二四
「私、仕事、ある。城、行く、困る、する」
ローズ様の様子だって気になるし、仕事があるのだ。
しかしおじさん騎士は困ったように言葉に詰まっていた。
妙な沈黙の後に、私は閃いた。
「ビリーさん、城、行く、言う、したい」
ビリーさんはこの魔塔での直属の上司にあたるのだ。欠勤や遅刻する時には上司に報告をしていかなければならないというのは当然のことだと思う。
「ビリーさんというのは……ビリー・ホワイトのことよろしいでしょうか?」
「うむ、ビリーさん、ビリー・ホワイトだぞ」
「それならば心配いりません。私がここに来ていることを彼は把握しておりますから」
「ビリーさん、知ってる?」
「ええ、スズ様が陛下から呼び出されていることも伝えております」
ビリーさんが今回のことを把握しているのならば、魔塔の介護については問題ないだろう。
問題は私の格好である。ベッドに横になっていたのだから当然のごとく私はパジャマ姿だ。
「問題ないようでしたら、できれば急いで城に向かいたいのですがよろしいでしょうか?」
「わかる、した。私、着替える」
部屋に入り、クローゼットを開けていつものワンピースに急いで着替える。
最後に鏡の前で身だしなみを整えて、おじさん騎士を待たせた時間はおよそ三分。
ドアを開ければ、驚いた様子のおじさん騎士。
「お早いですね」
「うむ、しかし、少し、待つ、しろ、よいか?」
「……ええ、準備にもっとお時間がかかると思っていましたので少しぐらいなら」
「ありがと、ござまーす」
おじさん騎士に断りを入れて、私は隣のローズ様の部屋へと入る。
ローズ様はスヤスヤと眠っていて、おでこをそっと触ると熱も下がっていた。
呼吸も楽そうだし、水差しの水も減っているから、起きた時に水分補給もできているようだ。
ローズ様の様子を確認した私はおじさん騎士が準備してくれていた馬車に揺られることとなった。
同乗者として一緒に馬車に乗ったおじさん騎士は、なぜかニコニコと楽しそうな様子で、私が首を傾げると、一緒に首を傾げている。
「何か、嬉しい、楽しい、あるか?」
「ええ、私は、小さい生き物が好きでして」
「小さい、生き物?」
「スズ様のように小さなお子様を見ていると微笑ましい気持ちになるのです」
「お子様?」
「ええ」
「私、お子様、違うぞ」
そう言った私をキョトンとした顔で見たおじさん騎士だったけれど、一人納得したように頷いた。
「ええ、そうですね、スズ様はお子様ではないですよね」
「本当に、違うぞ、大人ぞ」
「ええ、ええ、わかっておりますよ」
おじさん騎士は子供が大人だと言い張っていると勘違いしている気がする。
「私、子供、ちがーう」
「ええ、ええ、スズ様は立派なレディでございます」
間違いを正せば正すほど信憑性がなくなる予感に私は口を閉じるしかなかった。
そんな私を微笑ましいと言わんばかりにニコニコとしたおじさん騎士は、突然胸元のポケットから一枚のハンカチを取り出した。大きなゴツゴツとした手と可愛いらしいウサギの刺繍の入ったそのハンカチがミスマッチすぎる。
「大変、可愛らしいぞ」
「そうでしょうとも、一目惚れしてすぐに購入した一品です。ところでスズ様は、この国の方ではありませんよね?」
「うむ」
「陛下の前でお話するには注意が必要かもしれません」
「私、敬語、とても、とても、苦手だぞ」
私はこの国の敬語がとても苦手であると自信を持って言える。普通の会話すら単語でしか喋れないのに、敬語を覚えるなんて無理なのだ。
「そのようですね、スズ様はまだ幼いですし、陛下も怒ったりはしないと思いますが……」
「私、喋る、ない」
「時と場合によっては受け答えしなければ失礼に当たりますので、出来る範囲で頑張ってください」
「うむ、できる、だけ、喋る、ない、頑張るぞ」
おじさん騎士はいい人だった。
