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身代わりに立候補して、異世界でも介護の仕事に励みます  作者: 藤井


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三三

 おじさん騎士が買い物に行き、私は料理や掃除を手伝って、レナードさんやアンのお世話をする。そんな日々を過ごしていたけれど、おじさん騎士は買い物以外で外に出ることはなかった。そして、私が外に行こうとすると、やんわりとだけれど断りを入れてくる。だから、外に出てほしくないのだろうと察した私はおとなしく家の中のことをやっていたのだ。


 けれど、ある日、おじさん騎士が言った。


「すみません、実は本日は仕事でどうしても家を空けなくてはならず……」

「私、レナードさん、アン、見る、するぞ」

「よろしいのですか?」

「私、まかせろ」

「申し訳ございませんが、よろしくお願いします。食材もたくさん用意してありますから、使ってください」

「心配、ないぞ」


 レナードさんの介護は、ほとんど寝ている状態だからそんなにやることはない。それでもいつ起きてもいいように手や足をマッサージしたり、体を拭いたり、魔塔でやっていたような介助を一通りやっている。


 そしてアンは、日々食べる量が増えて、元気になっているのがとてもよくわかる。まだベッドにいることがほとんどだから、私はベッドの横の椅子が定位置になりつつある。


「あーあー、アンもお外に行きたいな」

「元気、なる、外、行く、できるぞ」

「もう元気だもん」

「足、見る、いいか?」

「足?」

「うむ、足、元気、見る、するぞ」


 布団の中にあるアンの足を見せてもらう。

 アンの足は、細くて真っ白だ。子供特有の軟らかな足だけれど、歩いていない期間が長かったのだろう。筋肉がなくて、長い距離を歩くのは難しいと思う。


「アン、足、もみもみ、よいか?」

「もみもみ?」

「うむ、触る、足、元気、手伝いぞ」

「元気になるの?」

「歩く、練習、少しずつぞ」

「ベッドから出てもいいの?」

「今日、もみもみ、明日、立つ、明後日、一歩、でも、無理、思う、やめる、約束ぞ」

「わーい。スズ、大好き」


 ギュッと抱き着いてくるアンの肩が細くて、私は栄養たっぷりのご飯を用意せねばと思うのだ。

 その日は、家の中でできることをやっていたらあっという間に時間が過ぎていた。


「おかえり、なさいませぞ」

「あ、はい、ただいま帰りました」

「ご飯ぞ」

「俺の分まであるのですか?」

「うむ、食べるしろ」


 焼いた肉をドンと出して、おじさん騎士の目の前に置けばおじさん騎士は目を丸くする。


「肉だけ、よろしい、ない、野菜、食べろ」


 野菜たっぷりのサラダと、具沢山スープを出せば、見る見るうちにおじさん騎士の口の中に食べ物が消えていく。


「とても美味しいです。こんなにおいしい料理は、妻がいたころを思い出します。今日は飲みたい気分です」


 そういえば、この家にはアンの母がいない。不思議に思ったものの聞かずにいたのだけど、お酒を飲みはじめたおじさん騎士は語りだす。


「妻は、アンを産んで失踪したのです」

「失踪? いなくなる?」

「はい、荷物や金目の物を持ち出した形跡もなく、ある日妻本人だけがいなくなったのです」


 当時を思い出したのか、暗い雰囲気のおじさん騎士だけど、顔を上げた瞬間笑っていた。


「ワハハハ。アンが生きているだけで、俺は、幸せです。グスン……し、幸せだ」

「それは、よかったぞ」

「よかったー! 本当に、よかったー。ワハハ」


 泣いたり笑ったり、忙しいおじさんである。


「今日、外に出られなかったのですか?」

「外、出る、よいか?」

「今は出ないでいただけると助かりますが、ヒック、出られた形跡が、ヒック、なかったからあぁ。捜索はここまでは、来ない……いやあ、しかし、アンが生きてる、素晴らしい!」

「捜索? 探す、してる? 誰だ?」

「……元気が一番だ!素晴らしい」

「違うぞ、探す、教える、しろ」


 私の質問に無言のおじさん騎士をじっと見つめると、おじさん騎士は目をつぶって、次の瞬間机に顔を伏せて寝てしまった。


「寝る、タイミング、悪いぞ」


 もし、誰かが探してくれているのだとしたら、ローズ様かミーシャ様かどちらかだろうと思う。何も言わずに出てきた形になっているから、ミーシャ様のことがずっと気にはなっているのだけど、おじさん騎士は私が少しでもミーシャ様の話をすると黙ってしまう。しつこく聞いても答える様子もないし、どうしたものかと思っていたのだ。


「お酒、弱い、飲む、よろしい、ないぞ」


 たった一杯で酔いつぶれたおじさん騎士は、お酒に弱いようだ。


「スズー」


 アンが私を呼ぶ声に急いで部屋の扉を開ける。


「アン、どうした?」

「パパの大きな声が聞こえたから、どうしたのかなって」

「寝る、してるぞ」


 扉を全開にすれば、アンの位置からちょうどおじさん騎士が寝ている姿が見える。


「父、お酒、飲む、寝る、したぞ」

「パパがお酒?」

「うむ」

「パパがお酒飲むのはじめて、見たよ」

 

 アンの前では飲んでいなかったのか、お酒が久しぶりなのかわからないけれど、完全に酔っぱらって眠っている。


 翌日、予想通り二日酔いのおじさん騎士。


「うぅ、頭が、割れそうだ」

「お酒、飲む、やめろ」

「はい……もう、飲みません」

「私、探す、誰だ?」

「え?」

「昨日、話、捜索、言う、したぞ」


 ものすごく驚いた顔をしたおじさん騎士は、明らかに挙動不審である。


「え? え? え?」

「私、探す、誰だ? 教える、しろ」

「いや、えっと、そう、ああ! もう行かなければ、遅刻してしまいます」


 挙動不審なおじさん騎士は逃げるように、仕事に出かけていった。


「怪しい、すぎるぞ」


 私の呟きにアンが不思議そうな顔をする。


「何が、怪しいの?」

「気にする、ないぞ」

「あのね、オムレツ食べたい」

「私、まかせろ」


 アンからのおかずのリクエストにはりきって答えるため、おじさん騎士のフリルのエプロンを借りてキッチンに立つ。


「あ、卵ないぞ」


 料理をしていたら、卵が足りないことに気づく。


「困る、する」


 アンが食べたいと言っていたオムレツを作る予定だけれど、卵がないと作れないのだ。


「スズ、どうしたの?」

「オムレツ、作る、無理ぞ」

「ええ? なんで?」

「卵、ないぞ」

「なーんだ、卵屋さんで買えばいいんだよ」

「買う?」

「うん、真っすぐ行って、お花屋さんを曲がったら卵屋さんだよ。前に行ったことがあるから覚えてるんだよ。はい、お金」

「お金?」

「うん、おこづかい、ずっと前にもらったの、とってたの。スズが使って」


 おこづかいまで差し出されたら、断るに断れなくなった。おじさん騎士は、外に出てほしくなさそうだったけれど、卵屋さんは近いらしいし、行ってすぐに帰ってくれば大丈夫だろう。


「行ってくるぞ」

「うん、行ってらっしゃい。真っすぐ行って右だからね」

「右、わかるしたぞ」


 アンのおこづかいと、卵を入れる籠を持ってドアノブに手をかけて、その時になってはじめて外から鍵がかけられていることを知った。


「フフフ、甘いぞ」


 出入りするのにちょうどよさそうな窓があるから、私は、迷うことなく窓を飛び越えた。

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