彼の頁は全てが本流
クローゼの言葉通りに、カザルとブルロアを転位型魔動堡塁に招いて、彼は、どや顔返しをしていた。
当然、行商人を絡め、踏み込んだ話しをした上で、それなりの光景を見せた事になる。
「あんた、これが魔術師って言うんだよ」
「何、いっ、言ってんだ。お嬢さんは魔導師って言ってたろよ。だ、だから、これは、魔導術だ……」
お嬢さんと云われたジーアが、行商人の記憶を共有し、立体に転映した飼い葉係の姿を見た、ブルロアとカザルの驚きだった。
そこに、得意げな満足顔のクローゼが声を掛ける。
「一応、仮説はこっちで調査する。手付けは払ったし、本格的に探してくれ。余計な前置きは無しでな。それに、別でも頼みたい事あるし」
「まあ、凄いね。何回顎外ずしたら良いんだい」
「まあ、俺の読みは的外れでも……まあ、やるが。だが、これだけのもん見せられて、こっちの力なんざ要るのかって、とこだが」
見た目と裏腹なカザルの口調は、ここに至る経緯では、当然だった。
転位魔装具で、彼らは連れられて来た。実物と見間違う程の幻影を抜けて、認識を越える格好の者達の前に立ち、イグラルード王国最高峰の魔導師の魔術を目の当たりにして、カザルはその言葉をクローゼにむけた。
「手が届くところが違うだろ。適所で力を見せてくれ。それに、俺自身が、余り自由じゃないから。で、これ以上手を広げるのも面倒くさい。だから、そういう手もあるってレニエが言ったからか」
「レニエってのが誰かは知らないが、うちの商会は、その人の眼鏡に叶ったのか?」
転位型魔動堡塁を眺めながら、カザルはクローゼの答えにそう返した。
「まあ、使える、使えないは仕事の出来次第だろ。俺は使えると思ったが、そこは結果を出して皆も納得させてくれ。まあ、憶測でも、いきなり答えを提示したのは評価する」
「まあ、そういう事なら、あたしらも努力するさ」
クローゼの評価は別に、ブルロアは、見たままに、別の選択は無いと認識していた。当然カザルもになる。依然として、クローゼが何であるかまでは、明かされていない。その上で、その判断になる。
そして、何もか分からない男、クローゼが更に分からない事を言う。
「ブルロアさんが、カザル殿を評価するなら、俺はそう思う事にする。エイブリル、通信機をくれ。二人に渡しておく」
クローゼに、そう言われたエイブリルの対応は早かった。恐らくそう言うのだろうと、事前に動いていたのだろう。その場で、当然とそれを差し出す。
「はっ、早くないか。ああ、良いけど。取り敢えず、これは、通信用の魔動器。こっちでは魔道具っていうのか。『遠くにいながら会話出来る物』だと言えば分かりやすいか。一応、流動認証付きだから、余計な事は考え無いでほしいが」
とクローゼは続けて、エイブリルに認証設定のやり方から丸投げして、説明をさせていた。
ブルロアとカザルの驚きは増し、クローゼが送って行くと告げ、その準備に入っていく。
当然、クローゼは、どや顔ではあった。
そんな、どや顔返しに至る刻と続きを同じくして、アッシュとキュトラは、東に向かう街道沿いを高速で移動して、街道の分岐らしきまで来ていた。
このまま、東に行けばノルトスヴィア王国の公爵で、大公領の内一つ。南に行く道の先は、ゴルダルード帝国の公で、公王として、独立性の高い諸侯の領地になる。
その場景に、アッシュとキュトラの会話が出た。
「……てすね。勿論、行くのは東です。まあ、南は無かったとはいえませんが」
「ふ~ん。意外と物知りなんだなお前。匂いはあってる」
「試されましたか?」
「いや、素で聞いたよ」
街道の分岐で、馬道の砂を素足で噛む、素のままなアッシュは、キュトラに行く先は当たりを聞いて、意外と、を向けていた。
「まあ、元はこのあたりで、人をやっておりましたので」
「まあ、そうだよな。それより、それ旨いのか」
ここまで、アッシュも全力であった。人目を気にはしたが、東と匂いで、街道に近い山河に草地に森を疾走していた。
それに着いてきたキュトラが「流石に明るい内に、魔力を使うと消耗が……」と言って、時折口にしていた物をアッシュは気になり、旨いのか?と聞いたのだ。
「旨いのかと言われると水なので普通ですね。味も水の味なので。ただ、魔力の含有量というのか、比率が多いので消耗の回復には十分です」
「ああ、あの刺々の湖の水か。アルビダが泳ぐと酔うって言ってたけど。酒じゃなかったのか」
「クロセ様に、あれは神具の化石だと散々自慢されました。ただ、これ程の物なら我ら端の端の袖も?、血を媒体にせず、五体を維持出来るので、それは、甘んじて受けました」
あの湖とは、当然ガーナル平原にある湖だった。ただ、始めに聞いた アッシュは、若干嗅ぐ仕草に「俺も本物見たからな」と入れて西の方を指差した。
「馬車の音がする。追い越したのか?」
