楯魔王の一番まともな人狼
クローゼが、全ての事を分かっていないのは、事実だが、それでも、彼の手によって流れは作られていた。
それは、東にスフィアの男を追った、二人の魔族の事も含まれる。その二人は、方向と匂いを頼りに森の木々を抜け、川を越えて進み、街道を行く馬車の一団を捉えていた。
既に、極の入りに近い頃合いで、宿場の町を一つ越えていたのだったが、恐らく、先を急ぐ筈とキュトラの助言でその町を通りに過ぎ、結果的に、それは正解だったと言う事になる。
そして、アッシュは見て嗅いだままの確認をした。
「あれだろ! 欲張ってくれたおかげだな」
「恐らく、次の街に本人が来てるのでしょう」
疾走と呼べる状況で、二人の会話が肯定の流れになる。その正解からの先をアッシュが続けた。
「じゃあ、捕まえて呼ぶぞ」
「まずは、指輪の主を。流石にあれ程の物は二つとない筈。それ故、隸属の指輪外すのが先決だと」
一応の注釈に、アッシュは舌をならし、容姿のままの当たり前の結論をみせる。
「なら、全員やってから探す――」
クローゼに全力と言われているアッシュに、当然、躊躇など無かった。勿論、魔族の法に従えば、全力とはその意味合いに取れる。
そうアッシュは、キュトラに言葉を投げて、並走の形になった瞬間、その一団の前方に飛び出す為に加速する。
一呼吸かの間で、怪訝を見せたキュトラだったが、容姿は別に彼も吸血鬼だった。そのままに、アッシュの反対側に、彼も全力の移動を見せる。
極光の影響が少なくなったのも合わせて、らしくない小太りを微塵も感じさせはしなかった。
襲撃対象について言えば、馬車が四台、騎乗の者が、前後に別れて数騎な隊列。
その前に、アッシュが遮る様に飛び出し、そのまま、威圧の咆哮の一撃を浴びせた。
――咆哮は、衝撃をともなう相当だった――
当然と、嘶きと暴れる馬。それに馬車の軋む音が起こり、混乱と畏怖の叫び声が聞こえる。それで、一団は突き重なるかの様に、騒然とまった。
そして、立ちはだかるのは、人狼の容姿である。
咆哮の一撃の混乱は、アッシュの容姿で加速する。前を行っていた、二騎の嘶きと暴れる様子は一段と激しさを増した。
そこに、間髪入れず、アッシュが飛び掛かる。
その勢いは、前方で暴れる騎乗の一騎を蹴り飛ばし、反対側の騎乗者を殴りつけて、叩き落とすまで続く。
そのまま、アッシュは地面に膝と手を着き、顔を上げる。
その視線と恐ろしげな人狼の容姿で、馬車の前方で、震える御者と抗いきれぬ隣護衛と視線を交わし、剥き出しの牙の白さを見せつける。
だが、御者の男が「あわわ」となった間で、となりの護衛の頭は、アッシュに鷲掴みにされ、馬車に押し付けられ、天極の地への扉をくぐる。
――同時に後方では、キュトラが手刀で騎乗者二人の首を切り離し、馬車外の後ろに掴まっていた二人も、続けざまに、天極の地に送り込んでいく――
突き重なりで、残った馬車外の護衛か、従者かの者は転げ落ち、それとは別に、馬車の扉が一斉にに開く。
ただ、その瞬間には、アッシュは目的の二台目の檻型の馬車の天井にいた。そして、足下にはその男がいた。
「助けに来た。詳しくは後だ。暫く待ってろ」
そうアッシュは、眼下の拘束されたスフィアの男に告げる。ただ、男の反応は些かだった。
そこに、わらわらと周りにある者達の中から、大きな声が掛かる。
「主として命じる。そいつらを殺せ! お前ならそこでも出来るだろう」
明らかに、守る者の質が違う男が、そう叫んでいた。それで場が僅かに止まるが、スフィアの男は顔を上げた。
「助けて頂けるのはありがたいが、あの声には逆らえない。逃げてくれ」
「はっ、何言ってんだよ」
アッシュの返しは、何かの詠唱で返される。怪訝な雰囲気のアッシュとキュトラが、それに続いて見た光景は、中々のものであった。
――突然、氷柱が街道の両脇に立ち上がり、煌めきの残光の中から白く大きな狼が出現した。
それは、捕らわれのラシェル=ガルド・アルファルクが呼び出した、第五階層の精霊獣、氷結の牙狼。
例えるなら、三つの頭を持つ魔犬と黒い双頭の魔犬の領域の個体になる――
周囲が、ある種の歓喜と騒然で騒がしくなるのに、アッシュは預かった目印を真後ろに投げる。
そして、馬車の一団後方に立つキュトラに、凡そ笑いと取れる表情をした。
「おっさん、通信器持たされてるんだろ。目印は後ろに置いた。一旦離れて呼んでくれ。……なんか、手加減したくない」
正確には投げたのだが、キュトラにはそんな事はどうでもよかった。明らかに、氷結の牙狼の一体が彼を狙っていたからだ。
――竦みの雰囲気がその場を包む――
