一五
頭をガシガシと掻きながら扉から入ってきたのは、ビリーさんだった。
「最初からわざと俺に話を聞かせたのですね」
「はて? なんのことやら」
そう言った公爵様は悪い顔で笑っている。
「盗み聞きした俺が言うのもなんですが、偽物だとか、入れ代わるとかいう話は大きな声でする話ではないですよ」
「ビリーさん、嘘、ごめんぞ。私、公爵令嬢、違うぞ」
嘘をついたことを謝る私を、妙な物でもみるような顔で見るビリーさん。どうかしたのだろうかと不思議に思っていると、ビリーさんは笑い出した。
「ウハハハハ。最初から公爵令嬢と信じてなかったぞ」
そう言って笑うビリーさんに、公爵様が大きく頷いていた。
「そうだろう、そうだろう。スズが大人しくできるわけないと思っていたからな」
公爵様がなぜか得意気にそんなことを言うから、私は思わず言い返す。
「私、大人しい、頑張る、したぞ。元気、あるすぎる、ダメ、気をつける、したぞ」
「あれでか?」
ニヤニヤ笑いながらビリーさんがそう言うので、私は自分の行いを振り返る。
最近は確かに元気いっぱい働いてしまったけれど、最初の頃は大人しく頑張っていたのだ。
「うっ、最初、とても、気をつける、したぞ」
「初日は挙動不審。二日目からは、ほうきやちりとりを持って駆けまわっていたのにか?」
「そ、それは、仕方ないぞ。部屋、汚い、よろしい、ない」
「それで、ローズではなくて、スズはなぜここに?」
そう聞いたビリーさんに、公爵様が事のあらましを説明してくれる。
カイリー殿下が浮気したという話をしている時の公爵様は、まるで修羅のようで思わず視線を逸らしてしまったけれど、そもそもの原因は浮気したことから始まっているのである。説明を聞いている間、ビリーさんは黙ったままだったけれど、納得してくれたようだ。
「それで、公爵家の令嬢の身代わりがスズってわけですか?」
「魔塔は禁断の領域だからね」
魔塔が禁断の領域とはどんな意味なんだろうかと、首を傾げた私にビリーさんは言った。
「普通の奴は、魔術師を恐れる。わざわざ恐ろしいと思う相手がうじゃうじゃいるところに誰も好き好んで来ないから、ここは禁断の領域と呼ばれている」
なるほどと思ったけれど、私には一つ疑問がある。
「公爵様、魔術師、怖い、ないか?」
公爵様は、今現在ここにいて、ビリーさんを見ても怖がっているようには見えないのだ。
「……祖母が魔術師だった影響か魔術師が恐ろしいとは思わないよ。変人ばかりだとは思うけどね」
そう言って笑う公爵様にビリーさんは驚いたように目を丸くしていた。
「変人とは言ってくれますね」
「事実であろう」
「まあそうですが」
「ビリーさん、変人か?」
「なんだと? 俺は魔塔で一番まともだ。魔術師はコミュ障だらけで、外とのやり取りは俺が受け持ってるんだぞ」
どうやら魔術師の皆さん、普通の人からは恐れられたりして、どうも他人とコミュニケーションをとるのが苦手な人が多いようだ。魔塔の中では社交的なビリーさんは、いつの間にか魔塔と外とのやり取りを押し付けれているらしい。
「身代わりでもなんでもローズと言う黒髪の公爵令嬢が魔塔で働いていたという事実があればそれでよしと思ったんだがね。まさかカイリー殿下が直接確認に、なんてことになるとは思わなかった」
「……確かに普通に考えたらわざわざ魔塔まで誰かが確認にくるとは考えられませんからね」
「とりあえず今の問題はカイリー殿下が来た時に本物のローズ様がここにいないといけないということだ」
私が公爵令嬢には見えないと自分でも思うけれども、私とローズ様は遠目で見たら区別はつかないのだ。でも、ローズ様と面識のあるカイリー殿下に身代わりは通用しない。
「スズとローズが入れ代わる際には、協力者が欲しいと思っていたのだよ」
