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身代わりに立候補して、異世界でも介護の仕事に励みます  作者: 藤井


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三四

 外に出て分かったのは、おじさん騎士の家のすぐ近くには他の家はないということ。そして、おじさん騎士の家は童話に出てきそうな赤い屋根の可愛らしい家だということ。少し歩けば、ポツリポツリと離れたところに民家が見えてきて、街から少し離れたところにあるこの場所は静かだ。

 真っすぐ進むと建物が密集している場所があるから、あそこに街があるのだろう。急ぎ足で街まで向かえば、アンの行っていた花屋が見えてきた。


「花屋、右」


 花屋を曲がれば、大通りに出るようで、行き交う人が急に増えた。


「人、いっぱいぞ」


 この世界にきて、こんなに人を見るのは初めてだ。一人で買い物をすることも、こうして街並みを見るのも初めてだから、つい立ち止まって見入ってしまった。道行く人が着ている服も、持っている鞄も、耳に入ってくる言葉も日本とは全然違う。そんな当たり前のことに気づいて、なぜだか急に不安になった。


 アンが待ってるから急いで帰らなければと思うのに、一歩が出ない。卵屋さんの前で突っ立っている私は行き交う人の邪魔になっていると頭ではわかっているのに、足が動かなかった。


 基本的に、私は何事も、まあいいかで済ませてしまうけれど、さすがに住む世界が突然変わったことについては心の底からまあいいかとは思えないでいる。異世界で助けてくれたのが優しいローズ様だったし、公爵家のみんなも優しくて、ここは日本ではないけれどまあいいかと思った。身代わりになるのがきっかけだったけれど、介護の仕事ができたことが嬉しくて日本でなくても、まあいいかと思ったりしたけれど、でもやっぱりフッとした瞬間に考えてしまう。


「なぜ、私、ここ、いる?」


 誰かに聞こうにも最初は言葉が通じなかったから聞くことができなくて、そのまま時間が過ぎてしまい現在に至る。


「いらっしゃい」


 卵屋のおばさんにそう言われ、ハッと我に返る私。


「あら、あなた見ない顔ね」

「おつかいだぞ」

「そうなのね、それにしても黒髪に黒目とは珍しいわ。まるで今話題の指名手配中の悪女みたいじじゃない」

「指名、手配?」

「あら、知らないの? なんでも王子様を攫って逃げた悪女がいるらしいのよ」

「あ、悪女?」

「ええ、その悪女が、黒髪に黒目らしいのよ。悪女というぐらいだからきっと魔性の女なんでしょうね」


 私は王子様を攫った心当たりはないのだけれど、今聞いた話が自分とは無関係とはなぜか思えなかった。


「た、卵、買うぞ」

「はいよ。あなたは悪女には見えないから誘拐犯ではないでしょうけど、その色だというだけで勘違いする人もいるかもしれないから、気を付けるのよ」


 私は誘拐犯ではないのに、なぜか落ち着かない。


「卵、ありがと、ござます」

「はいよ、またきてね」


 帰り道で周りの人を見渡し見たけれど、黒目に黒髪の人はいなかった。そういえば、ローズ様の身代わりになったのも珍しい黒髪と黒目が一緒だったからなのだから、この辺では黒の色を持つ人は少ないだろう。悪いことはしていないのに、私は逃げるようにアンが待つ家まで急いだ。


