第3話「魔法の世界で、解き放つ」
「みんな、紅茶を味わいながら、気楽に聴いてちょうだいね☆」
女神、ラフィーユ様は、茶目っ気たっぷりに笑って、侍女さん達に目で合図をした。
「エデン、わたし、うまく説明できないかもしれないから、サポートよろしくね!」
「はい、承知しております、ラフィーユ様。」
エデンは、恭しくお辞儀をして応じた。この世界のわたしは、ホント、上品だな。
「あ、あの、リンゴ様、よろしければ、こちらにお掛けくださいませ。」
絵本から抜け出してきたような、最高に可愛らしいお姫様が、頬を赤くしながら、ソファへの着席を勧めてくれてキュンとした。・・・このお姫様、どこかで見たことがある気がするんだよなぁ・・・、わたしにこんなに可愛らしい友達は居なかったと思うけど・・・、そんなことを考えていると、お姫様のオロオロした表情と目が合った。
「リンゴ様、こちらの紅茶は、わたくしが研究して育てた茶葉を使用しておりまして、最高傑作が創れたと自負しております!庭師の方々も、たくさん協力してくださって、精霊様や女神様のお恵みもたっぷり浴びて・・・、わたくし、リンゴ様に、ぜひ、飲んで味わって頂きたく・・・!!」
なんて健気な姿なんだろう!!胸打たれ過ぎて、ひっくり返りそうだった。というか、なぜ、わたしは、このお姫様にこんなにも好かれているのだろう??
「リア様、今回、やっと理想通りのサクラ色になったと仰ってましたよね!・・・本当に美しい、淡い色・・・、リア様の瞳の色ですね!」
エデンが近づいてきて、紅茶を覗き込んだ。
「エデン様!!エデン様もぜひ!たくさん相談に乗って頂き、励まして頂いて、・・・あの、リンゴ様!エデン様は、強くて優しくて素晴らしいお方なのです。博識で武術に長けていらっしゃって、わたくし、心から尊敬し、お慕いしております・・・!」
おお・・・なるほど、このお姫様は、エデンのことを崇拝しているらしい。この世界のわたし、とんでもなくスキルが高いのかしら。エデンのことが大好きで憧れているから、わたしに対する期待も高いのだろう。困ったなぁ、わたし、大丈夫だろうか、ガッカリさせたくないな。目の前のお姫様のキラキラした瞳が、眩し過ぎて直視できない。
促されるままにソファに腰掛け、紅茶を飲んでみると、運ばれてきた時に感じた、春を思わせる香りがふわっと広がり、温かい陽気に包まれた感じがして心地良く、うっとり目を閉じた。こんなに美味しくて、やさしくて、心がほどけるような紅茶、飲んだことがない。
「プルメリア様、わたし、こんなに美味しい紅茶、初めて頂きました。―――きっと、たくさん研究して、工夫されたのですね。味と香りに彩があって奥深くて。きっと、プルメリア様の思いが、この紅茶の魅力を開花させているのだと思います。春の陽射しとーーー、森の中で、妖精達が踊っているような、華やかで可愛らしいイメージが浮かびます・・・」
感じたままに、浮かんだ感想を伝えると、お姫様は目を大きく見開いて、また頬を赤くした。わたしより、リンゴみたいな女の子だ。
「ありがとうございます!!・・・リンゴ様は、精霊様の力がお分かりになるのでしょうか??仰る通りで、今回の紅茶の茶葉栽培には、精霊様と何度もお話をさせて頂きました。」
「え・・・精霊様??」
「プルメリア、リンゴの生きる世界では、精霊信仰はないから、リンゴには見えていないわ。まぁでも、この世界でなら、見えるでしょうけれど。リンゴは、魔法の無い世界で、魔法使いとして生きている人間なのよ☆」
「そうでしたか!!精霊が見えず・・・魔法の無い世界・・・想像がつきません・・・」
「みんなに紅茶が行き渡ったみたいだし、説明するわね。先ず、こちらのリンゴ・エデンは、あなた達が暮らすこの世界とは異なる次元の世界:パラレルワールドから、渡って来たの。」
その言葉に、部屋に控えている侍女さんと騎士さん達が息を呑んだ。とんでもない話が始まったのだから無理もない。エデン含め、王族のお二人は既に解っているようで、緊張した面持ちで頷いている。
「世界は、何層にも重なっていて、並行して、幾つもの物語が進んでいるの。そして、それぞれの世界に、あなた達が存在しているわ。関係性や性別、職業等は違うけれど、同じ部分も有って、人生物語の進み方は、多少、連動しているの。例えば、この世界で死んだ場合、別の世界でも死んでいることが多いわ。この世界で恋している相手に、別の世界でも恋している、なんてことも起こる。」
「ということは、リンゴ様の世界にも、わたくしが生きている、ということですか?!」
プルメリアは、興奮して立ち上がった。
「そうね。リンゴ、あなたは既に逢っている、知っていると思うけど・・・?」
ラフィーユ様が、こちらを見た。
「え・・・、確かに、見覚えがあるなぁとは思いましたけど・・・、うーん??」