陛下の前では、一番最初に頭を下げること、話しかけられてから発言することなど細かい注意点を教えてくれた。
「こんなに朝早くにお迎えに行ったのでビックリされたでしょう?」
「うむ、ビックリ、したぞ」
「陛下が時間が取れるのがこの時間しかなかったのです」
「陛下、私に、用事、なんだ?」
朝早くに来たとかそんなことよりも、この国の王様が私に用事があるというのが気になるのだ。
「もう到着しますので、直接聞いてくださいね」
おじさん騎士の後ろを歩きながら、私は城の造りに見入っていた。私が見たことのある城は日本にある城だけだったから、西洋風のお城が珍しかったのだ。高い天井を首が痛くなるほど見上げて立ち止まったり、壁の装飾に見入って立ち止まったりしながら、おじさん騎士が大きな扉の前まで連れていってくれる。
「陛下がお待ちです」
王様が呼んでいると言うのは本当だったらしい。
呼び出された先で待っていたのは、レナードさんにそっくりな男の人だった。とは言っても、若返った今のレナードさんではなく、魔力を使いすぎて弱っていたときのレナードさんに似ている。
細身のレナードさんに比べると、王様の方ががっしりとした体格で、白い髭が印象的だ。
広い部屋の正面、大きな机の向こうに王様がいた。
「早朝から呼び出して、すまぬな」
小さく首を振ることで答えた私は、喋らずに終わりたいと思うのだけれど、呼び出されて無言というわけにはいかない予感をひしひしと感じていた。
「まず、息子が世話になった礼を言いたい。そなたのおかげでレナードが生きる気力を取り戻したと聞いた」
いえいえ、そんな私のおかげだなんてとんでもない。
そう思って小さく首を振る私に、王様は頭を下げるではないか。
さすがに黙ったままというわけには行かず、私は使用人のみんなが公爵様と喋っている時の言葉遣いを必死に思い出す。
「私、何も、して、ないぞ、ござます。掃除、ご飯、体拭く、する、した、だけだぞ、ござます」
精一杯の敬語が失礼にならなければいいなと思い王様の様子を見ていると、怒った様子がないから、多分大丈夫だろうと思う。
「レナードには親身になってくれる存在が必要だったのであろう。そなたには感謝してもしきれぬ」
「いえいえ、ござます」
一瞬の沈黙の後、王様は言った。
「そなたに頼みがある」
なんだろうかと不思議に思った私に、王様は思っても見ないことを言った。
「面倒を見て欲しい人がいるのだ」
「面倒、ござますか?」
「うむ、相手は私の母だ」
王様のお母さんということは、レナードさんのおばあちゃんということだからご高齢の方だろう。介護なら専門だけれど、私は特別なことができるわけではない。偉い人なのだから、きっとたくさん人が身の回りのお世話をしているだろうから、私にできることが何かあるとは思えない。そう思って口を開こうとした私の考えをよんでいたかのように王様は言う。
「少しばかり気難しいところがあるが、レナードにしたように親身になって接してほしいのだ」
「私、特別、できる、ない、ござます」
「儂は人を見る目があると自負しておる。そなたなら大丈夫だろう」
うんうんと頷きながら髭を撫でる王様に私は言った。
「私、魔塔、仕事、ある、する、ござます」
「そのことなら心配いらぬ、人は派遣しておく」
それなら大丈夫だろうと頷く私に、王様は思っても見ないことを言った。
「そもそもそなたは公爵令嬢の身代わりで魔塔で働いていただけであろう」
「え?」
身代わりのことをなんで王様が知っているんだろうか。
身代わりになったという事実を一番知られてはいけない人に知られてしまっていることに私は驚きを隠せない。
「咎めたいわけではない。元はと言えば、カイリーが悪いのだからそなたが気にすることではない……それよりも一つ聞きたいのだが、そなたは何者なのだ?」
真っ直ぐに見つめられそう言われた私は、予想外の質問に目を見開いた。




