一七
ローズ様が来た日から、私はローズ様と行動を共にした。
「ローズ様、掃除、初めてか?」
「ええ、でも、屋敷でみんなが掃除している姿を見たことがあるから、出来そうな気がするわ」
そう言いながら腕まくりをして張り切るローズ様の腕が細くて、私は思わずローズ様の持っているバケツを一緒に持った。
「一緒、頑張る、するぞ」
誰でも初めてのことはうまくできなくて当たり前だ。
雑巾がちゃんと絞れてなくて、床がビチャビチャだろうが、ちりとりをうまく使えなくて、ゴミが床に残っていたって、ローズ様はローズ様なりに頑張っている。
「……わたくし、役に立ってないわね」
床を拭いて下を向いていた私は、ローズ様がポツリと小さく漏らした言葉に顔を上げた。
「初めて、下手、当たり前ぞ。気にする、ないぞ」
「そうかしら?」
「うむ、毎日、やる、できる。ローズ様、元気だせ」
「フフフ、ありがとう」
「うむ、元気、よろしい」
ニコリと笑いかければ、ローズ様も元気そうに笑顔で頷いた。
「ローズ様、仕事、終わる、するか?」
「まだやれるわ」
「無理する、ないぞ」
私はローズ様を見守りつつ仕事をした。
ローズ様には言葉を教えてもらったり、ずっとお世話になってばかりだったから、恩返しができて嬉しかった。それに慣れない環境で頑張る姿が、この世界に来たばかりの自分と重なって、応援したくなったのだ。
だから、朝から晩まで一緒に居ることが当たり前になって、二日、三日と過ぎていった。
食の細いローズ様だけど昼間動いてお腹が空くのか、以前よりご飯を食べれるようになったのはいいことだ。
「本当に美味しいわ」
「うむ、カールさん、作る、ご飯、うまい、すぎるぞ」
そんな和やかな夕食のひと時だったけれど、一つ問題が起きた。
「あなたは一体何者なの!」
ビシッとローズ様を指さしてそう言ったのは、モニカだ。
言われたローズ様はただただ驚いているようだった。
「モニカ どうした?」
「……ずっと私とスズさんがご飯を食べていたのに」
「モニカ、ごめんだぞ」
拗ねているらしいモニカと呆気に取られているローズ様。
モニカにはしばらく一緒にご飯を食べれないことと、名前がローズではなくスズであることは伝えていたのだけれど、詳しい事情は話していないのだ。
「フフフ、スズはどこに行ってもみんなに好かれているのね」
結局この日は三人でご飯を食べることになったのだけれど、この二人、なぜか、私とどれだけ仲がいいのかお互い自慢話のように話しているのだ。
「私はスズさんといつも一緒にご飯を食べてますよ」
「あら、わたくしはスズとお風呂に入ったことがあるわ」
「ぐぬ……お風呂とは」
「オホホホ」
賑やかな夕食が終わり、モニカに別れを告げて、部屋までの道を歩いたらローズ様が立ち止まった。
「ローズ様、大丈夫か?」
さっきまでの元気だったローズ様の顔が真っ青なのだ。
「……少し休ませてもらってもいいかしら?」
「うん、部屋、休む、しろ」
部屋まで俯いたままのローズ様が心配でハラハラする私。
部屋に入ってベッドに腰かけたローズ様はポツリと呟いた。
「スズは……怖くないの?」
「ん?」
「魔術師が怖くはないの?」
「魔術師、怖い、ないぞ。みんな、良い人だぞ」
「わたくしは、怖いわ」
「さっき、モニカ、話す、普通、してたぞ」
モニカと話しているローズ様は、普通に話していたし、笑顔さえ浮かべていたのに。
「……取り繕うのに慣れているだけなの」
「魔術師、怖いか?」
「ええ。でも、モニカは嫌いじゃないわ」
「うむ、モニカ、可愛いぞ。とても、良い子だ」
「そうね、悪い子ではないとわかるわ」
「ローズ様、良い子だぞ。怖い、思う、変える、頑張る、する、とても、よいことだぞ」
その日からローズ様は、少しずつだけれどモニカと打ち解けていった。
