一〇
あの日、すごく疲れた様子のレナードさんはベッドに倒れ込むとそのまま眠ってしまった。
今までは私が部屋を訪ねると起きていることが多かったけれど、あの日から三日経った今も起きているレナードさんに会うことはない。
ビリーさんもいつも寝ているし、こんなに眠って二人とも大丈夫なのだろうかと心配になる。
「魔法を使うと、凄く疲れるんです。全速力で走った後みたいな感じで心臓がバクバクします。眠くて眠くてたまらなくなってしまうので、魔術師は本当にたくさん寝るんです」
「ずっと寝る、体、大丈夫か?」
「うーん、水さえ近くにあれば勝手に飲みますから大丈夫ですよ。だからそんなに心配しなくていいと思いますよ」
そう、私に説明してくれたのはモニカだ。
モニカの長い青い髪を櫛で梳いて、私はモニカの髪を編み込んでいく。
「うむ、よい、出来だぞ」
「え? な、なんですか? この髪型」
モニカの前髪を結ったら大きなパッチリ二重が目立って可愛さ倍増である。
「私の前髪が」
「モニカ、おでこ、可愛いぞ」
ペチッとおでこを軽く叩いてそう言った私に、モニカは大きな瞳をさらに大きくして驚いているようだ。
「……ローズさんは」
「ん?」
「紅い瞳を見て何とも思わないのですか?」
そういえばレナードさんにも同じようなことを聞かれたことを思い出す。
「りんご、いちご、美味しい、色、よいぞ」
瞳をパチクリさせたモニカは、ポカンと口を開けていた。
「モニカ、間抜け、顔、してるぞ」
「はい?」
「モニカ、紅い瞳、美味しそうぞ」
「……怖いどころか、美味しそうだなんて初めて言われました」
そう言ってはにかむように笑ったモニカは、それはもう可愛かった。
「うむ、モニカ、笑う、可愛いぞ」
「ふふふ、ローズさんっておかしいですね」
「ん? 私、変か?」
「はい、とっても」
まあ異世界人だから変で当たり前なんだけど、ローズ様の身代わりとしては変人なのはあまりよろしくない気がする。
「変、治る、するか?」
「え? ローズさんは今のままがいいです」
「そうか?」
「はい。絶対、絶対、ローズさんは今のままでいて下さい」
妙に力の入ったモニカはそう言って、私の腕にしがみついている。
モニカの部屋でまったりと過ごしていた私だけれど、そろそろ行かねばならない。
「行く、するぞ」
「もうですか?」
「ご飯、時間だ」
療養者の人数が多くて、仕事が大変なのである。
食事を届けるにも階段で移動するから運ぶだけで大変だし、療養者は減ることなく増えていくから掃除も大変なのである。私がここに来てから三階の療養者は増えることはあっても減ることはない。
だから、今日も今日とて大忙しなのだ。
「みんな、居心地がよくなって帰らないだけだと思いますけどね」
「ん? なんだ?」
ポツリと呟いたモニカの言葉がよく聞こえず問いかける私にモニカはブンブンと首を振る。
「いえ、何でもないです」
「また、来る、するぞ」
「はい、待ってますね」
モニカに別れを告げて私は仕事に精をだす。
各部屋を走り回り、一人一人の様子を見ていく。
ずっと寝ている人は床ずれにならないように体の向きを変えたり、水差しの水を補充したり、洗濯物を運んだり、できるだけ急いでテキパキと動く私。
「ローズちゃん、ちょっといいかい?」
「よいぞ」
「カーテンを閉めてくれるかい?」
「まかせろ」
夕方になり夕日が眩しかったらしいおじさんの部屋のカーテンを閉める。
「ありがとう」
「気にする、ないぞ」
グッと親指を立てた私を、ニコニコと見つめるおじさんに手を振る。
「また、くる、するぞ」
次の部屋にいるのはグラマラスな赤髪の美女だ。
魔力の使い過ぎで眠っていた美女は寝すぎで腰痛に悩まされているようで、私が一度腰を揉んであげたところマッサージを気に入り、会うたびにリクエストしてくる。
「待ってたわよ、ローズちゃん」
「揉む、するか?」
「あら、いつも悪いわね」
「まかせろ」
グイっと腰を押せば、本当に気持ちよさそうな美女。
仕事が忙しく長い時間はマッサージできないから気持ち程度だけどいつも喜んでくれている。
「ありがとう」
「気にする、ないぞ。また、くる、するぞ」
こうやって話す人も増えてきたから、最初の頃よりも私も仕事が楽しくなってきた。
「失礼、するぞ」
相変わらずムスッとして私を出迎えるのは、反抗期真っ只中のナッシュ少年だ。
「勝手に入ってくるな」
「うむ、元気、よいぞ」
憎まれ口を叩く余裕があるということは、それだけ元気がある証拠なのだ。
「お腹、傷、大丈夫か?」
「話しかけるな、ブス」
「ブ、ブス?」
「ブース、ブース、こっちくるな」
これだけ元気があれば安心だけど、ちょっと仕返しをしようと思う。
「ナッシュ、ごはん、緑、野菜、大盛り」
「な? なんだって」
ナッシュが野菜嫌いなことを私は知っている。
だっていつもお皿に野菜が残っているのだから。
「お肉、なーい、野菜、たくさん」
「おい、ブス、そんなことしやがったら」
「ブス、違うぞ、ローズ、名前、ローズ」
「なんで、俺がお前の名前なんか呼ばないといけないんだ」
「……ふーん、名前、ブス、野菜、大盛り」
ブスって言うなら、ご飯は野菜大盛定食にしてやるぞと脅す私をチラチラと伺うナッシュ。
ちょっとは反省したようならいいかと、背を向ければ聞こえてくる小さな声。
「……ーズ」
「ん?」
振り返ればキッと私を睨みつけるナッシュ。
「ローズ!!!」
「フフフ」
笑った私が気に食わないのか、拗ねるナッシュ。
「これでいいだろ、ブース」
最後は可愛くなかったけれど、なかなか可愛らしいナッシュ少年。
もちろんその日の夕食はいつもよりもたくさんお肉盛ってきてあげた。
それからしばらくはレナードさんが心配になり、レナードさんの部屋にちょこちょこと顔を出しているけれど、相変わらず寝ている姿ばかりを見る。ビリーさんもレナードさんもただ寝ているだけだけど、触っても体を拭いても起きない。
そんな日々を過ごしていたけれど、やっと起きているレナードさんと会うことができた。
「レナードさん、起きる、したか」
「……ああ」
掠れた声のレナードさんに私は水差しを口元まで持っていく。
「水、飲め」
少しずつだけれど、水を飲んだレナードさんはまだ寝ぼけているようでぼーっとしている。
「ご飯、食べるか?」
「……夢か?」
「ん?」
「いや、変なのがウロウロしてる夢を見ているのかと思ったが」
「夢、違うぞ」
「ああ、どうやら、現実らしいな」
レナードさんは弱弱しく笑うと、そのまま目を閉じてしまう。
「たくさん寝て、たくさん食べて、元気なる、しろ」
そう言った私の言葉に小さく笑って頷いた後、穏やかな寝息を立てるレナードさん。
起きて話す姿を見て私はやっと安心することができたのだった。
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