一四
大人の女性としてあるまじき言葉を連呼した私。
そのおかげでピンチを乗り切れるだろうと思っていたのに、相手はしつこかった。
「ちょっと待ってくれ。何日も待ってやっと出てきたのが君なんだ」
ギュッと握られた腕の力強さから相手の必死さが伝わってくる。
しかし身代わりの身で、こんな質問になんて答えて何ていられない。
「少しでいいんだ。ローズさんの様子を教えてくれよ」
「……なぜ、聞く、するのだ?」
「なぜって、まあ、関係なさそうな君になら言ってもいいだろうが、一応ここだけの話にしてくれよ」
「うん」
「実はカイリー殿下から直々に調べてくるように言われてるんだよ」
「カイリー殿下?」
「そうそう、カイリー殿下は第二王子だ。ここで働いているらしいローズさんの様子が知りたいんだと」
カイリー殿下。
ローズ様の元婚約者だ。
声だけしか聞いていないけれど、優しいローズ様が毒を盛ったと言った、あの浮気男である。
「フン、私、知る、ないぞ」
「は? いや、本当に、些細なことでもいいから」
そうやって、ギャーギャーと騒いでいたからだろうか。
私が出てきた扉が開いた。
「おい、何やってんだ?」
そう言ったのはビリーさんだ。
パッと私の手を離した騎士の男の人は、ビリーさんを見て一歩下がった。
筋肉ムキムキマッチョマンのビリーさんは迫力満点である。
「魔塔に何の用だ?」
「ヒッ、こ、こっちに来るな」
騎士の人は私なんかもう視界に入っていないようで、一目散に逃げていく。
その背中が見えなくなって、私はビリーさんに大きく頭を下げた。
「ビリーさん、ありがと、ござまーす」
お礼を言った後、ビリーさんを見れば、なんだか妙な顔で私を見ている。
「私、助かる、したぞ」
「ローズが知らない男に絡まれているのが見えたらしくてな、あそこから覗いてるコックが慌てて報告に来たんだ」
扉の隙間から覗いているコックさんに向けて私は大きな声を出した。
「ありがと、ござまーす」
「いやいやいや、俺はただ報告しただけで、男を追い払ってくれたのはビリー様だし、本当に何もしていないから、お礼何て、そんな、うん、とにかく、無事でよかった」
物凄く早口でそう言った男の人は、言いたいことを言い終えたらしく、パタンと扉を閉じてしまった。
「あれは王国騎士団の奴だぞ、何でローズに絡んでたんだ?」
「……話す、長いなる、知る、よろしい、ないこと、たくさん」
「話せば長くなる上に、知ってもいいことはないってか?」
「うん、そうだぞ」
「あのな、いつも、それで誤魔化すな」
「ビリーさん、何も、知るないぞ」
最後の一言だけは真剣にそう言った私に、ビリーさんは仕方がないと言わんばかりにため息をついた。
その日から外に出るのをやめた私。
と言っても、もともと毎日外に出ていたわけではなく、用事がある時だけ外に出ていただけなので、特に何も困ることはなかった。
毎日、掃除や介護で忙しく過ごしていると、日々はあっという間に過ぎていく。
魔塔の三階にくる人は、大抵は魔力切れでダウンした人が多く、みんなたくさん寝てたくさん食べるから、私はその人たちが過ごしやすいように手伝いをする。馴れ合いを嫌う人もいたりするけれど、それでも私はそんな日々が嫌いじゃなかった。
誰かに必要とされることは嬉しかったし、日本で学んだことを活かすことができるのも嬉しかった。
モニカは妹みたいで、私に懐いてくれて、一緒にご飯を食べながらお喋りするのが楽しみになっていた。
だから、公爵様が魔塔にやってきたという話を聞いた時、嬉しいという思いよりも戸惑いが大きかったのだ。
「トンプソン公爵が、一階の応接室で待たれている。挨拶だけしたら俺は退出するぞ」
「うん、ありがと」
トントンとノックをして、中を見れば、本当に公爵様がいた。
