一一
一度目を覚ましたレナードさん、まだ元気いっぱいとはいかないけれど、少しずつ食事がとれるようになってきた。
「ナッシュはどうだ?」
「元気、する、してるぞ」
「そうか」
安心したと目を細めて笑う顔はやはり男前である。
「レナードさん、若いしたら、私、結婚、申し込む、したぞ」
「この間も言ったが、俺はじいさんじゃないぞ」
「ん?」
そういえばレナードさんこの間もそんなことを言っていたことを思い出す。
「……魔術師の見た目の年齢は当てにならないと知ってるか?」
そんなこと初耳である。
「知る、ないぞ」
「魔力の使い過ぎで肉体にまで影響が出る場合があるんだ」
なるほどとうなずく私に、レナードさんは魔術師のことを教えてくれた。
魔力には属性があり、髪の色で見分けられるということ。
「えーと、モニカ、青、水」
「そうだ。あとは、赤髪は、火」
「カールさん、赤。ナッシュ、緑髪。緑、属性?」
「緑は、地の属性だ」
青、赤、緑は割と覚えやすい。
「レナードさん、白。属性、光」
「違う……本当は金色だ」
「ん? 白、見えるぞ」
「白じゃないんだが、魔力を使いすぎて色が抜けたままなんだ」
「それ、大変?」
「まあな」
それからレナードさんは他にもいろんなことを教えてくれた。
この塔には魔術師がたくさん暮らしているということ。魔力を使うととても疲れるということ。使いすぎると肉体が老化することがあるということ。
「うむ、覚える、たくさん、難しいぞ」
「……君はどこの出身なんだ?」
「に」
日本と言いそうになった自分の口を慌てて抑える私を怪訝な顔で見るレナードさん。
「……お、お手洗い、行く、するぞ」
「……ああ、そろそろ行きたいと思っていたところだ。頼めるか?」
お手洗いまで歩くレナードさんを支えて歩く途中、レナードさんは私が答えたくないとわかったのかそれ以上追及してこなかった。
「安心しろ。人には言いたくないこともあるからな、無理には聞かない」
「うん、助かるぞ」
「フフ、素直だな。名前は聞いてもいいか?」
どうやら私はレナードさんに名前も名乗ってなかったらしい。
「私、名前、ローズ」
「……ローズ?」
自分の名前じゃない名前を名乗ることに、少しの罪悪感を感じてしまうのは仕方ないのかもしれないけれど、一瞬返事が遅れてしまった。
「……うん、ローズだぞ」
「まさかな」
「ん?」
「いや、何でもない、人違いだろう」
そんな話をしていたレナードさんはお手洗いまで付き添った帰り、フッと眠るビリーさんの前で立ち止まった。
そしてポツリと呟いた。
「ビリーに俺はもう大丈夫だと伝えてくれ」
「ん?」
「心配無用だ。魔力の譲渡もするなと」
「え?」
清々しい表情でフッと笑ったレナードさん。
「ローズ、目覚めるまでいろいろ頼んだ」
何をと聞く暇もなく、レナードさんは何かを呟いて、ビリーさんに右手をかざす。
その瞬間、ホワンと一瞬、周りの空気が揺れた気がした。
そして、私の肩にもたれかかったレナードさん。
「え? ちょ、な、な、何だ」
私は慌てて踏ん張ってみたけれど、そのまま体の力が抜けたレナードさんの体重がかかり、支えきれず膝をついた。レナードさんを背負うような形になった私は、突然の出来事にどうすることもできない。
「お、重いぞ」
背の大きいレナードさんは重いのだ。
「レナードさん?」
返事がない。
「大丈夫か?」
背中のレナードさんにそう問いかけたのに、返事をしたのは別の人物だった。
「あああー、よく寝た。今、何時だ?」
そう言ったのはこの部屋にいるもう一人の人物だ。
「ビリーさん、起きる、したか?」
「ん?」
ビリーさんから見れば、後ろにいる私たちは視界に入っていないようなので、私は大きな声を出す。
「ここ、ここ、ここ、いるぞ」
「なんだ? レナード殿下?」
ん?
殿下という単語は聞き覚えがある。
確か、カイリー殿下の敬称と同じだ。
王様の子供を呼ぶときに使うはずだから、レナードさんは王子様ということになる。
私はこの時、レナードさんが王族かもしれない可能性に気づいた。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
今は突然動かなくなったレナードさんが心配なのだ。
大きなレナードさんの下にいる私はビリーさんには見えていないようなので、存在をアピールする。
「ビリーさん、私、ここだぞ」
「ここって……」
そう言ってビリーさんはレナードさんの下にいる私を覗き込んだ。
目が合った瞬間、私は言った。
「助ける、する、お願いぞ」
「こりゃ一体どうなってんだ?」
いい加減重いのだけれど、レナードさんを投げ飛ばすわけにもいかない。
「重いぞ」
「ちょっと待ってろ」
さすが、筋肉モリモリマッチョマン。
ヒョイとレナードさんを持ち上げた
「これは、一体何がどうなってこうなったんだ? 俺の魔力が戻ってるってことは、レナード殿下は俺に魔力を譲渡したのか?」
「わかる、ないぞ、レナードさん、大丈夫か?」
「ああ、眠っているだけのようだ」
レナードさんをベッドに寝かしてから、私とビリーさんは向かい合った。
「うむ、話す、長い、なる、難しい、わかる、できないかもぞ。よいか?」
「……話すと長くなりわかりにくいかもしれないがいいか? ってことでいいのか?」
「大きい、正解だぞ」
ということで私は、ドアの前にビリーさんが倒れていた日の出来事から順を追って説明することにしようと口を開いた。
「私、掃除、部屋、扉、コンコン。シーン、ドア、開ける、ゴン、なんだ? 見るする。ビリーさん、寝る、してたぞ」
「……まあ、わかりやすいっちゃわかりやすいんだが」
「ん?」
「あんた本当に公爵家の令嬢だよな? なんで言葉がそんなに片言なんだ?」
うん、そうだった。私は公爵令嬢であるローズ様の身代わりなのである。
多分その事実を魔塔で知っている人はビリーさんだけだから、言葉がこんなに話せないなんておかしいとすぐに気づいたのだろう。
お手洗いと言って誤魔化すのにも限界があるし、ビリーさんには本当はある程度の事情を伝えるべきなんだろうけど、身代わりだなんてきっと知らない方がいいだろう。
「深い、深い、理由、ある、するが、今は、言う、難しいぞ」
「何か事情があるってことか?」
「うん。ビリーさん、何も知るないぞ」
「何も知らないふりをしろってか?」
「うん」
そう言った私をじっと見つめたビリーさん。
「まあ、害はなさそうだからいいが」
「うん、私、害ないぞ、よい人だ」
「おい、自分で言うな」
それから、私はここ最近のことを振り返りながら、ビリーさんへと報告することになったのだった。




