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8/侵入者

 ダンジョンメイカー9日目。

 絶賛ダンジョン防衛中。


 新しく購入したオーガは強かった。

 ……いや、本当に強かった。


「これ、もしかして僕たちいらない?」


『そんなことはないです。状況によります。……ですが、これは圧巻ですね』


 オーガのレベルが3になったので、試しにと大穴から出てきたオーク二匹をオーガに任せてみたのだ。なんだかオーガが不満そうな顔をしていたし、僕もオーガの強さを見てみたかったので、取り合えず二匹だけ通してみた。


 そしたら酷い結果が出た。


 こん棒一振りでオークが壁に叩きつけられ、力なく倒れる。

 漫画みたいな吹っ飛び方で垂直横方向に飛んでいくのを見て、これはいけないやつだと直感した。


 ダンジョンが強くなってきたので勘違いしそうになるが、オークは強い生き物だ。

 当初の目標にしていたこともあるし、進化していない時のダンジョンではきっと数匹来るだけでてんてこまいだっただろう。僕を基準にすれば進化してないウルフですら強敵だが、オークはもっと恐ろしい。片手で握ってじゃんけんぽんされて一口でパクリされる。


 そんなオークがワンパン。

 もう敵としてやってきた瞬間に終わりだ。バッドエンド待ったなしである。


「味方で良かったよ……」


『敵に来たら大変ですね。大穴も意味がなさそうです。杭も刺さりそうにないですし』


「鉄杭程度じゃダメかなぁ……。あ、そうだ。オーガがリーダーになったら聞いてみようよ。何をされたら嫌かって」


『サイコパスみたいなこと言いますね』


 酷い言われようである。


 だが「私的には良い案だと思います」とオマケのように付け足された。

 確かにちょっと嫌な質問かもしれないが、効果はあるはずだ。

 オーガのlv10が待ち遠しい。



 それからも、オークは奥の部屋に通し、いつものように暗闇で罠にかかった敵を撃つ作業をする。


 オークキングらしき敵は現れない。

 が、今日はまだ四時間以上ある。油断はできない。


 僕はいつ何が起こっても良いように心構えをしつつ、罠の状態や弓の予備を確かめて、下手くそな弓を撃ち続けた。


 ――――それでも、油断していなかったとは言い切れない。


 順調な日課。

 心強い仲間。

 もはや盤石とも言えるこの状況に、心が慣れてしまっていて。


 あまりに上手くいきすぎていた僕は、どこか気が緩んでいたのだろう。



 それは、鎧だった。


 僕と同じくらいの背丈の鎧だ。

 フルフェイスメットに銀甲冑。

 全身銀色のその生き物は、ゆっくりとした足取りでダンジョンに足を踏み入れる。


 違和感を感じた。

 倒してきたモンスターたちとは見た目も雰囲気も違う。

 明らかに今までと違うその敵に、少しビックリしたのかもしれない。


 ――――だが、驚きは連続する。


「真っ暗ね……〈ライト〉!」


「!?」


 銀甲冑は喋ったかと思うと、右手を掲げ、魔法を使った。


 光の塊が浮かび上がり、洞窟の中を照らし出す。

 今までと逆だ。暗闇から光の元に引きずり出された僕は、思わず顔を背け、身を隠してしまった。


「へぇ……そういう造りね!

 しかも何!? スケルトンにゴブリンまで! 別種が一緒に暮らしてるの!?」


 銀甲冑が何やら嬉しそうに喋るが、敵には違いない。


 モンスターたちは即座に攻撃に移った。

 目の見えないものもいただろうが、全員で弓を番えて射出する。

 増員したので矢の量は絶大だ。四方八方より銀甲冑へと突き刺さる。


 しかし、効かない。


「それにウルフ……まさか、ダイアウルフ!? 嘘、こんなところで会えるなんて! 最高ね。私の初出にふさわしいわ……〈ヘイスト〉!」


 銀甲冑は鞘から細身のロングソードを抜き去ると、大穴の中へと身を踊り出す。


 弓矢を防ぎ、また、躱しながら宙を舞う。

 数少ない足場を伝って、跳躍しながら動いている。

 しかも二匹のダイアウルフが襲い掛かってきているのに、バランスを崩すことも、大穴に倒れるということもない!


 有り得ない。

 矢を防げるような硬い銀甲冑を着て、片足しか乗らないような狭い足場を、しかも飛び回るようにして渡れるなんて、まさに常識の範囲外。

 しかも直剣まで扱って、ウルフたちの攻撃を凌ぐ余裕すら見せている。


『草十郎! こいつはやばい! オーガたちに知らせて、お前は早く身を隠せ!』


「わ……分かった! 死なないで!」


『了解!』


 ウルフに言われるがままにして、横穴の奥へと走って逃げる。


 間違いない。これは強敵だ。

 しかも想定していた何倍も強い!


