第1話 「君の呼ぶ声が聴こえる」
「助けて」「助けて、リンゴ!」
夜空、深海、宇宙を思わせる、濃くて深い青の髪をなびかせて、女の子がわたしに助けを求めている。助けてあげたいと思うけれど、何をどうしていいのか分からない。何も答えられないまま、その声は遠ざかり、わたしは目を覚ます。
小説家デビューをしてから、頻繁に見るようになった夢だ。とても不思議な点は、わたしに助けを求める青い髪の女の子は、“わたし”であるということ。実際のわたしは、真っ赤な林檎色の髪で、確かに、一度、青色にも染めてみたいかもと考えたことはあるけれど、あれは本当にわたしなのだろうか?なぜ、わたしがわたしに助けを求めているのだろうか?
絵田琳瑚、小説家。
これが【今世】でのわたしの名前と、今の仕事・・・そこまで考えて「あれっ?」と思う。今「今世」って考えたよね?そんなふうに思ったのは初めてだ。わたしは小説家で、書いているのは、魔法も奇跡も起こし放題のファンタジーだから、異世界とかパラレルワールド(並行世界)の存在も描くし、在ると信じている。もしかして、あの青い髪のわたしは、前世のわたし、とか、別次元=パラレルワールドに存在するわたし、なのかな?異世界で生きているわたしが、わたしを呼んでる?・・・だとしても、どうやってそれに答えたらいいのか、分からない。
天井を見つめたまま、何度も見る夢のことを考えるのをやめて体を起こし、出掛ける支度を始める。今日は、大好きな人の特別な日だから、とびきりオシャレをしたい。買ったばかりのデザイナーズブランドの花柄スカートを選び、耳にはその大好きな人から誕生日にもらった白い花のイヤリングを着ける。彼がずっと欲しがっていた本の新刊のプレゼントを鞄に入れて、家の近所の行きつけのケーキ屋さんに立ち寄り、彼好みの甘過ぎないケーキを買って、準備万端。ウキウキするはずの誕生日なのに、どうしても俯いてしまうのは、彼がいる場所が病院で、彼は交通事故に遭って以来、半年以上、目を覚ましていないからだ。
病室で眠る彼のそばに座り、二人分のケーキとコーヒーを並べて、最近の出来事を一方的に話す。今、書いている小説が、全然進まなくて困っている、どうしよう、と泣きついた。彼は返事をしないけれど、いつもみたいに笑って聴いてくれているように感じた。いつもみたいに「大丈夫だよ」って「じゃあ、今度一緒に取材に行こうか」って言ってくれているような気がした。
彼、椿飛鳥は、出版社勤務の編集者で、わたしの小説の最初のファンだ。わたしがネットにアップしていた小説を読んで「すごくおもしろい!」「自分が読みたかった理想の物語だ」と熱烈な感想を送って来た。その勢いに驚きながらも嬉しくて、彼と一緒に原稿を練り直し、応募したコンテストで賞を獲ることが出来た。それ以降、彼はわたしの担当となり、わたしの作家人生を支えてくれている。わたしは、彼に恋していて、彼もとても優しくて、小説の仕事に関係なく二人でよく出掛けたりもするので・・・気持ちが通じ合っているといいなと思う。こんなことになるなら、好きだと自覚した時に、告白すればよかった。彼のことが好き過ぎて、今の関係が終わってしまうかもしれないことが恐くて、踏み出せなかった自分を恨む。
勝手に、彼との会話を想像しながらケーキを食べて、彼の好きなお店のコーヒーを飲んでいたら、涙がポロポロこぼれて溢れてきた。ずっと胸に抱えていた思いと一緒に。
「笑った顔が見たい」「話したい」「大丈夫だよ」って言って欲しい。
「好きだよ」って、目を見て、言いたい。
そう強く願った時、カーテンがなびいて、真っ赤な夕陽が差し込んだ。
「逢魔が時だな・・・」涙が流れるままの顔を上げ、窓に近づき、赤く染まる空を見つめた。
前にスランプに陥った時、飛鳥くんがドライブに誘ってくれて、二人で海に沈む太陽と真っ赤に染まる空を眺めて、彼は「林檎色だね」って、わたしは「なにそれ」って言って、笑ったなぁ・・・。
突如、びゅうッ!と強い風が吹き、イヤリングが外れ、窓の向こうへ落ちてしまった。
「えっ!!うそ!!やだ!!」
自分の持ち物で一番大切な、飛鳥くんから誕生日にもらったイヤリング、絶対に無くしたくないものなのに!!
