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 ローズ様は深く眠ったまま、魔塔の入り口に無事に到着。


 魔塔は現代の日本でいうところの高層ビルのようなもので、大きくて高い建物だ。

 魔塔という名前だから、おどろおどろしいのかなと思ったら、白くて綺麗な外観だった。


 御者のおじさんがフードを深く被った人と何やら喋って、馬車まで戻ってきた。


「お部屋は二階の角部屋だそうです」


 喋らない方がいいだろう思った私は一つ頷き、当初の予定通り、ローズ様になりきり具合が悪そうに俯いて歩いた。御者のおじさんは急いで荷物を運び入れて、ローズ様を置いて来た馬車に戻るようだ。


「公爵様が荷物は使ってくださいとのことです。それと、後で説明の者がお部屋にくるそうです」

「うん」


 おじさんに別れを告げて、ゆっくりと部屋を見て回る。

 ここはトイレとお風呂が完備された個室で、一人で生活するには十分な広さになっている。貴族の令嬢の部屋にしてはお粗末なんだろうけど、庶民の私にはこのぐらいの広さが落ち着く。


 本当なら、今日は同僚にあたる人に挨拶したり、どんな利用者さんがいるかも確認したいところだけど、身代わりの私は、移動の疲れから倒れているという設定にしようと思う。


 今日は大人しくしよう。


 そう、ちゃんと大人しく、誰か人がくるだろうと思っていたのだけれど、待てども待てども誰も来ないのだ。


「人、来ない」


 ここに到着したのはお昼過ぎで、まだ明るかったのに、窓の外が暗くなってきている。 

 暇を持て余した私は公爵家が持たせてくれた荷物を確認することにした。たくさんの荷物はローズ様と私が入れ替わるためのカモフラージュなはずなのに、部屋には袋が三つも置いてあるのだ。


「開ける、する」


 一番大きな一つ目の袋には、本当に寝具が入ってた。公爵家の肌触りの良い毛布はフカフカで気持ちがいいのでとても嬉しい。二つ目の袋には、動きやすそうな木綿のワンピースが数着、下着などの細々とした物、そして煌びやかなドレスが一着。


「ドレス……いる、ないぞ」


 ものすごく場所を取っているドレスは、皺になるので備え付けのクローゼットにかけておいたけれど、使うことはないと思う。多分荷物を確認された時のためのカモフラージュ用の衣類の一つだろう。


 そして、三つ目の袋の中は。


「みんな」


 編み物が得意なメイドのターニアが編んでくれたマフラー、掃除を教えてくれたメリーからはおしゃれな刺繍のハンカチ、可愛い物が好きなララの手づくりのぬいぐるみ。そして、料理長が作ってくれた私の好きなたくさんのクッキーに、庭師のおじいちゃんからは、花の種。


「これ、公爵様」


 文字の勉強の本、紙や筆記用具を入れたのは絶対に公爵様だ。

 多分この袋は公爵家のみんなから私へのプレゼントだろう。


「優しい」


 異世界に転移した場所が公爵家の庭で本当に良かったと思う。


 しばらくみんなからのプレゼントを見ながらニマニマしていると、私は気づいてしまった。

 自分がお腹が空いていることに。


 よく考えたら今朝はパンを一つ食べただけである。

 一度空腹を意識すると、お腹が空いてくるから不思議だ。


 料理長からのクッキーを一枚かじると、美味しさが口の中に広がる。

 一口食べると、なぜか空腹を強く感じてしまい、もっとクッキーが食べたくなってしまったけれど初日に全部食べ切りたくはない。


 ここで問題なのが、病弱で具合の悪い令嬢が、お腹が空いたからといって勝手に歩き回ってもいいのだろうかということだ。

 ローズ様ならきっとお腹が空いていても、そのまま食べずに寝てしまうだろう。


「困る、する、お腹」


 そう、一人で呟いた時だった。

 部屋の扉がノックされたのは。


 思わず肩が跳ねる。

 慌ててどうすべきか迷い、意味もなくその場で足踏みをして、慌てた私はなぜかその場に腰を下ろした。


「失礼。入るがいいか?」

「うん」


 入ってきてきたのは、ライオンみたいな髪が印象的な、黒い服を着た青年だった。

 服の上からもわかるモリモリの筋肉に視線が吸い寄せられる。

 胸板は厚いし、腕はムキムキ、そして不思議そうに紅い瞳をこちらに向けている。


「なんでそんなところに座ってるんだ?」


 ハッとした私は、小首を傾げて、気にしなくていいのよと言わんばかりの優しい顔をしてみた。


「……まあ、本人がいいならいいが。俺はビリー・ホワイト」

「ビリーさん」

「……好きに呼んでくれ」

「私、ローズ」

「ああ、あんたのことは知ってる。公爵家の令嬢には無理だと思うが、王家からの指示でここで働かせろとのことだ」


 コクンと頷けば、ビリーさんはガシガシと頭を掻いて話し始めた。


「明日からの仕事についてだが」


 仕事の話だ。これは真剣に話を聞かねばと、正座して姿勢を正す。


「……明日は一応仕事は教えるが、無理だと思ったらすぐに言ってくれ」


 なんでだろうと思って首をかしげれば、小さなため息をついたビリーさん。


「今まで何人も仕事を教えては辞めていってるんだ。だからあんたも無理だと思ったら早めに言ってくれ」


 わかる。

 わかるよ、その気持ち。


 介護施設で働いていたときのことだ。新人さんが入ってきて一生懸命仕事を教えたはいいけど、思ってたのと違いましたとか、こんなにきついと思わなかったとか、理由は様々だけど、辞めていく人がいるのだ。だからどうせ辞めるなら早めに言ってよと思うビリーさんの気持ちが痛いほどわかる。


 うんうんと深く頷く私を、微妙な顔で見るビリーさん。

 ちょっぴり親近感の湧いたビリーさんをよく観察してみると、初対面の私でもわかるほど疲れているように見えた。服はヨレヨレだし、目の下に隈があるから、多分寝不足ではないだろうかと思う。


「部屋の中は好きに使え。扉を出て左が階段、一階が食堂、三階が仕事場。食堂はいつでも飯が置いてあるから好きな物を好きなだけ食える」

「うん」

「……四階以上立ち入り禁止だ」

「うん」

「あんたの世話をする人間などはいないからな」

「うん?」


 働きに来てるのに、なんで私が世話をされる側になるのだろうかと思ったら、私は今ローズ様で公爵令嬢だった。


「自分、できる」

「それならいい。明日は朝七時に迎えに来る」

「うん」


 仕事に遅刻は厳禁だ。七時に遅れないようにしなければ。


「……なあ、あんた本当に公爵家の令嬢だよな?」


 な、な、なんで初日からそんな質問を。

 これは全力でしらばっくれるしかない。


 そこで、私は閃いた。


「お手洗い、行く」

「……お、ああ」


 首をかしげて妙な顔で、退出したビリーさんに小さく手を振る。

 バタンと扉が閉まった瞬間、私は大きく息を吐きだした。


「はあぁぁぁ」


 初日から危なかった気がする。

 ほとんど喋っていないのになんで疑われたのか不思議だ。


 ひとつ分かったのは、お手洗いに逃げるというのが、使える技だということだ。

 さすが公爵様の言うことに間違いはない。


 扉の向こうでビリーさんが怪訝な顔で扉を見つめているなんて思いもしない私は、やはりお腹が空いてしまい、料理長お手製のクッキーを食べるのだった。

誤字脱字教えて下さった方ありがとうございました。

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