ロマンスグレーの品のいい紳士、久しぶりに見たけれど元気そうだ。
「急な訪問すまない」
「いえ、よくぞお越しくださいました」
「ローズが世話になっている。迷惑をかけていないかい?」
「とんでもない。とても働き者で、助かっています」
「今日はローズの様子が気になってね」
「ええ、私は退出しますので、ごゆっくりとお過ごし下さい」
「ああ、悪いね」
ビリーさん、とても愛想がよくて驚いた。外向きの顔をしているビリーさんを見るのは新鮮だった。
「それでは、失礼いたします」
ビリーさんは、退出する時に、心配そうに私を見ていたから、私は大丈夫だよという意味を込めて頷いておいた。
パタンと扉が閉まって、公爵様と二人きり。
公爵様は声を潜めて私に話しかける。
「スズ、変わりないか?」
「うん、元気だぞ」
「ここでの生活はどうだ?」
「みんな、優しい、仕事、楽しい。ローズ様、元気か?」
「ああ、元気だ。まだローズの無実を証明できず、悪い」
今のところ、ローズ様が毒を盛るところを見たと言う侍女の目撃証言のみで、物的証拠があるわけでない。けれど、やっていないという証拠を示すことも難しいそうで、なかなかうまくいかないらしい。
「それで、今回私がここに急に来たのは、実はカイリー殿下がここに来るという情報を手に入れたからなんだ」
「あ、えーと、騎士、ここ、来たぞ。青い服、王国騎士団、男」
「王国騎士団の騎士がここに?」
「うん、カイリー殿下、ローズ様、様子、知る、したい」
「やはりか」
「ん?」
「ここ最近屋敷の周りをウロウロする輩が増えたんだ。ローズが屋敷にいると思ってるのか、探りに来ているんだ」
「ローズ様、元気か?」
「ああ、あれからしばらくは寝込んでいたが、今は元気になり、スズが身代わりになったと言ったら、自分が行くと言い出して止めるのが大変だ」
私が最後に見たローズ様は、高熱でぐったりしていた姿だったから、元気になったと聞いて安心した。
「それでだ、カイリー殿下が来る日には、本物のローズが魔塔にいなければならない」
カイリー殿下はローズ様の顔を知っているから、私では誤魔化せない。
「どうする? 困る、するぞ」
「殿下の来る日までにローズとスズが入れ替わるしかない」
「入れ替わる、いつだ?」
「できれば早い方がいい。しかし」
そう言って、私を上から下までじっくりと見た公爵様。
「スズ、ここではどういう風に過ごしている?」
「七時、働く、始める。仕事、介護、食事運ぶ。部屋、掃除。夜、ご飯、みんな終わる、私、仕事、終わる時間」
指折り数えて、普段やっている仕事を言っていけば、公爵様は頭を抱えている。
「働きすぎだ。スズ、魔塔では大人しくするという約束は覚えてるか?」
「う……最初、覚える、したぞ」
最初の頃は一応、病弱なふりをしようと思ったりしたのだけれど、毎日仕事に追われていつの間に元気いっぱい働いていた。
「まあ、だが、想定内だ」
「想定内?」
「予想通りということだ。元気なスズがローズのように過ごすのは難しいだろうとわかっていた」
「そうか?」
「いつもよりは多少大人しく過ごしていればと思ったが、いつも通り元気だったようだな」
どうやら公爵様は最初から、私が大人しく過ごせるとは思っていなかったようだ。
「入れ替わるにしても、魔塔に味方が欲しい。スズ、味方になってくれそうな人はいるか?」
「みんな優しいぞ」
「……スズの状況を理解している者はいるか?」
「いないぞ。偽物、バレる、する、知る人、困る、するぞ」
私がローズ様の身代わりだと知ってしまったら、知った人は共犯ということになる。だから、私は身代わりだということは誰にも言っていない。
「気持ちはわかるが、協力者が必要だ。ということで、入ってきてくれるか?」
そう、公爵様が言えば、扉が開いた。




