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身代わりに立候補して、異世界でも介護の仕事に励みます  作者: 藤井


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三五

「しまったぞ」 


 アンが寝たのを確認して、おじさん騎士を問いただそうと思っていたのに、いつの間にか眠ってしまっていた。慌ててダイニングへ続く扉を開ければ、そこにはいつもの似合わないフリルのエプロンをつけたおじさん騎士がいた。


「おはようだぞ」

「おはようございます」

「私、聞きたいこと、あるぞ」

「なんでしょうか?」

「王子様、誘拐、悪女、聞く、したぞ。悪女、髪、瞳、黒、私、色、同じ。私、悪女か?」


 私のその問いにおじさん騎士は料理の手を止めて、私に向き直った。


「申し訳ございません」


 そして私は深く下げられた頭に、嫌な予感が当たっていることを知った。


「詳しく、話す、しろ」

「あの日、スズ様を眠らせた後のことです。ミーシャ様の家を訪ねるはずだったレナード殿下と、突如姿を消したスズ様の捜索はその日のうちに始まりました」


 二人そろっていなくなったものだから、駆け落ちしたのではという声もあったそうだけど、それはビリーさんが否定したそうだ。


「ビリーさん?」

「はい、ビリー・ホワイトも捜索に加わっております。二人がいなくなった理由は様々な憶測が流れましたが、駆け落ちするような深い仲ではないという証言がありました」


 だからって、なんで私が誘拐したことになっているかが不思議である。


「私、誘拐犯、なぜだ?」

「スズ様の素性が知れないことが大きな理由となっております」


 素性が知れないのは仕方ないのだ。だって私は地球出身のバリバリの日本人なのだから。けれど、いくら怪しいからと言っても悪女というのはいただけない。


「悪女? なぜだ?」

「それは……魔塔に引きこもりだったレナード殿下を色仕掛けで骨抜きにしたという噂があったからです」

「色、仕掛け?」

「はい、あくまで噂でございますが」


 噂とは怖いものである。自分で言うのもなんだけど、色気がこれっぽちもない私が色仕掛けしたことになっているのだから。しかも誘拐された私が、誘拐犯と思われているなんてめちゃくちゃである。


「……今回のことは全部俺が悪いのです」


 確かに、おじさん騎士が悪いのだけれど、アンのことを想う気持ちを考えると何とも言えない。それに、最初のころならまだしも、今は完全に情が移ってしまった。だからおじさん騎士を責める気にはなれないのだ。


「スズ様にはご迷惑ばかりおかけして申し訳ございません。自首しなければならないとわかっております」

「それ、よろしい、ないぞ」

「アンが元気にさえなれば俺に思い残すことはありません」

「アン、一人、困る、するぞ」

「それでも、アンが元気で生きていてくれればいいのです。でも……アンを見ているともう少しだけアンの側にいたくなって……このままの状況を続けるのはもう限界だとわかっています」


 力なくそう言ったおじさん騎士に、何かいい方法はないのだろうかと頭を悩ませる。


 その時だった。


 コンコンというノックの音に、おじさん騎士と顔を見合わせる。


「俺が対応しますから、スズ様はここに」

「わかったぞ」


 ドアの隙間から玄関の方を覗くと、剣を腰に差したおじさん騎士の警戒した様子が見えた。


「誰だ?」

「団長、開けてください」

「ニックか?」

「はい」

「こんなに朝早くからどうした?」

「昨日、このあたりで黒目黒髪の少女が目撃されたようで付近を捜索しております。団長の家も捜索範囲に含まれておりますので参りました」

「そうか、この付近の捜索なら俺も手伝おう」

「娘さんの側にいてあげなくてもよろしいのですか?」

「ああ、今は容態が落ち着いているからな。さあ、行こう」


 騎士が家の中の捜索に来るかと思ったけれど、おじさん騎士がうまく誘導し、家から離れていく。

 ほっと一息ついた瞬間、私は思った。


「なぜ、私、安心?」


 見つからなくてほっとしている自分の心境が不思議である。だって私は誘拐された被害者なのだから、本当なら助けを求めるのが正解だったのではないかと思うのだ。というより、私はいつでもここを離れて、外に助けを求めようと思えば求めれられたのだ。それをしなかったのだから、誘拐された被害者でいる時間はもう終わっている気がする。