そして、場景が僅かに流れる空気を揺らし、キュトラが動いたのに合わせて、玉突きの様相が見えた。
ただ、アッシュがキュトラに照準を合わせた、氷結の牙狼に全力の飛び掛かり殴りが連鎖を止めている。
アッシュ自身を狙った、氷結の牙狼をかわすと同時で、一撃を食らった、氷結の牙狼は吹き飛び埋まり砂塵をあげる。
首を僅かに傾げる、入れ替わった檻の上の氷結の牙狼を、アッシュは見やり、牙を誇示する。
「お前らの相手は俺がしてやる。人狼相手に、狼とは、なめられたものだって、なぁ――」
言葉と同時に飛翔かのアッシュ、飛び退く、氷結の牙狼と入れ替わりで、檻の上にアッシュが四つん這いで、狼の様相をみせる。
アッシュは雰囲気を見せた感じに、その体勢で眼下に声を落とし、そのまま追撃をかけた。
「二匹でいいのか?」
特段、アッシュも何かあった訳けではない。勿論、ラシェル=ガルドも、半ば他人の意思だった……。
その通りに、戦いは関係無く進む。殴り飛ばされた最初の一体が、体をうち震わせ標的をアッシュに定め、続く、場景を壮絶に参加する。
三匹の狼の格を掛けた雰囲気。
咆哮と叫びに激突音が混ざり、時折、詠唱で飛び掛かり飛び退くに行き着く。
噛み砕く勢いに、剥き出す白牙と打撃と蹴擊――地形を抉り、土埃を飛ばしてその刻を綴った。
「ははははっ、面白い――」
交互に連続で噛み砕くをかわす、アッシュの歓喜、合わせる拳に足が氷結の牙狼に蓄積され、その後場景を確定していった。
そう、恐らく結果は、アッシュの悦楽なのだろう……
……その後、キュトラが場を制圧し、クローゼが大型魔方陣から出て来た刻には、ボロボロになった風で横たわり、絶え絶えな風の氷結の牙狼、二体を見据えていた。
そこに現れたクローゼは、僅かに首をならす。
「なかなかの絵図らだな。一人で来て良かった。それで、シャケ。後始末はしたか?」
「はい、眼を使い奥深くまで。襲われた事実はですが、それ以上は闇の中です」
ふらふらと揺れる生存者達をクローゼは見て、キュトラの報告で、一応に頷く。
「まあ、全力で行けと言ったがな。ついでにヤっとくか?」
「不要かと。逆にこのままの方が、混乱を押し付けられます」
クローゼが、正義の味方なのは、自分の側だけだと言う事ある。とその場景は示していた。勿論、フルフェイスの薔薇であり、今の立ち位置は、楯魔王になる。
そこに、氷結の牙狼が消え戻り、居なくなったのを確認したアッシュが戻ってくる。当然、クローゼの開口一番は、呆れるだった。
「全力でやれ、とは言ったがやり過ぎだろう。まあ、ヤってしまった者は仕方ないが。あまり彼女達には言うな」
「分かってます。でも、別にこいつら仲間でも無いので。それに、本気出したのは、狼相手だけです」
「まあ、今回は俺も悪かった、お前は頭も良いし、人とも上手くやれるから、それが当たり前だと思っていたが……」
二人の会話に、キュトラにより拘束と指輪をはずされた、ラシェル=ガルドが連れられてきた。
一応に、会釈だけの雰囲気だったが、クローゼが渡した、フリーデが書いたスフィアの文字が書かれた布を見て、ラシェル=ガルドは僅かに肩を揺らす。
それに、クローゼはらしさを返した。
「女王陛下のたっての願いだ。ただ、この場の状況は、陛下のお心にも良くない。だから、委細は伏せて貰いたい。いいか?」
それで、ラシェル=ガルドは、片膝をついて頭下げ、地面に向かい声を出し、感謝をクローゼにむける。
「分かりました。重ねて、私が不甲斐ないばかりに、女王陛下には……あ、貴方には、いいえ、貴方様には、感謝の言葉を幾つ申し上げればいいか分りません。じ、女王陛下をお助け頂き、誠にありがとうございます……」
「立って下さい。ああ、大丈夫ですので」
クローゼ自身は、するのは慣れているが、未だにされるのは慣れていない様子で、若干困った顔をする。
その困ったを、クローゼはキュトラにふって話自体を変えた。
「兎に角、全てお前が上手くやった事にしておけ。それと、助かった。結果、俺だけで良いとなったのも、お前気転だったんだな」
エイブリルに繋いだ通信で、最終的に「何事も無く上手く行った」にすべきの判断を彼女がするように仕向けていた。
当然、フリーデがついてくると言う事を想定してなのだったが……
軽く会釈するキュトラを、クローゼは『なるほど』な雰囲気で見る。
――意外と本気で、人に戻りたいのかもな……まあ、分からないけどな。
その考えを先に流し、クローゼは戻る指示をして、アッシュに改めて、やり過ぎだと告げて、彼らが魔解の側であるのを再認識する。
そして、彼らは大きな魔方陣の残光共に消えていった。




