道先3
花之屋 結城の微笑み
「どうしてこんな事も出来ないの」
ベットに転がり天井を見上げながら昼間の言動を反芻してみる。勿論自分の発言ではなく、所謂【お局様】から受けた言葉だ。
53歳独身、横木 花代 勤続35年のベテランである。
髪の毛は黒で無駄な装飾の一切ないお団子スタイル。ビッチリ固めて化粧は最低限。シワ一つ無いピッシリとアイロンがけされた制服にアクセサリーは一切付けず、今時珍しい教育ママ眼鏡を装備して表情がとても読み取り難い。何人たりとも近づかせないようにいつもピリピリとした雰囲気を放っている。
「モヤモヤする、あんな風に言わなくてもいいよね。何であんな言い方出来るんだろ、人の痛みとかわからないタイプだ絶対。頑張ってるよ、これでも……1年のペーペーがあんたに追いつける訳ないだろってば……はぁ」
思い返せば、未来いっぱい希望いっぱいだった入社式の時から理不尽しか無いや。その矛先が向いたのは自分ではなく同期だったけど。
流石にびびり散らかして足取りフラフラで帰宅した。部屋に入った途端に崩れ落ちて泣いた。自分が怒られたわけでは無いのに色々と受け止めきれなかった。来週からあの人と毎日顔を合わせるのかと思ったら胃が絞られるような痛みに襲われた。
それから1年が経過した今も、休憩以外にちょっとトイレに立とうものならばどぎつい睨みが飛んで来て刺さるので日々胃もキリキリするというもの。かと言って食欲無くなるって言うのはないんだけども。食べなきゃ動けん、人だから。生物たるもの食える時に食わねば。
基本食べる事は好きなので、休日は外食を楽しむことを目標に生きているようなものだ。
そう、明日は待ちに待った土曜日である。ずっと行きたいと目をつけていた喫茶店の特別ランチを食べに行くと言う一大イベントが待っている。こんな嫌なモヤモヤもお局様から言われた嫌味も全部丸めて明日へのスパイスにして……なんちゃって。何か良い香りのする白い封筒にスンと鼻を利かせると楽しみがより一層増したように感じた。
「今夜は簡単な物にしよう」
夕食の準備をしなくては、と台所へ。
遅い時間だし、後寝るだけだし簡単にと考えていたけれど冷蔵庫に冷やご飯が入っているのを思い出した。
ラップしてレンジで30秒チン。
卵を一つ割入れて、塩コショウと混ぜる。少し醤油も入れてさらに混ぜる。
フライパンに油を少し垂らしてを熱を入れる。この間に、水を入れて沸かしておく。
じゅわじゅわ音が出たらご飯をフライパンへ投入。くっつかないように軽く混ぜながら炒めていく。フライ返しは使わずに、おたまで混ぜると結構楽だったりする。
人に出すんだったら形整えるけど、今日はもう皿にあけるだけ。
炒め終えたらザカザカ皿へ移動させて完成。
お椀を準備して中華スープの素をお椀に入れて、そこへ沸かしたお湯をイン。素早く混ぜて少し置く。ここで、冷凍庫にあった【激ウマタレ漬け唐揚げちゃん】をいつもなら5つ皿に取る所を今夜は3つで我慢しつつ皿に乗せてレンジでチン。
簡単炒飯、唐揚げ、中華スープと簡単定食の出来上がり。
「いただきます!」
スプーンにすくって大きな一口。熱くてハフっと息が漏れた。
パラパラのご飯に卵が程よい食感が合わさり口の中で混ざっても嫌にならない。べちゃべちゃともしないし、これにソーセージでも入れればもう少しグレードアップになるのだが。
はい、我儘禁止だ。
スープは良い塩っけとコクが喉を通っていくとまたご飯が進む。そして唐揚げちゃんを一口にパクつく。全く、最近の冷凍食品は本当に美味しい。けしからん。旨い、旨すぎる。なんだこれは、甘辛いタレでご飯進まない人いるのかな。しっかり漬け込まれた上に、肉自体に下味がきちんとついているおかげで凄く美味しい。熱を加えても固くならないのは本当に神。柔らかく肉汁滴るくらいのジューシーさで口の中が嬉しい。
気が付いたら夢中で食べていた。
「ごちそうさまでした」
あっという間に完食してしまった。パンっと手を合わせてからのんびりせず、すぐにシンクへ持って行き洗い物をちゃっちゃと片づけてしまう。明日に苦労を残さない為でもあるし、明日はもう特別イベントだけに全意識を向けていきたい訳なので。煩わしい事はとっとと終えて、明日に備えるのだ。
洗い物を全て終わらせ、シンクの中も綺麗にして手をふく。テーブルに戻り、一枚の封筒を再度みつめる。裏側には赤いシーリングスタンプが貼られていて何かこれだけでも凄く高級感を感じる。
「夢みたい」
封筒を見ながらつい、ニマっと頬が緩んでしまう。
「明日が楽しみだなぁ」
そう思いながら歯磨きをしに洗面所へと向かうのだった。
3は少しだけ続きます。