざわつく神殿の中だけれど、神官長が片手をあげたことでまた静かになる。
「身代わりとは?」
「知っている方も多いとは思いますが、わたくし、婚約破棄をされたあげく、婚約者の浮気相手に毒を盛ったことにされて、処罰を受けることになりました。しかしその時にわたくしは、体調が悪かったこともあり、魔塔で労働するという処罰を受けられませんでした。その時に、身代わりになりわたくしの代わりに魔塔に行ってくれたのがスズなのです」
そういえばそんなこともあったなと思い返しながら、みんなが後方をチラチラとみていることに気づく。なんだろうかと見てみたら、そこにいたのはカイリー殿下だった。ローズ様と婚約破棄をしたあげく毒を盛ったことにした張本人である。カイリー殿下は居心地が悪そうで、自業自得といえど少し気の毒だった。