思い出せそうで、思い出せないでいると
「つまり、リンゴ嬢の世界でもーーー、ウェンディはもう存在していないんだな・・・」
国王様が、俯いたまま、悔しさを滲ませた声でこぼした。それを聴いたプルメリアも、ハッとして俯き、膝の上でぎゅっとドレスを掴んだ。
「ウェンディ様は、この国の王妃様でスカイ様の奥方様、リア様のお母様よ。」
エデンが、こっそり、わたしに教えてくれた。
わたし自身も、母を亡くしているので、王様や王女様の心情は痛いほど解かる。そうか、パラレルワールド、異世界で生きている人間は、生死のタイミングがリンクしているんだな・・・そこまで考えた時に、ふと、逢いたい人の顔が浮かんだ。
―――飛鳥くん。わたしの世界で、飛鳥くんは、眠ったままとは言え、生きているから、この世界でも生きているはずだ。そう思ったら、逢いたくてたまらなくなる。
「リンゴ、少し待ってね。あなたに逢いたい人が居るのは分かるわ。でも、それは、後で話すから。」
ラフィーユ様には、お見通しのようだった。飛鳥くん、この世界では、どんな姿なんだろう??・・・誰かと・・・、恋、してたり、結婚してたり、するのかな??そんなことを想像したら、胸がきゅっと苦しくなった。
「リンゴ?大丈夫?」
エデンが心配そうな顔をして、わたしの背中に手を当て、撫でてくれる。
「うん、大丈夫、ちょっと・・・うん、逢いたい人のこと、考えてた。」
彼のことは気になるけれど、今は、この世界のこと、わたしが何故ここに居るのかについての話を聞かなくちゃ。
ラフィーユ様の方を向くと、慈しむような、やさしい目で微笑んでくれた。
「リンゴに、この世界のことを簡単に説明するわね。」
そう言って、ラフィーユ様が右手を上げると、キラキラと輝く粉のようなものが舞い、じっと見つめていると、とても可憐な、4人の妖精が姿を現した。
「わあ・・・!!ステキ・・・!!かわいい!!」
子どもの頃、居たらいいな、きっと居るはずと思っていた、妖精。でも、見えたことは無くて、でも、絵本の中には居る不思議でステキな存在を感じたくて、わたしは空想の物語を書いて来た。今は、目の前に!ずっと、逢ってみたい見てみたいと思っていた妖精たちが、気キラキラふわふわ、飛んでいる!!
ラフィーユ様の周りをくるくると飛んでいた4人の妖精たちは、こちらに向かって飛んで来た。
「あなた、とても美しい“マナ”を持っているのね!わたし、すごく好きだわ!」
「ちょと!今、それ、わたしが思っていたことよ!ねえ、わたしと遊びましょう?!」
「待てよ、おれの“プラーナ”との相性が良さそうだから、おれと遊ぼう!」
「何言ってるの?一番相性が良いのは、ボクだよ。ボクとなら大魔法が使えるよ。」
4人の妖精が、口々に喋り騒ぎながら、じゃれるようにわたしの周りを飛んでいる。
・・・どうしよう、とんでもなく可愛い!!
「こらこら、リンゴのことを好きなのは、わたしよ。」
なぜか、ラフィーユ様まで、言い争いに参加した。
「あの、ラフィーユ様、この子達は・・・??」
「あなたの世界では、魔法は認知されていないけれど、この世界では、当たり前に在って、暮らしに使われているものなの。」
ラフィーユ様がそう言うと、騒いでいた妖精たちは、それぞれ、エデン、プルメリア、スカイ、そして、お城に到着した時に出迎えてくれた騎士さんの所へと飛んで行った。
「魔法の使い方だけれど、精霊たちの持つ“プラーナ”という魔法エネルギーと、人間の持つ“マナ”という魔法エネルギーを交換、循環させて、魔法を発動させるの。精霊の属性は、火・地・風・水エネルギーで、人間は基本的に一人一属性。王族や貴族には、稀に2属性を持つ人間も居るわね。それは、彼らが特別な存在ということではなくて、多くの民の暮らしを導くために、知恵・力・工夫・信頼が必要だからなの。―――では、この部屋にいる、デモンストレーションに選ばれた4名、リンゴに魔法を見せてあげてくれる?」
では、と挙手をして、エデンが立ち上がった。
「わたしは、地属性よ。土、岩、大地を動かしたり、植物を育てたり、あとは、身体強化ね。筋肉の柔軟性や骨の強度を上げたり、臓器の働きを活性化させたりして、身体能力を強化出来るの。自然治癒力を高めて、傷や病気を治すことも出来るわ。」
何それ、戦士として超強いってことじゃないの??―――そう思っていると、エデンは、おもむろに剣を抜き、部屋に居た騎士さんに目で合図をすると、打ち合いを始めた。
キィン!ガシィン!という金属音が鳴り響き、エデンは、目で追えない速さの華麗な剣捌きを見せてくれた。まるで、舞っているみたいに美しくてムダが無い。相手は男性なのに、パワーの面でも負けていないようだ。・・・わたしは運動音痴な本の虫なので、身体能力の差がとんでもない。
エデンの傍では、地の精霊がキラキラと舞っている。