「水晶、水晶!? 聞こえる!?」


『聞こえていますし見ています。

 草十郎、急いで下がってください。居住エリアではなく、私の部屋にまで下がるんです』


「あれは何!? もしかしてオーガキングってやつ!? それとも、昨日話してたリビングデッド!?」


『何を言っているんですか、あれはどう見ても――――いえ、そうでしたね……。

 違います。ですが、強敵です。ダンジョンの全勢力を持って撃退しなければならない生物です』


「……オーガより強い?」


『……分かりません」


 僕の不安を打ち消す言葉を、水晶は使わなかった。


 『分からない』

 賢い水晶が不明瞭に濁すぐらいに、今僕らは危険なのだ。


『とにかく、他モンスターたちへの伝達は私がします。オーガの部屋で総力戦です』


 ……あのオーガよりも単体で強い生き物がいるなんて思ってもみなかった。

 そんなの、もはや化け物に違いない。


 僕は言われた通り通路を通り、オーガたちのいる部屋へと向かう。


 オーガたちも気付いたようだ。

 事情を説明し、この部屋で全勢力をぶつけることを伝える。


「とにかく、皆を呼んでる途中だから待っててね」


 噛み噛みになってしまったが、どうやら伝わったようだ。


 オーガはこん棒を手に取ると、部屋の真ん中に陣取ってじっと通路を睨みだす。

 ゴーレムたちはコアへの道を開けて僕を通すと、一切の隙間がないようにそこを閉じた。


 水晶の前に辿り着くと、僕は手をかざして尋ねる。


「水晶! 僕にできることはない!?」


『低位のモンスターでは太刀打ちできません。今更オーク程度を召喚しても、lv1では歯が立たないでしょう。

 魔道具です。オーガにとって役立ちそうな魔道具と、ポーションを購入してあげてください』


「分かった!」


 窓を操作し、魔道具を見る。

 力の指輪800pt、HPポーション中500pt、HPポーション小200pt。

 とにかく残っているDP全部を使って、買えるだけのものを買う。


「ゴーレム! これをオーガに渡してあげて!」


 壁になっているゴーレムにそれらを渡して、部屋の後ろまで下がる。


 その時、恐ろしい音が響いてきた。

 鋼と鋼を思い切り打ち鳴らした、暴力の音だ。


「嘘!? ワンちゃん追いかけてきたら、オーガがいるんですけど!?」


「……ここは通さない」


「しかも人語!? あ、そっか。オーガは学習能力が高いから、話す個体もいるんだっけ……。でもレアには間違いないじゃない。やる気出てきたわ!」


 聞こえる声は女の声だった。


 フェアリーたちの声は少しハスキーだが、こちらは違う。

 荒い口調にぴったりと合う、芯の通った快活な声。


 しかし、声の調子が元気というだけで、その主はおよそまっとうな存在ではない。


 二合、三合、重低音が響く。

 銀甲冑のロングソードと、オーガのこん棒が打ち出す野蛮な音楽。

 ゴーレムの壁があって見えないが、その分厚い壁越しであろうと容赦なく鳴り響くこの音は、何であっても防ぐことができないのであろう。


 あんな小さな体躯から、どこからそんな力が湧くのか。

 あのオーガと平然と撃ち合う剣戟は、鳴りやむことなくダンジョンを揺らす。


 重撃音は止まらない。十、二十を超えて尚続く。


 縫い留められたかのように僕は動けない。

 ずっとこの音を聞いている。


『草十郎、下がって。私の後ろに』


「……ねぇ、他に僕に出来ることはないかな」


『……ありません。私と一緒です。オーガを信じて待ちましょう』


 五十、六十を超えて剣戟は続く。


 耳が慣れてくると、他の音も聞こえてくる。


 少し耳にひっかかる高音はバットの高音波。

 弓の音はゴブリンかスケルトンか。

 液体を吐き出す音はスライムたちだろう。

 石を投げる音はフェアリーかもしれない。


 そして、よく聞きなれた音。


 地面を刈り、獲物を襲うべく高速で駆け抜ける音の波。

 軽く聞こえるが何より重い、オオカミの必死の一撃が繰り出される音が確かに聞こえ――――


 ゴーレムの壁が、粉砕された。


 爆音をあげてガラガラと崩れる守護者の体。

 そして、壁を壊すために打ち付けられた仲間の姿が目に映る。


「ウルフ!」


『……来るな。下がっていろ』


 見るだけで、涙が出そうになる。


 折れた爪、ねじり曲がった腕。

 体中傷だらけで、綺麗なはずだった毛並みには赤い縦列線が無数に走っている。

