一八
カイリー殿下が来ても来なくても、私たちのやることは変わらないけれど、いつもと違うのは三階の部屋に今回の協力者がいることだ。
今回の協力者は二人。
マッサージ大好きな赤髪の美女と、モニカだ。
二人とも今回協力を申し出てくれたそうで、療養者として三階の部屋にいてくれているらしい。他にもカールさんや、厨房のコックさんたちが協力すると言ってくれたそうだけれど、今回は女子に協力してもらうことになったのだ。
トントンとノックをした部屋は、グラマラスな赤髪の美女、あねさんの部屋だ。
「あら、おはよう」
「おはよう、ござまーす」
「スズちゃん?」
「うん、私、名前、スズだぞ。嘘、ごめんぞ」
「事情は聞いてるわ。気にしないで。またマッサージいいかしら?」
「うん、いいぞ。あねさん、揉む、するぞ」
さっそくとベッドに横になったあねさん、名前は知らないけれど、みんなにあねさんと呼ばれているから、私もいつの間にかあねさんと呼ぶようになった。
「スズちゃんのマッサージ本当に最高よ」
「あねさん、肩、凝る、してるぞ」
「あの、今回、ご協力していただきありがとうございます」
そう言ったローズ様に、あねさんはひらひらと手を振っていた。
「いいのよ、スズちゃんには療養中お世話になったし、こうしてマッサージもまたやってもらいたかったから」
私がマッサージをしている間に、ローズ様は部屋の掃除をしていく。ローズ様も最初に比べると慣れてきたのか動きがスムーズになってきた。これならカイリー殿下がいつ来ても大丈夫だろう。
「スズ、わたくし、ごみを捨てに行ってくるわ」
「うん、わかったぞ」
それからしばらくあねさんをマッサージしながら雑談していれば、慌てた様子で部屋に入ってきたのはビリーさんだった。
「もうすぐカイリー殿下がこちらに到着される。ローズ嬢は?」
「ごみ捨て、行く、してるぞ」
「俺は、出迎えに向かいそのままカイリー殿下を三階に連れてくる。ローズ嬢に知らせてくれ」
「わかったぞ、私、ローズ様、伝えるぞ」
「頼んだ」
「まかせろ」
ビシッと親指を立ててそう言って、部屋を出ようとしたところでビリーさんと目が合った。
「何度も言うが……スズ、目立たないようにな」
「うむ、私、目立つ、ないぞ」
「よし」
最後に私の頭をポンと撫でたビリーさんは、足早に去っていく。
私はカイリー殿下がくることを伝えるために、ローズ様のもとへ急いだ。
ごみは一階のごみ置き場に捨てることになっているから、急いで階段を駆け下りる。
ごみ捨て場までの道のりでローズ様と会えるだろうと思っていたけれど、ごみ捨て場に着いてもローズ様と会えなかった私は慌てた。
「ローズ様、どこだ」
もしかしたら通った道が違ったのかもしれないと気づいて慌てて、踵を返す。
長いスカートが走るのに邪魔で、スカートをたくし上げながら全力疾走だ。階段も二段飛ばしで駆けあがった甲斐もあり、三階の廊下についた瞬間、探していた背中を見つけた。
「ローズ様」
ゆっくりと振り返るローズ様に駆け寄る。
「カイリー殿下、くるぞ」
「わかったわ」
「モニカ、部屋、行くぞ」
打ち合わせ通りモニカのいる部屋へと入り、いつも通りの手順で掃除をはじめるローズ様。
「モニカ、カイリー殿下、くる、するぞ」
「わかりました。それでは私は寝ておきますね」
女の子の部屋に長居はしないだろうというビリーさんの紳士的な意見が反映され、カイリー殿下がくるときには、モニカの部屋にいるようにと打ち合わせをしていた私たち。いつも通り働いていれば何も問題ないはずだから、何も心配することなんてないのに妙にソワソワとしてしまう。
私は落ち着くために深呼吸して、走ったことで流れてくる汗をハンカチで拭った。
その時ノックの音が響く。
ローズ様と私とモニカ、三人でアイコンタクトをし、頷きあう。
ノックに返事をして、扉を開けるのは私の役目だ。
「はい」
「ビリーだ」
「どうぞ」
扉を開けて、中に入ってきたのは、ビリーさんと、もう一人。
カイリー殿下は、思ったよりも小さかった。
大柄なビリーさんと比べてしまうから余計だろうけど、目線が私とあまり変わらない。まだ幼さの残る顔立ちで、パッチリとした茶色の瞳は室内を見渡していた。長い茶色の髪を一つに結んでいるから、殿下が首を振るたびに髪が揺れている。
私と目が合った瞬間、なぜかカイリー殿下は驚いたようにハッとした表情になった。どうしたのだろうと首を傾げる私を二度見したカイリー殿下。
その後すぐに、雑巾片手に掃除をしているローズ様を見て、カイリー殿下は目を見開いた。
「ローズ」
名前を呼ばれたローズ様はというと、カイリー殿下の顔を一度見たものの無視だ。
「ローズ、その、元気だったか?」
ローズ様がいる方へと足を進め、そう聞いたカイリー殿下に、ローズ様は振り返った。
「元気ですが、何か?」
「聞きたいことがあるのだ。ローズは、ロゼッタに毒を本当に盛っていないのか?」
ボソボソと話すその言葉は静かな部屋によく響いて、聞きたくなくても聞こえてしまう。
「わたくしはやっておりませんと申しました。けれど殿下は、わたくしがやったとおっしゃるのでしょう。だからこうしてわたくしは、殿下の望み通り魔塔で労働をしております」
淡々とそう言ったローズ様に、カイリー殿下は、俯いたまま言った。
「僕が間違っていたのか?」
「いまさら何をおっしゃっているのですか?」
「……また来る」
そう言われたローズ様は、弾かれたように顔を上げたけれど、殿下は既に背を向けていた。
「失礼する」
「それでは門までお送りいたします」
ビリーさんとカイリー殿下が出て行った部屋で、ローズ様はイライラをぶつけるように何度も机の同じ部分を拭いている。
その姿を見ながら、モニカと私は顔を見合わせた。
「なんだか、予想と違いましたね」
「うん、怖い、ない」
「そうです。そうです。こう、もっと傲慢な感じだと思ってたのに」
「かわいい、男の子」
「ですね」
「若い、小さい、驚く、した」
「カイリー殿下は、一六歳です」
私たちの話を聞いたローズ様は、机を拭いていた手を止めた。
「殿下は……背が小さいのも、男の子なのに可愛いと言われるのを気にしていたわ。わたくしが寝込んでいるとお見舞いに来てくれたり、お花を贈ってくれたり、昔は優しかったの。でもいつからか、変わってしまったわ」
スッと流れた涙を見て、ローズ様は、まだカイリー殿下のことが好きなのだろうかと疑問に思ったけれど、とてもじゃないけど聞ける雰囲気ではなかった。