「はあ・・・!!ステキです・・・!!エデン様・・・!!」
王女、プルメリアは、エデンを熱い視線で見つめている。これは・・・尊敬している、というより、恋している感じだ。
少しの間、打ち合った後、エデンは剣を鞘に納め、騎士さんにお礼を言った。
「ありがとう、リンス。あなた、動きのキレが、かなり良くなってるね!」
「いえ、エデン様には、まだまだ及びません。」
そう言って頭を下げる、リンスと呼ばれている若き青年騎士、彼も、どこかで見たことがあるような・・・。しかも、最近、逢った気がするんだよね。
この世界でのリンスが、自分の世界での誰だったかな?と記憶を辿っていると、彼は、部屋の隅のテーブルに置いてあったランプを手に取り、わたしの方へ近づいて来た。
「俺―――、わたしは、火属性です。炎を使った戦闘が出来るのですが、部屋の中では危険なので・・・」
そう言うと、わたしの目の前のテーブルにランプを置き、彼が手をかざすと炎が灯り、炎は花の形になって、火の粉が花びらのようにヒラヒラと宙を舞った。
「わぁ・・・綺麗!!炎の・・・アネモネ?魔法でこんなことも出来るんですね!!」
リンスが火の魔法で作ってくれた花に感動していると、エデンとプルメリアが顔を見合わせて、ふふ、と意味深に笑った。
「まあ、リンス様、とっても情熱的ですわね。」
「ちょっと、リンス、口説くのが早いわよ?自己紹介も未だしてないのに!」
「えっ・・・?!いや、これは、安全に火の魔法をお見せする為に作っただけで・・・」
リンス青年が、しどろもどろしている。炎の花に何か特別な意味があるのかな??
「わたしは、風と火、2属性を持っている。」
そう言って、国王のスカイ様が立ち上がり、両手を広げると、風の精霊と火の精霊が舞い、部屋の中を温風の竜巻が駆け抜けた。
「2属性は、混ぜて扱うことも出来る。火と風は相性が良いから、火はより大きく、風はより強く、発生させることが可能だ。」
流石、国王様だ。魔法に詳しくはないが、彼の発生させた温風に触れることで、技術が洗練されていること、そして、精霊達の様子から、彼らとの信頼関係が強固であることが感じられた。飄々とした雰囲気だけれど、この人は、王として国民を導いている人なのだなと思った。
あとは、水属性、かな?そう思って、精霊の行方を見ると、プルメリアの肩に乗っていた。
「わたくしは、水属性なのですけれど・・・その、とても魔力が少なくて・・・」
そう言いながらも、プルメリアが両手を前に出すと、手の平から、水柱とシャボン玉のようなものが立ち昇り、精霊の光に反射してキラキラ輝いた。
「プルメリア王女のマナは、とっても綺麗だから好きー♪」
水の精霊は楽しそうに彼女の周りを飛んでいるが、当の本人は「ありがとうございます」と精霊にお礼を言いながらも、悲しそうな顔をしていた。
「ラフィーユ様、人間のマナには質や量の違いがあるのですか?」
精霊達の言葉と、プルメリアの様子から気になったことを聞いてみた。
「そうね。もともと保有している魔法のエネルギー量は、多い者もいれば、少ない者もいる。だけど、精霊達との信頼関係で、使える魔法の威力に差が出るの。人間の持っている魔法エネルギー=マナが少なくても、精霊達にもの凄く愛されていれば、多くのプラーナを与えられて、大魔法が使えることもあるわ。そして、マナの質にも個性があるから、精霊達の好みに合う性質を持っていると、より複雑でユニークな魔法を扱えるようになるわね。」
「なるほど・・・。」
魔法は、奥が深いらしい。あれ?そう言えば、わたしは、この世界で魔法が使えるんだろうか?
「ちなみに、リンゴ、あなたは全属性の魔法と、それ以外のものも扱えると思うわ。」
「「「「「―――全属性?!」」」」」
その場に居たほぼ全員が、驚きの声を上げた。
「全属性が扱えて、さらに、それ以外とは??」
国王スカイ様は前のめりになって、ラフィーユ様に尋ねた。
「ちょっと、スカイ、落ち着きなさいよ、何であなたが本人以上に興奮してるのよ。」
ラフィーユ様が、国王様を笑いながら宥めた。
「リンゴ、あなたの世界に魔法を使う概念は無いけれど、あなたは子どもの頃から、ずっと、その力を信じて、使ってきたのよ。―――「想像」と「言葉」という魔法をね。」
それを聴いた瞬間、自分の鼓動が「ドクン!」と大きく脈を打ち、目眩がして、その衝撃にクラクラするーーー、と思ったら、全身から虹色の光が噴き出し、辺り一帯を埋め尽くした。
それは、今までに感じたことのない感覚―――、自身の奥底に、長い間、押し込んで溜め込んでいたものを、一気に解き放ったような、自由、そのもの。
「ああ、やっと、自分らしく生きられる」―――そんな風に、思った。
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