二九
「レナードさん、ビックリ、したぞ」
輝く金色の髪は屋外で見ると一層、輝いて見える。
レナードさんは周りを警戒しながら私に静かにするようにとジェスチャーをしている。
「こっちに来てくれないか?」
手招きされて家から見えない茂みの中で、中腰になる私たち。
突然のレナードさんの登場に驚いた私だけれど、レナードさんの表情が硬いことにすぐに気づいた。
「急、どうした?」
最後に会った時のレナードさんはまだ完全には回復していなかったし、体調が悪いのかもしれないと、私は心配になってレナードさんの顔を覗き込む。
「スズに会いに来たんだ」
「私、会う、用事、あるか?」
「用事というか、なんというか……」
レナードさんはあの話をした翌日に、私がまるで夜逃げするようにいなくなったから、嫌になって出て行ったと勘違いしているのかもしれない。
「私、お城、呼ばれる、働く、なる、したぞ」
「ビリーにスズが城に呼ばれた理由を聞いてはいたんだが……」
「レナードさん、嫌ないぞ」
「いや、俺は調子に乗っていた」
「んん?」
「スズが俺の外見を好ましく思ったと言ってくれたから、調子に乗ってしまったんだ」
「調子、乗る?」
「ああ、スズ以外で、あんな風に褒めてくれた人はいなかったから」
滅多にお目にかかれないほどの美形なのに、褒められたことがないなんて考えられない。
「今まで、会う人、見る目、ないぞ、レナードさん、とても、かっこいいぞ」
今まで室内でしか会ったことがなかったし、大半はベッドに横になっている姿だったけど、こうして太陽の下できちんとした服を着ていると、かっこよさが増している。まじまじと見つめればなぜかレナードさんは腕で顔を隠すではないか。
「だから、そういう事言わないでくれ……また、調子に乗ってしまう、やめてくれ」
赤くなった耳や照れたその姿を見て、可愛いなと思った私。
「ん?」
かっこいいのに可愛いと感じるなんて変だなと、胸に手を当て首をかしげる。
「魔塔のみんなもスズがいなくなって、とても寂しがっている」
「みんな?」
「ああ、ローズ嬢はもちろん、ナッシュもモニカも、カールもみんながスズに会いたがってる」
「うむ、私、みんな、会う、したい、思うぞ」
「その、俺も、スズに」
その時、玄関が開いて私は仕事中だったことを思い出す。
「スズ、中の仕事を手伝って……あれ? どこに行ったのかね?」
クレオさんが私が先ほどまでいた場所まで歩いて探しに来ている。
立ち上がろうとした私の耳にレナードさんの呟きが聞こえてきた。
「クレオ……」
その一言で、私はレナードさんがクレオさんのことを知っていることがわかった。
「隠れる、する、なぜだ?」
「……昔、いろいろあってな」
「いろいろ?」
いろいろとは何だろうかと不思議に思った私が、質問するより早くクレオさんはこちらに気づいたようだ。
「スズこんなところで何を……坊ちゃま、坊ちゃまでございますか?」
「……ああ」
「本当に、本物の坊ちゃまが」
驚きに目を見張っていたクレオさんの瞳からは、涙があふれていた。
「坊ちゃまにお会いできるとは夢のようでございます。さあさあ、ミーシャ様のところへ、今すぐに」
クレオさんに手を引かれたレナードさんは、言われるがまま足を進めていたけれど、玄関まであと一歩というところで立ち止まった。
「やめておく」
「なぜです? ミーシャ様は誰よりも坊ちゃまのことを気にかけていらっしゃって」
「今日は、スズに会いに来ただけなんだ」
少し眉を下げてそう言ったレナードさんにクレオさんはひどく残念そうにしていた。
レナードさんは私の手を引き、玄関から離れた場所で立ち止まると、視線を合わせて小声で言った。
「俺は、スズがいなくて、寂しくて、会いに来たんだ」
吸い込まれそうな澄んだ紅い瞳に、真剣さを感じて、私は咄嗟に返事ができなかった。
「また会いに来てもいいか?」
その問いに小さく頷いた私を確認したレナードさんは帰っていく。
金色の頭が視界から消えた瞬間、今、言われた言葉を脳内で繰り返す。
私がいなくて、寂しくて会いに来たと。
なんだか、嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない不思議な気持ちを持て余していると、勢いよく玄関の扉が開いた。
「レナード、レナードはどこに」
「ミーシャ様、レナードさん、帰る、したぞ、ござます」
「あの子が、本当にここに来ていたの?」
「はい、ござます」
ミーシャ様は、両手で口元を隠して信じられないと呟きながら、泣き出してしまった。オロオロする私はミーシャ様の涙の理由がさっぱりわからないのだ。
その後、ミーシャ様とクレオさんの前に座らせられた私。
「坊ちゃまとはどんな関係なんだい?」
前のめりのクレオさんと、私から決して視線を逸らさないミーシャ様の圧にたじたじになる私。
「私、魔塔、レナードさん、お世話、したぞ、ござます」
「それは、ビリーから聞いたわ。レナードのことはどこまで知ってるのかしら?」
「レナードさん、王子、髪金、サラサラ、瞳紅、足長い、かっこいい、魔術師、治療、ござます」
レナードさんのことを最初は寝たきりの高齢者だと思っていて、実は若者だったと知ったのも最近のことだ。好きな食べ物も好きな色も、何歳かさえ私は知らないことに気づいた。
「あの子はね、もうずっと魔塔から出たことがないの」
「え? さっき、来たぞ、ござます」
「だから、驚いたのよ、スズは一体どうやってレナードを外に出る気にさせたのかしら?」
私がしたことは本当に大したことがないことばかりで、部屋を掃除したり、食事を運んだり、特別すごいことをやったわけではない。それよりも、レナードさんが魔塔に引きこもりだったということが私には驚きだった。
「坊ちゃま、立派になられておりましたよ」
クレオさんがそう言うと、ミーシャ様は私も会いたかったと、本当にとても残念そうに呟いた。
「レナードさん、また来る、言う、してたぞ、ござます」
「それは本当なの?」
「はい、ござます」
「生きている間にあの子に会えるのなら、本当に嬉しいわ。スズが来てくれていいことばかりよ。ありがとう」
この世界での自分の立ち位置や先のことを考えると、不安になることもあるけれど、ありがとうというその一言は、そんな気持ちを吹き飛ばしてくれる。
誤字脱字教えて下さった方、助かりました。
ありがとうございました。