 そんなことを考えていれば、玄関の扉が開く音がした。

 私はおじさん騎士が帰ってきたのだと思ったのだけれど、予想外の人物の登場に驚いた。


「え?」

「やっぱりここにいたか」

「ビリーさん?」

「指名手配犯、発見だな」


 ニヤリと笑ってそう言ったビリーさんは、ヨレヨレの服で、ひどく疲れて見えた。


「ビリーさん、お疲れだぞ」

「そりゃあ、指名手配犯のスズの捜索で、ここ最近ほとんど寝てないからな」

「私、誘拐、ないぞ」

「スズが犯人なはずがないことぐらい俺もわかってる、が、世間ではそういうことになってるんだ」

「私、悪女、違うぞ」

「プッ、アハハ、スズが悪女だなんて、スズを知ってるやつは誰も思っていないから安心しろ」

「あたりまえぞ、私、よい人だ」

「そういうところは、相変わらずだな。元気か?」

「私、元気ぞ。でもレナードさん、寝てるぞ」


 レナードさんの部屋へとビリーさんを案内すれば、ビリーさんはおじいちゃんのような姿になっているレナードさんを見て驚きで目を見張っていた。


「なにがあった?」


 そう聞かれた私は、おじさん騎士がミーシャ様の家を訪ねてきたところから、アンの話も全て説明をした。


「なるほどな、それで騎士団長の様子がおかしかったのか」

「おかしい?」

「ああ、気づいたのは俺ぐらいかもしれないが、どうも、違和感があってな。もしかしてと思って、この家の近辺の捜索にも名乗りをあげたんだ」


 細かいところに気づくのは、さすがビリーさんである。


「問題はこれからどうするかだが……スズが無罪でも手配書がでてしまった以上は、無罪を証明するための裁判が必要になる」

「裁判?」


 この世界にも裁判という制度があることを私は初めて知った。


「それでだな、裁判で無罪を主張する場合、証拠が必要となる」

「証拠?」

「犯罪を犯した証拠を提示するのは簡単だが、無罪を主張する場合、物的証拠の提示が難しくなる。よって、発言の正当性を誰かに認めてもらわなければならないんだ。さらに、真犯人がいるという証拠を提示すれば自分の無罪を主張できるから、そっちの方向で話を進めてもいいんだが」


 難しい言葉ばかりで、私の語学力では理解不能である。


「難しい、言葉、わかる、ないぞ」

「要するにだな、スズが嘘をつくような奴じゃないと、話してくれる人が必要ってことだ。スズの家は遠いんだったな?」

「うむ、遠いぞ」

「こういう時は、親族が証言することが多いんだが……」

「不可能ぞ」

「聞いていいかわからんが、スズはどこの国出身だ?」

「ニホンぞ」

「ニホン? 聞いたことがないな」

「うむ、とても、遠い、知らない、仕方ないぞ」


 日本から家族を呼べる術があったとしても、王子を誘拐した悪女と間違われてるなんて、とてもじゃないけど親には言いたくない。ビリーさんと二人でそんな話をしていたら、アンの声が聞こえてきた。


「スズー? パパー? いないの?」


 その声にハッとした様子のビリーさんは、窓を開けて周囲を見渡していた。 


「とりあえず、態勢を整えたら、迎えに来る」

「迎え?」

「ああ、できるだけ早くくるから、レナード殿下のことを頼むな」

「私、まかせろ」

 

 窓から外に出て行ったビリーさんの背はすぐに見えなくなった。

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