ここ数日一緒に過ごしてわかったのは、どうやらローズ様は、男性の魔術師は苦手だということだ。ビリーさんが気にして何度か様子を見に来てくれたけれど、ローズ様が怯えているのがわかった。
だから私はできるだけローズ様には女性の魔術師の部屋を担当してもらった。
今までお世話をする側ではなくされる側だったローズ様は、最初はいろんなことがぎこちなかったけれど、少しずつ慣れてきたように思う。
そうして、ローズ様が魔塔に慣れ始めた頃。
「スズ、あのお部屋は、扉が大きいけれど、何があるの?」
「レナードさん、部屋だぞ」
「レナード殿下のことかしら?」
「そうだぞ。ローズ様、レナードさん、知ってるか?」
「ええ、お会いしたことはないけれど」
ローズ様の話では、レナードさんは第一王子でカイリー殿下のお兄さんにあたるそうだ。二人は母が違う、異母兄弟だそうで、正妻の子と妾の子ということで、あまり仲は良くないらしい。
「レナードさん、寝てる、ローズ様、部屋、掃除する」
レナードさんはまだほとんど寝て過ごしているから、魔術師の男性を怖がるローズ様が担当するにはちょうどいいと思う。ということで、ローズ様にはレナードさんの部屋も担当してもらうことにした。
「今日も眠ってらっしゃったわ」
「魔力、なくなる、たくさん、寝る、一番」
「わたくし、今までたくさんの本を読んだし、家庭教師の先生にもいろんなことを習いました。でも、魔塔に来て、知らないことがまだまだあるのだとわかったわ。掃除の仕方も、魔術師のことも、何も知らなかったの」
病弱なローズ様は幼いころから本を読むことが多かったそうだ。基本的に屋敷で過ごしてきたから、外のことがいろいろわからないそうだ。私は外のことどころか、この世界のことでまだ知らないことがたくさんある。
「私、知る、ない、たくさんだぞ。一緒に、たくさん、知る、するぞ」
「フフフ、スズと一緒なら楽しいわ」
「私、まかせろ」
ドンと胸を叩いた私と、穏やかに笑うローズ様。
いよいよカイリー殿下が来る日が近づいてきて、私はビリーさんに呼び出された。
「カイリー殿下が来るのは明日だ」
「うむ、ローズ様、掃除、とても、上手、なった。問題ないぞ」
慣れた手つきとは言えないかもしれないけれど、最初に比べるときちんと掃除道具も使えるようになったし、ローズ様は頑張っていた。
「よし、明日は、みんな協力してくれることになったから、心配するな」
「みんな?」
「おう、スズに世話になった奴らがノリノリで協力したいと申し出てくれたんだ」
「ノリノリ?」
「まあな。それよりも、スズ、明日は大人しくだ」
「私、大人しいぞ」
大人しくできると言えば言うほど、ビリーさんは本当かと言わんばかりの顔で私を見るから、私はビリーさんが安心できるように親指をグッと立てた。
「私、まかせろ」
「……まあ、明日は俺もいるから、どうにかなるだろう」
翌日、朝早く起きた私とローズ様が、いつも通り朝食を食べに食堂に向かえば、そこにいたのはモニカだった。
「スズさん、ローズ、おはようございます」
「モニカ、おはよう」
「おはようございます、モニカ」
モニカと夜ご飯を一緒に食べることはいつものことだけれど、朝ごはんを一緒というのは珍しかった。
「ローズ、私、今日は三階にいるからね」
「え?」
「話は聞いたわ。私も今回の協力者に立候補したから……ローズも知ってる顔の方が少しは怖くないでしょう」
「……モニカ、あなた、私が魔術師の皆さんを怖がっていると気づいていたの?」
「怖がられるのは普通だから」
「ごめんなさい、でもわたくし」
「いいの、いいの、慣れてるから、気にしないで」
モニカとローズ様は年齢も近く、ここ数日で本当に仲が良くなった。それでも魔術師が恐れられているのが当たり前のこの世界で、すぐに恐怖心をなくすのは難しいのかもしれない。




