当然は秘匿で
襲撃した屋敷の窓に、旭光の柔らかさが射している。クローゼは、昨夜のままの様相で、寝起きの雰囲気を顕にしていた。
「二人とも交代だ。休んで良いぞ」
「楯魔王……この状況でよく寝れましたね」
「それを言うなら、エイブリルもだけどな」
「閣下の影響下ですから、問題無いでしょう」
アッシュとテレーゼに向けられた、交代の言葉は、後ろ手に拘束され正座させられている吸血鬼、サーモン・キュトラの見張りの事になる。
また、当然な風でエイブリルが答えた、クローゼの影響下というのは、吸血鬼を雑魚扱いする程な、彼の防護力と同等を付加する、≪対象防護≫の事だった。
「まあ、そいつの眷族は掌握したしな。エイブリル、伯爵だったか? 呼んで貰ってくれ」
「分かりました」
エイブリルが歩き出すのに合わせて、人狼のアッシュは、その場を去りながら「掌握」の言葉で光景について思い返す。
――あれは、掌握じゃなくて制圧……。
アッシュの思い返す光景は、クローゼが、気絶したサーモン・キュトラを殴り起こすから始まった。
そこから、拘束したキュトラを、彼の眷族らの元連れて行き、目の前で『殺すのか?』の勢いで殴り倒して、その場を制圧した流れになる。
「噂くらいは聞いていると思うが、俺は魔王だ。俺に服従したい者は歓迎する」
クローゼは、散々、キュトラを殴り倒して、彼の断末魔寸での懇願を一瞥し、三〇名程残っていた敵の吸血鬼にそう言った。
当然に、噂の刷り込みも、大方が彼の手の魔族による物。だが、その光景で『これでもか』と自称魔王の認識を植え付け、口悪く声を挙げた者を、容赦無く竜硬弾の餌食にして場を掌握する。
「吸血鬼も配下に多い。それに、俺は魔族には寛容だ……で、どうする?」
彼らは、一応に吸血鬼である。その上で、拘束され魔動を封じられている状況は、彼らには理解出来ていない。ただ、「どうする?」には、目の前の圧倒的な光景が『端の端の先』程な彼らには効果的だった――
――俺らより、酷かったな。まあ、なりで吹き飛ばされた奴らよりましか……。
そう、アッシュは現実に意識を向けて、寝覚めの悪さを感じ魔王らしきを見る。しかし、アッシュから見る、今のクローゼは、魔王のそれとは別の雰囲気に見えていた。
クローゼは、邪眼または吸血鬼の瞳と呼ばれる力で、精神支配を受けていた伯爵と、テーブルを挟んで事後の説明を終えていた。――勿論、当たり障り無く、最もらしく。
「と言う事です。一応、御家族を含めて、大半が認識の阻害だけだった様です。まあ、閣下は完全支配だったのですが、それは相応に対処『させて』頂きました。念の為なら後ほど、教会にでもご依頼を」
「その点も感謝する。ただ、申し訳ないが、いまだに信じ難い。話が本当になら、何年も意識無く暮らしていたと……」
「記憶が無いというのは、辛い事ですね。私もよく分かります」
――そう、俺も死に変わり転生で、暫く、記憶無かったからな。辛いのは分かる。
「全く記憶が無い訳でないが、あやふやなのは確かに辛い」
「そうでしょう。御察し致します」
――何だ、中途半端に有るのか。面倒くさい。
「それもだが、先程の話も些かで。それに、何故私が魔族に囚われていると……君達はいったい?」
壮年の雰囲気な伯爵に、状況を説明したクローゼは、可変装甲仮面のままだった。目元に巻く感じな、ハーフマスクの状態が、如何にも胡散臭い様子だが、適当な事を言って顔は隠している。
「この様な格好で申し訳ありません。冒険者などをしていると色々とあるもので。特に今回は。……そうですね。何故についても、襲撃の形になったのも、『お助け』したのを含めて察して頂きたい」
実際には、捕え服従させた吸血鬼の移送の手配に時間が掛かる為、仕方なく、体裁を見せているだけだった。
「しかし、察しろ言っても、このままにはしておけぬ……」
その伯爵は、室内にいる四人が仮装や変装――クローゼの知識的な――用の仮面で顔を隠しているのと、元凶の吸血鬼が、捕らわれ座らされているので、怪訝さを増していた。
「先程も申し上げた様に、吸血鬼の確保が依頼主の意向なので、もし引き渡せと言うなら、『今この場で』、奴らを抑え込んでいる私の魔動術式を解き、我々は暫く見物しておきます。ですので、閣下のご自由に」
「そ、それは……」