 牙はもうない。力なく広げられた口には、ぐちゃぐちゃに欠けた歯の残りがついているだけで、もはや呈をなしていない。


 それでもオオカミは立ち上がろうとする。

 外敵を退けるために。


 開けた視界の先。

 広間には、銀甲冑とオーガが向かい合っている。


「アハ……ゴーレムなんかに守らせてるから怪しいと思ってたけど、そっちがコアね。オーガ、どきなさい。貴方は私に勝てないわ」


「……ここは、通せ、ない!」


「この、分からず屋――――!」


 遮るものの失くなった、争いの音が聞こえる。


 二者は互いにボロボロだ。


 武器は傷物になっていた。

 剣は刃先が(こぼ)れている、こん棒は大きく欠けている。


 身体も無事では済んでいない。

 銀甲冑はへこみ、ひしゃげ、破片が散っている。

 オーガの体も傷だらけで、赤く大きく腫れあがる腕は見ているだけで苦しくなる。


 そして、分かってしまった。

 オーガは負けてしまう。


 互いに傷付き消耗しているが、今のオーガではあの銀甲冑に勝てない。

 三合、いや、二合切り結べば、命の残量を使い果たす。


 傷だらけのモンスターたちを見た。

 赤く染まった床を見た。

 隣で呻く仲間を見た。


 そして最後に、何一つ汚れていない自分の手を見た。


 ――――もう、嫌だった。


「やめてくれ……」


『草十郎、ダメ!』


「やめてくれぇええええええええええ!!!」


 何が出来るわけでもないのに、走りだす。


 命乞いしかできないけれど、それでも、何もしないでいるのは嫌だった。


「――――は? 人間?」


「え?」


 しかし、結果は入れ替わる。


 銀甲冑は僕を見て、その動きを一瞬だが停止させ。

 オーガはその一瞬を見逃さず、意識を刈り取る一撃を放つ。


 銀甲冑は何の抵抗もなく垂直に宙を飛んで、

 勢いよく壁へと打ち付けられた。


 そしてそのまま立ち上がることはなかった。




 ――――それで終わりでは、なかった。




◆◆◆


 さっきから、水晶がやけにうるさい。


『……草十郎、下がってください。危険かもしれません。後は私たちに任せてください』


「……」


『お願い草十郎。下がって……』


 水晶が忠告をしている。

 だが、視界に入ったものがそれを許さない。


 銀甲冑はヘルメットの部分が壊れていた。

 そしてその奥には、人の顔が鎮座していた。


 女性だ。

 いや、顔だちは幼い。女の子と言うべき人が、鎧の中には入っていた。


 近付いて確認すると、浅くだが顔が上下しているのが分かる。

 この少女はまだ生きている。生きて、ケガをした状態にある。


 ならば僕は、助けなければならないだろう。


 手元にあったポーションを一つ、蓋をあけて流し込む。

 が、上手くいかない。血が口内に貯まっていて、上手く飲ませることができない。


 僕はポーションを自分の口に含むと、無理やり彼女の口へと押し付けた。

 息と舌とを一緒に押し付け、喉の奥へと液体を落とす。

 そこまでしてようやく、彼女の喉が液体を嚥下したのを確認する。


 初めてのキスは、血の味がした。


『……草十郎』


「……人間が、いるんだね」


『草十郎、色々と考えているとは思いますが、お願いです。殺してください。お願いなんです。その生き物を、殺してください』


「……どうしてそんなことを言うんだよ。お前、モンスターには殺さなくてもいいとか、逃がしてやってもいいとか、いつも言ってるじゃないか……」


『違うんです。人間だからとか、モンスターだからとかじゃないんです。お願いです。殺してください。殺さなければ、いつか貴方はきっと不幸な目に合います』


 不幸な目になら、もう充分合っている。

 今更どうなるというのだろう。


『お願いです。草十郎の手は(わずら)わせません。少し目を背けて、許可してくれるだけでいいんです。私たちに、その敵を処理しろと伝えてください。取り返しのつかないことになる前に、一言、言ってくれるだけでいいんです……』


 水晶が何かを言っている。

 けれど、何を言っているのか全く分からなかった。


 整わない頭で、眠る少女の顔を見る。


 なんということだ。

 僕は、人間を、傷つけてしまった。

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