窓から下を覗き込むと、夕焼けの空みたいに真っ赤に咲く椿の木が並んでいた。
あそこのどこかにあるはず!!ーーーそう思って、慌てて病室から飛び出し、椿の木の所へ向かった。「・・・ある、絶対、ここにあるはず!!」椿の木を上から下まで、目を凝らして探してみると、咲いた花の中央にちょこんと乗っていた。
「ああ・・・よかった・・・」手の平に乗せ、はぁ、と息を吐いて安堵していると、
目の前の椿の木が、強い光を放った。
「ーーーえ??」
光はどんどん強く大きく広がり、わたしを飲み込んだ。眩しくて何も見えない中で、声が聴こえた。
「助けて!」「逢いたい!」・・・「愛してる!」
いつもの、青い髪のわたしじゃない、男の人の声がした。
「えっ・・・この声、もしかして・・・」暫く聴けていない懐かしい声に心奪われていると
「助けて」「お願い!」「リンゴ!」「あなたの力が必要なの!」
今度は、何度も夢で見て聴いている、青い髪のわたしの声がした。わたしは、胸がいっぱいになって
「あなたは誰なの?」「なんでわたしを呼ぶの?」「わたしにあなたを助けられるの?」
「あなたに逢いたい!」「わたしのことも、助けて!!!!」
ずっと思っていたことを、思わず、声に出して言った。
ーーーすると、自分を取り込んでいた光は更に強さを増して、ピカッ!!とカメラのフラッシュみたいに光り、ぎゅっと目を瞑った。・・・あれ?ここは、どこだろう・・・?
自分の今居る場所が病院ではない気がして、ゆっくり目を開けると、目の前は椿の木だった。だけど、大きさや形が違う。自分の身長の3倍くらいの高さで、とても太い幹と枝がうねっている。異様な姿形に放心して眺めていると、ふわっ、と風が背中を撫でたので振り返ると、眼前には、エメラルドグリーンの屋根が美しい、ヨーロッパのような街並みが広がっていた。遠くに大きなお城も見える。これは・・・、まさか、ファンタジーの世界?わたし、異世界に飛んできちゃった?何が起きたのか分からず、立ち尽くしていると、わたしの居る場所に向かって、見慣れた人物が駆け寄って来た。
「まさか・・・」
「リンゴ?!・・・ねえ!!リンゴ、だよね!?」
何度も見た顔、聴いた声・・・、青い髪の・・・わたし!!!!
「リンゴ!!よかった!!やった!!やっと、やっと届いた!!わたしの声が!!」
満面の笑みで笑ったかと思うと、大粒の涙をボロボロこぼして、その場に泣き崩れてしまった。わたしは、彼女に近づき、思わず抱きしめた。だって、目の前で“自分が”泣いている。胸がきゅうと苦しくなる。
少しして、彼女は落ち着きを取り戻すと顔を上げ、にっこり笑った。
・・・わたしの顔で。
「ごめん、驚いたよね?」
「それは、うん・・・。だけど、ずっと、あなたの声は聴こえていたから。その、あなたは、わたし・・・なの??」
おかしなセリフだけど、思いつくままに問い掛けた。
よく見ると、自分と異なるのは、青い髪だけでなく、瞳の色はゴールドだった。
ゴールドの瞳をキラキラ輝かせて、彼女はわたしの顔を覗き込み、
「わぁ・・・、不思議だね。わたしと同じ顔!だけど、髪の色は赤で、瞳はブラウン。」
「ああ、この髪は赤に染めてるの。元々の色は、黒だよ。」
「へえ!そうなんだ!魔法で髪色を変えるの??」
「魔法?!・・・魔法みたいなものかな??えっと、薬??」
やはり、ここは魔法が存在するファンタジー異世界のようだ。訳が分からない状況なのに、自分の大好きな世界観に今居るんだと思うと、ワクワクしてしまった。
「はじめまして、わたしは、エデン・エターナル。エターナル公爵家の長女よ。」
名前が、カッコいい!!そして、公爵令嬢?!高貴!お嬢様!
まるで自分が変身したみたいに感じて、ちょっと嬉しくなる。わたしは「苗字」が「絵田」だけど、この目の前の公爵令嬢のわたしは、名前の方が「エデン」のようだ。
「はじめまして、わたしは、絵田琳瑚。あの、エデン・・・?この状況は一体??」
「あなたに逢えたら、女神様達から説明して頂けることになってるから、今から王宮に行こう!!」
「女神様・・・」
いや、まあ、うん。ファンタジーの世界なら居るだろう、女神。小説家という職業柄、常日頃、そういう世界に入り浸っているから飲み込みは早い。魔法とか女神とか妖精とか、そういうものが存在する世界が、本当に在ったらいいなと思うから、普段から妄想して、小説家を書いてるんだもの。
「王宮・・・」
遠くにそびえ立つ美しいお城に視線を向けた。何が起きているのか分からないけれど、今、考えても分からない。説明してくれる人がいるなら・・・女神様に会って聞けばいい。わたしはエデンに促されて馬車に乗り込み、王宮へと向かった。
馬車の窓から、街を眺めた。上品な建物が並び、大通りには市場があって、見た事のない花や果物、野菜、屋台料理などが見えて、自分の今置かれている状況も忘れて、はしゃいでしまう。
「うふふ、春の国、エバーグリーンの街、気に入った??後で、案内するからね!この国の名物は、苺、レッドベリー、サクラチェリー、見た目も可愛くて、甘くて美味しいの。あとは・・・」
まるで昔からの友人に会ったかのように、エデンは嬉しそうに笑って話してくれる。
でも、彼女は「助けて」って言ってわたしを呼んでいた。きっと、大変な状況に置かれているはずだ。わたしに何が出来るんだろうか・・・。小説は書けるけど、運動神経はダメダメだし・・・わたしも魔法とか使えたりするんだろうか?「ありがとう!楽しみだな!」と応えながら、これから起こることに思いを馳せた。
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