引き気味な伯爵に、クローゼは口角を上げて見せる。当然、拘束は確かで、その上魔力発動は彼の術式、≪魔動妨害≫で封じていた。
「どうします? 王なり、教会なりに連絡を? 私兵でも呼ばれますか? まあ、何れでも私は構いませんが、選択次第では、お命も危ういかと」
「お、脅しているのかね」
「いいえ、お互いの為だと申し上げているのです」
仮装の仮面風程度では隠せぬ、クローゼの鋭い瞳と半笑いな表情で、彼の意向は通っていった……。
「ところで、俺らはいつまでこんな格好を?」
「エイブリルの手筈が終わったらここを出る。まあ、それまでだ」
一応に、別室に通された形のクローゼ。随員の三人と、残った彼の配下の吸血鬼は変装していた。
「アッシュの道化は、似合ってるけど」
「『道化』が似合うって。そっちのは、目元だけだし、そんなの意味ないんじゃ――」
「――可愛いから良いよ。でも、このローブは嫌かな。ねぇ、なんか変に見えない?」
「……聞けよ……」
アッシュがテレーゼに、会話のペースをつかまれているのを、いつもの事かとクローゼは感じる。
――仮面見せる前は、全力拒否だったのに。可愛いからってのは何だかな。まあ、持ってきた事に引かれたのが地味に痛かった。
と、クローゼは、その時のどや顔に後悔し、淡々と会話に口を出した。
「アッシュのは『ピエロ』風で、テレーゼのは、ヴェネチアン風の『ハーフマスク』だ。ローブは我慢してくれ。そこまで考えがいかなかった」
クローゼが口を挟んだ言葉自体は、厳密には伝わらない。そこに至った経緯には、『クローゼらしい』の雰囲気だった。
ただ、二人は然して気にするでも無く、軽い返事の後、噛み合わない会話を続けていく。
そこに、エイブリルが伯爵の所から戻り、下僕風な服装で、項垂れ立たされているサーモンを一瞥する。
「手筈は整えました。移送用の転位型魔動堡塁が来るまで、場所を借り受けるのと、合流地点まで、馬車を何台かお借り出来るそうです」
「ご、ご苦労だった。ふっ」
――いや、大丈夫だ。ただ、何故それを選んだ?
クローゼは、エイブリルが選んだ猫型のハーフマスクに、若干息を漏らす。それを気付かぬ風に、エイブリルは要件を続けた。
「暫く掛かりますので、お待ち頂く事になります。ところで、その者も連行して宜しいですか」
エイブリルは当然な雰囲気で、自身の後ろに立つ
笑顔の白い仮面な吸血鬼の男に、クローゼの返答次第で、な仕草を見せていた。
――ああ、居たなこいつ。結局、たいした情報も無かったけど。と言うのか、エイブリル、その格好でも動じないんだな。
「ああ、そうか。待つ必要があるなら、街中には出たい。買い物をしないとだからな。あ~こいつはな。……あっ、お前案内しろ」
「は!」
唐突な振りに、項垂れるが向き上がる。
「だから、買い物がしたいから、お前が案内しろ」
「なんで、私が」
「なんで? だと。お前がいじった街だろう。それに、返事は『はい』か『分かりました』の二択だといった筈だが」
「いや……」と吸血鬼らしくない返事に続く会話の合間に、エイブリルが折り畳んだ紙をクローゼに渡す。
「嫌だと! だから……。エイブリル、これは?」
「リストです」
クローゼは、途中で開いたそれで話題を変える。
「ああ、そうだな。もしかして、他の三人の?」
「連絡は致しました。ただ、いつもの通りでしたので、既に共有されていたかと」
買いたい物は、子供の土産。
若干、言葉足らずな彼だが、アイギスの兄姉、双子の姉クリスティーナと弟のクロノス=シルトに、もう一人のレウル=ヴィントにも、当然と思っていた。
「助かった。適当に買ってくとうるさいんだよ。レニエなんて、選んだ理由から追及してくるからな。大体が、勢いと直感だし。まあ、無駄遣いだと云われたら、そうかもだけどな」
取り残された感じのキュトラ以外は、笑顔の白い仮面の吸血鬼ですら、当然の話と聞いていた。
当然な雰囲気で「勢い」と言う彼は、行動自体がそうである。
些か、自覚と落ち着きに疑問もあるが、クローゼは、二〇代でヴァンガーナル辺境伯の地位にあり、『嫁』と呼ぶ三人の夫人と、四人の子持ちなのではある。
魔王なのは、ある意味言うまでもないが。
「おい、サーモン。どうなんだ!」
そう、いきなり話を戻したクローゼ。彼に「どうなんだ」と言われたサーモン・キュトラは、諦めの領域に足を進める選択肢をした。