「ハアハア、ただいまぞ」

「スズ、おかえりなさい、早かったね」

「うむ、急ぐした、卵、買う、できたぞ」


 買ってきた卵をアンに見せれば、アンは嬉しそうに卵を手に取った。


「パパに、今日のご飯はアンからのプレゼントって言っていい?」

「もちろんぞ。卵、お金、アン出したぞ」

「ありがとう。あのね、パパに何かあげたかったの。いつもね、お仕事して疲れてもアンのお世話ずっとしてたの知ってるから、だからパパに何かあげたいとずっと思ってたの」


 卵を握りしめてそんなことを言う、アンはとてもいい子だ。


「父、喜ぶ、する、思うぞ」

「うん、喜んでくれたら嬉しいな」

「私、よろしいこと、思いつく、したぞ」

「よろしいこと?」

「うむ、アン、料理、手伝う、しろ」

「お手伝い?」

「プレゼント、お金出す、よろしい。料理、作る、もっと、よろしいぞ」

「いいの?」

「よいぞ」


 ということで、アンをダイニングの椅子に座らせて卵の殻を割ってもらう。


「どうやってやるの?」

「コンコン、ガチャだぞ」

「強く?」

「強い、すぎる、だめ。優しい、すぎる、だめ」

「ええ、難しいよ。できない」

「殻、入るする、とる、よろしい。気にするないぞ」


 私の下手な説明でも伝わったのか、アンは一個目の卵を割るのに成功した。


「やったー。できた」

「アン、天才ぞ」


 殻が入ることもあったけれど、四つの卵を割って、アンは満足そうだ。


「卵、混ぜる、アン、やるしろ」

「うん。混ぜたい」


 アンは本当に楽しそうに卵を混ぜてくれる。それから私がオムレツを焼いている姿を、ニコニコと嬉しそうに眺めていた。


「パパ、早く帰ってこないかな」


 おじさん騎士の帰りを待ち望んでいるのは、アンだけではなく私も一緒だ。

 まだかまだかと、おじさん騎士の帰りを待っていると、玄関から音がした。


 ドンと仁王立ちをして腕を組んで、玄関の扉の前に陣取る私。


「おかえり、なさいませぞ」

「うわあ、びっくりした。スズ様いったいどうしたのですか?」

「どうした、ですか、違うぞ。私、悪い、女か?」

「へ? 悪い女?」


 首をかしげて心底不思議そうに私を見るおじさん騎士に説明しようとした瞬間、部屋の方からアンの声がした。


「パパー」

「……話す、あとぞ、アン、顔見せる、しろ」

「は、はい」

「パパ、あのね、オムレツ、アンがお手伝いして作ったんだよ」」

「オムレツをアンが?」

「うん。スズと一緒に作ったの」

「あれ? 卵はなかったはずじゃ?」


 それから、私が卵屋まで出かけたと知ったおじさん騎士は、私の頭からつま先までを何度も見るではないか。


「ぶ、無事でしたか?」

「無事ぞ。アン、おこづかい、パパ、卵、プレゼントぞ」


 おじさん騎士は、私が外に出たという点が気になっているようだけれど、今注目すべきはそこではないのだ。


「料理、アン、頑張るした。プレゼントぞ」

「え、ああ、そうだ。アン、ありがとう、パパは嬉しいよ」

「あのね、卵を割ったんだよ。四つも」

「うんうん、四つも割ったなんてすごいな」

「それでね、混ぜたの。すごく楽しかった」


 そんな親子の会話を聞いていた私だけど、親子水入らずにしてあげようと、レナードさんの寝ている部屋へと入る。


 部屋に入って、ベッドサイドの椅子に腰かけて、まじまじとレナードさんを見れば、レナードさんは相変わらずおじいちゃんのような容姿のままだけれど、ほんの少し皺が減った気がした。


「レナードさん、起きる、いつだ?」


 頬を突いてみたけれど、レナードさんからの反応はない。魔力があるのかないのかなんて、目に見えてわかるものではないから、レナードさんがいつ起きるのかなんて私にはわからない。


「私、悪い、女、違うぞ」


 王子様を攫った悪女なんて、私ではないはずなのに、なぜか不安が拭えない。おじさん騎士が言っていた捜索という単語も気になるし、早くおじさん騎士を問いただしたい。けれど、楽しそうに笑い合う親子の時間を邪魔してまで聞くことは私にはできなかった。

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