結:繋ぐ徒花 参
季節は巡る
シロは私に、野草やキノコの知識、魚の取り方など、生き延びる術を教えてくれていたから、食い扶持に困ることはなかった
だから私は、旅をした
私のしたいことを
二人のような、人の世界で生きられない存在を探すことを目的とする、旅を
その人たちがどうやって生きているのか、どう自分に折り合いをつけているのか
もしかしたら二人が幸せになる道があるのかもしれないと、探し続けた
でも、探せども探せどもそういったものは退治され、崇められ隔離されていて、悉くが私の求める道を見つけていなかった
夏が来て、うだる暑さの森を歩いて
秋が来て、幽玄な月夜を過ごして
冬が来て、死に物狂いで生きて
繰り返して繰り返して繰り返して
季節は巡る
巡ってしまう
ふと、蕾の徒花が目に入った
すおうによく似た色だったそれは、なぜか目に映る限りの全てが白く染まっていた
すごく、嫌な予感がした
風の噂で流れてきた、とある村の鬼退治の話を聞いて、私は走った
きっといつかはこうなると、わかっていた
だからずっと二人が幸せになる方法を探していて
それまで今まで通り過ごせていたらいいなと、ずっと二人の平穏を願っていた
それだけじゃ、ダメだったんだ
一度も休まず、最短を走り抜けた
足が千切れてしまってもいいと、酷使し続けた
「わからない言葉はひらがなで書くんだよ!」
暖かい、すおうの言葉を思い出す
「嬉しいときは、笑っていいんだよ」
暖かい、シロの言葉を思い出す
「クチナシは黄色のお着物がとっても似合うね!」
「流石すおうだね、センスがいい
その色は黄色以外にも、呼び方があるんだ」
「うーんと…あ、わかったかも!」
「「クチナシ色だ」」
二人の言葉を、優しさを、愛を
幸せを、思い出す
「「もしも、この先があるなら」」
「私たちは沢山の人を笑顔にしたいな」
「クチナシみたいな子を優しく育てられるようになって」
「皆で笑いあって、おんなじご飯を食べるの」
「いけないことをしたら怒って」
「怒っても、怖がられなくて」
「そんな、先が」
「あったら、いいなあ」
目の前には真っ赤な濃い赤色―すおう色の社
そして
その前で、残酷で、美しい
肉と固まった血の花が咲いていた
愛しい二人の顔は、もう見れたものじゃなかった
私は腐臭漂うそこで、泣いた
「クチナシ!」
元気な、明るい声が、遠くで響く
「クチナシ」
優しく穏やかで、少し低い声が遠くで響く
霞む視界、ふと繋がれたままの手が、目に入る
ああ、嗚呼
二人は一緒にいられたんだ
地獄のような世界
二人を理解するものはなかったけど
お互いを思いあう二人は添い遂げたのだと、また別の涙が流れ落ちた
二人だったものを埋める
こんな行為に意味は無い
ただ、野ざらしだと可哀想で
せめて土の下なら風に晒されることもなく穏やかだろうと、大切に大切に土をかけた
「おめえクチナシか」
思わず身構えた
そこにいたのは近くの村、鬼退治をしたと噂になっている山村の生き残り
私の、故郷の人達だ
「ああおめえ、見ねえと思ったらこの人たちの世話になってたんだな」
一番の年長者のおじさんは
慈しんだ目で私の作った墓を見つめた
村人達は鬼と、白い神を殺した
でも、それが正しいことなのかは、誰にもわからなかった
幼いころ、クチナシのように森で迷っているところを二人に助けられた人もいた
森で二人で遊んでいるのを見た人もいた
誰から見ても二人はどう見てもただのか弱い人間で
ただ、人を食べなければいけないだけだったといことを、皆知っていた
「殺したことを、後悔はしていない」
人は死に続けたから
「でも殺したからには、誠意はつくさねばなるまい」
二人には世話になったこともあるから
「ああ、人さえ食わなければ…」
きっと皆で、暮らせていたかもしれないのに
クチナシの頬に、また熱いしずくが降る
二人がいた痕跡は、ちゃんと残っていた
二人が残した、あったかいものは確かに誰かに伝わっていた
殺されたことは事実だ
すおうも、シロも好きだった
大好きだった
だから、涙は拭いても拭いても溢れてくるし
泣きすぎて頭は痛いし
それでもまだ泣き足りない
でも
“ねえ、もしも、もしもだよ”
クチナシが地面に書いた文字に、村人達は伏せていた目を見開く
「おめえ、字も教えてもらったんだな…」
“彼らが人を食べずに生きれたら、皆一緒に住める?”
「それは…」
「ああ…家族も、恋人も殺されてた恨みがある」
「幸せな家庭だったんだ」
「どうしてこんなことになったんだって、どこに言おうともあの白髪が先回りして口裏を合わせていた」
「どうしようもない思いがわだかまって、死にたくなった」
「でも」
「恨みを晴らしても、こんなに虚しいからなあ」
「死ぬとわかっていても、互いをかばいあうなんて殺され方をされちゃあ、もうすることはないべ」
「ああ、きっと人を食わねえし、危害も加えねえってんなら」
「きっと受け入れちまうんだろうなあ」
でも、二人は地獄の中で、笑いあっていた
なら
“言質、とったかんね!”
なら、私も
二人に育ててもらった私も
強く強く、笑ってなきゃいけない
二人のぬくもりを、紡ぐように
彼らに顔を向けた彼女は
本当に花のように綺麗な、笑顔で
「おめえ、そんな顔もできんだな」
人も、鬼も、神も死んだこんな場所でも、皆ついつい笑ってしまった