二五
「そなたについて調べても、一年ほど前から公爵家に居たことしかわからぬのだ。調べたものが不思議だと首を捻っておったぞ」
それはそうだ。だって私が居たのはこことは別の世界なのだから。
だけどそんなことを言っても信じられないだろうし、どう説明しようか悩んでいれば、王様は小さく首を振った。
「いいのだ。そなたが何者でも、レナードがまた生きようと思ってくれたのだから」
レナードさんのことを語る王様の瞳は優しかった。それから王様はレナードさんの話を聞きたがったから、私の知る限りの最近の様子を聞かせることにした。
「レナードさん、とても、元気だぞ。ござます。ご飯、自分、食べるして、楽しい、笑う、してる、ござます」
私が、もれるどいてという単語を使った後なんて、笑いが止まらない様子だったし、ご飯も自分で食べられるまでに回復していた。それに、昨日一応告白というものをされた私。けれど、今ここでさすがにあなたの息子に告白されたとは言えない。
「そうか、そうか、それはいいことを聞いた。儂はもう何年も笑う顔を見たことがないが……元気な様子が聞けただけでよい気分だ」
少し寂しそうにそう言った王様に、親子なのだからいつでも会いに行けばいいのにと思っていれば、不意にノックに音が響く。
「誰だ」
「陛下、失礼いたします。トンプソン公爵がお見えです」
「通せ」
入ってきたのは、ロマンスグレーの品の良い紳士、ローズ様のお父さんの公爵様だ。
いつもは余裕のある公爵様が、焦った様子であることに私は驚いた。
「陛下、朝早くから失礼いたします」
「ふむ、どうした?」
「スズは悪くありません。ローズの身代わりに魔塔に行くように言ったのは私でございます。罰するなら私を罰していただきたいのです」
私を庇うように私の前に一歩出て、そう言った公爵様の背中を見ていたら私は胸が温かくなった。いつも余裕のある公爵様がこうして急いで王様のところまで来てくれたのが私のためだとわかったから、嬉しかったのだ。
「トンプソン公爵、勘違いをしておる」
「勘違い?」
「そうだ、儂はその件について咎めるつもりはない」
「え?」
「スズを呼び出したのは別件だ」
「……別件でございますか?」
私と王様を交互に見る公爵様に私は小さく頷いてみたけれど、公爵様は困惑した様子だ。
「儂がスズを呼びに行かせて時間が経っておらぬが、駆けつけた行動力とその情報力、見事である」
「恐縮でございます」
ホッとしたように息を吐きだした公爵様と、機嫌よさそうに笑う王様。
「実は、スズに母の面倒を見てほしいのだ」
「……なるほど、それはスズが適任かもしれません」
「そうであろう、ということでスズ、詳細はビリーから聞いてくれ。儂はトンプソン公爵と話がある」
王様の視線の先、私の斜め後ろを振り返ると、いつの間にかビリーさんが立っていた。
驚く私の顔を見て小さく笑ったビリーさんに託されて王様の部屋を出る。
「さて、これから説明するが、王太后様はミーシャ様と言ってな」
「ビリーさん、待つ、しろ」
「どうした?」
「お城、ビリーさん、なぜ、いる?」
「なぜって、スズの案内は俺がやりたかったからな」
「ん? ビリーさん、上司、王様か?」
「まあ、そう言われればそうだな。俺は陛下の命を受けて、魔塔の管理及びレナード様の補佐をやってるからな」
それからビリーさんは歩きながら、王太后様について説明してくれた。
王太后様の名前はミーシャ様。お歳は八一歳で、旦那さんである前国王様が亡くなってからは、城内に住むことを嫌がり城の敷地内にある家に住んでいるそう。基本的に身の回りのことは自分でやっているけれど、少し前に膝を痛めてしまい、生活がままならなくなってきたようだ。王城から人を派遣しても頑なに拒否をしているらしい。仕方なく、今は昔馴染みの侍女が通いでお世話に行っている状態なんだとか。
「お世話、侍女、いる。私、必要、あるか?」
「その侍女も高齢なんだ。元侍女長を務めた人で、引退して隠居生活をしていたところを、今回無理にお願いして来てもらってるらしいぞ」
高齢者が高齢者を世話している状態ならば確かに人手が必要だろうと思うけれど、王城から派遣された人を断っているのなら、私も断られるのではないかと思う。
「私、いる、ない、言われる、かもぞ」
「スズはこれまでの侍女達とはタイプが違うし、多分大丈夫だ」
「これまで方、いる、するか?」
「これまでに王城から派遣した侍女たくさんいたが、誰一人続いていないそうだ」
「……私、大丈夫、ないぞ」
「いや、スズなら大丈夫だ」
「なぜだ?」
「俺の勘は当たるんだよ」
そこまで話を聞いて辿り着いたのは、小さな家だった。
お城の敷地の中だけど、広い庭を随分歩いた先にあったそこは、緑に囲まれた隠れ家のような家だった。小さな庭には色とりどりの花が咲き誇り、可愛らしい白いテーブルとベンチが置いてある。
「ミーシャ様、ビリーです」
ビリーさんがそう言ってノックをしても、家の中は静まりかえっている。そのまま待ってみても中から反応はなかった。
「ミーシャ様、ミーシャ様」
ノックしながら呼びかけるビリーさんはやがて諦めたように、ドアを叩くのをやめた。
「いない?」
「いや……いるはずだ」
少し困ったようにそう言ったビリーさんは、窓に近寄り中を覗いている。
「いつもならこの時間は起きられているはずなんだが……」
飛び跳ねながら窓の中を覗くビリーさんは、ミーシャ様が心配なようだ。家を一周して、再び玄関に戻ってノックをするビリーさん。
「ミーシャ様、ビリーです。ミーシャ様」
「留守?」
「いや、この時間に外出の予定はないはず……」
その時、家の中から物音が聞こえた気がした。
「ビリーさん、黙る、しろ」
「なんだ?」
「しー、だぞ」
鼻に人差し指を立ててそう言った私にビリーさんは困惑した表情だったけれど、かすかに聞こえてくる物音に気づいて驚いた顔になった。
「音、聞こえる、したぞ」
その言葉を受けた瞬間ビリーさんは、私を手で制した。
「スズ、下がってろ」
「ん?」
「ドアをこじ開ける」
「……鍵、どこだ?」
「待ってられん」
焦った様子のビリーさんがドアに向かって渾身の体当たりをする。けれど、ムキムキマッチョなビリーさんの体当たりでも頑丈そうなドアはビクともしなかった。
「くそっ! 王太后様が住むからとドアを分厚くしてあるんだった」
「ビリーさん、窓、入る、どうだ?」
「開いてる窓がない」
「少し、開く、小さい、窓、見たぞ」
家の裏手にある、高い位置の窓は、明り取りの窓だろう。空気の入れ替えのためか、ほんの少し開いていたのだ。
「スズならあの窓から入れるか?」
「私、まかせろ」
ドンと胸を叩いてグッと親指を立てた私を見て、焦った様子だったビリーさんがハッとした顔をした。
「悪い。俺は焦りすぎだな」
そう言って、下げた顔を上げた時には、いつもの落ち着いた様子に戻っていた。