そう言った公爵様がビリーさんに視線を向けると、ビリーさんはフッと私を見ていた。
「ビリーさん、困るか?」
多分、ビリーさんの立場とか、いろいろあると思うから、急にこんなお願いされてもきっと困るだけだ。もしかしたら断りにくいではないかということに気づいた私は慌てて声を出す。
「ビリーさん、困る、する、断る、よいぞ」
「別に困りはしない」
「バレる、する、大変。ビリーさん、何も、知る、ない、過ごす、よろしい」
「バレなけりゃいい話だ」
「ビリーさん、共犯者、なる、するか?」
「ここまで話を聞いて断れないだろ。だが、協力者が俺一人ではダメだ」
確かに協力者は多いに越したことはないとは思うけれど、バレた時が心配である。
「他に誰かいるかい?」
「よそ者は受け付けないはずの魔術師達が、スズには妙に懐いてましてね」
「ほう、そうか、スズは魔術師さえも虜にしてるのか」
なんて二人が話しながら私を見るから、私はブンブンと両手を振る。
「私、虜する、ないぞ」
「……公爵家でも妙にみんなスズを可愛がっていたからな。実は今日もスズを心配する我が家の使用人たちが自分も行くと言い出してね」
公爵家のみんなの顔を思い浮かべて、私は思わず顔がにやけてしまうではないか。
「魔塔でも、療養の期間が終わってもみんなスズと一緒に居たいと部屋に帰らない奴ばかりで」
「うむ、それだけスズに対して好意的ならば、協力者は増やせそうだね」
それからビリーさんと公爵様が二人で、まるで我が子を自慢するように私のことを褒めるから私は恥ずかしいやら嬉しいやらで、お茶を淹れに行くと言い部屋から逃げ出したのだった。
一階は食堂があるから、厨房にお茶を貰いに行く。
「よう、嬢ちゃん」
「カールさん、お茶、貰う、したい」
料理長のカールさんとは、最初介護食についての意見交換をしていたのだけれど、新作メニューを試食をさせてくれたりして、なんだかんだと仲良くなった。
「そうだ、療養者の食事の試作品ができた、ほれ」
そう言って食べさせてくれた食事は、滑らかな口当たりで、とても飲み込みやすいものだった。
「カールさん、うまい、すぎるぞ」
グッと親指を立ててそう言った私に対し、カールさんは顎髭を撫でながらまんざらでもない顔をしていた。そんなこんなで、料理の工程やら、こだわりのポイントなんかを聞いてたらあっという間に時間が過ぎていた。
「あ、私、お茶、貰う、する」
「ああ、そうだったな、引き留めちまって悪いな」
急ぎ足で部屋に戻れば、ビリーさんと公爵様はまだ話し込んでいた。
この二人、味方ならば心強いのだけれど、二人が話している姿は、悪だくみをしているようにしか見えないから不思議である。
「うむ、話はまとまった。私は急ぎローズを連れて来よう」
公爵様はそう言って、早々と扉から出て行った。
私も退出をと思ったけれど、ビリーさんに引き留められた。
「いいか、今から言うことをよく聞けよ」
「うん」
「まずは、今回スズとローズ嬢が入れ代わるのではなく、スズは同僚という設定だ」
「同僚?」
「そうだ。フリだとしてもローズ嬢だけでは仕事をしているように見せるのは難しいだろうからな」
「うん、私ローズ様、一緒、仕事、するぞ」
「スズにはローズ嬢のフォローをしてほしい」
「私、まかせろ」
ドンと胸を叩く私を、微妙な顔で見るビリーさん。
「カイリー殿下が来たとき大人しくできるか?」
「うん、大人しい、できるぞ」
「……本当にか?」
「喋る、ない、まかせろ」
明らかに信頼していない表情のビリーさん、私のことを疑っているようだけれど、私だって大人しくしようと思えばできるのだ。
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