「いや、違うかと。目的の者は恐らくこの先の街かその向こう。それよりも、擬態するか、隠れたほうが良いのではありませんか?」
迫られた選択に、アッシュは「隠れる」と決めて、キュトラの動きを誘った。素のままは人狼のアッシュと、見た目は人のキュトラが木々の陰に隠れる。
二人の目には、あからさまに無防備に見える、馬車が一台、東に向かい来ていた。普通なら、いくら街道でも、一台と言うのは考えられない。
その為、二人の視線はその馬車を窺う様子になる。行く先は、その分岐から南を目指していた。そのまま目の前を過ぎる馬車に、アッシュが鼻と目をこらす。
「あっ、あの馬車! 俺を轢きそうになった奴だ」
「確かに、あんな形をしていたようですが」
唐突なアッシュに、キュトラが何と無く同意した。それに、アッシュが突っ込んだ話しをする。
「取り敢えず、捕まえてやるか?」
「えっ、いや、それなら目的とは違うと。それに、そうであれば、目的を追えば追い付くやも。それに、我らの先は違います」
「そうだよな。まあ、あの御者の顔は覚えたし。あっちなら、楯魔王も手は出せるしな。なら、急ごうぜ」
キュトラは、何故か安堵の雰囲気で、アッシュの返事を受けていた。元は商人で、今は当然と扱われるクローゼの従者な彼だが、安寧という点と自身の境遇に憂いを払拭してくれるかも知れないと、期待を持ち現状を受け入れていた。
馬車が過ぎるのを待ち、二人は追跡を続行する。キュトラも容姿は別に、吸血鬼であるのを、アッシュにも示していた。
全力の人狼と幻影が如くの吸血鬼。その様相が大地を駆ける勢いを見せていった……。
クローゼが、カザルとブルロア達を送るだけだと、単身で転位したのに、残された者達にはフリーデの不安だけでなく、微妙な空気が流れていた。
その中で、フリーデの隣に座るジーアが彼女に声を掛ける。
「そんな不安な顔しないで。大丈夫。クローゼ君、あんな風見えても、やる時はやる子だから」
「そうやもな。見た目では分からぬものだ。それよりも、あの者ら……」
「あ~、色々あるの。もうあれなのに、難しいの」
転位型魔動堡塁の中で、無言で立つエイブリルと若干そわそわするテレーゼの様子に、フリーデは違和感を覚えた。それをそのまま口にしていた。
ジーアが「色々」と言ったのは、彼女達の関係の事だ。アッシュがいれば、テレーゼも彼女らしく奔放なままだが、彼に加えクローゼもいないこの場では、些かな雰囲気だった。
理由を述べれば、エイブリルの父親はテレーゼと剣を交えていた。そして、現在天極の地にある。端的にはそう言う事で、彼女達がクローゼに付いているのにも、色々な思惑と情勢が絡んでいた。
そんな事情を知らないフリーデは、自身境遇から、色々を出した。
「人智の者も色々なのか。妾達に薬を盛ったあの店の娘は、それに気付いた妾に、泣きながら『ごめんなさい』と言っていたな……」
「えっ、どういう事」
ジーアの聞き返しに、フリーデは僅かに難しい顔をする。思わず出た事を後悔する風だった。
「ああ、あの下衆な男に聞かされた話だと、『店を続けたければ協力しろ』と言われておったらしい。妾の落ち度だが、優しくしてくれたあの街の……あの娘らにも悪い事をした」
「あ、ええ、その」
困惑のジーアだったが、事の次第で言えば、フリーデは、時折極氷壁の彼地を抜け出し、人智の街に出ていた。
そこは、小さな街ではあったが、その街の市場で、彼女は人の暖かみに触れていた。そのフリーデは、ジーアの表情に気付き、彼女の顔をみる。
「すまぬ。恥ゆえ、言いたくは無かったが。だが、あの下衆で低俗な悪趣味の男だけは、妾自ら八つ裂きにしてやる。それに、人智の民をあの様な不遇に置くなど、最早、統治の力など人には無い、ゆえに――」
「ごめんなさい。酷い事されたのね」
清楚な雰囲気のフリーデに、似合わない言葉に耐えかねたジーアは、思ったまま遮った。それで、エイブリルもテレーゼも厳しい顔になる。
単純に、聞かずにいた事を言ってしまった、という雰囲気だった。
「酷い事? ああ、妾の矜持も気位もこの首輪で既に無い。それ以上の屈辱なら、商品と云われた事か、いや、亜人の趣味は無いと、悪趣味な髑髏の宝石を指先で転がす男に云われた事! 何も妾のほうが、あの下衆――なっ」
今度は、ジーアがクローゼの様に、横からフリーデを抱き締めた。そして、耳元て謝罪と安堵が貸すかな音になっていた。そこに、驚きと落ち着きが出来る。
「人智の者は、抱擁が約束なのか?」
フリーデの言葉に、沈黙と気付きが流れる。既に嗚咽なジーアに、フリーデは言葉の後で困惑する。
「女王陛下。心中は私ごときに察する事はできませんが、一つ申し上げたい事があります」
と、声を上げたのは、テレーゼだった。一瞬、エイブリルの表情に躊躇して、それをおき彼女はフリーデを見ていた。二人の視線は交錯する。
「捕らわれ売られた妾の気持ちなど、分かって。いや、許せ。助けて貰った上に悪態などと。自身で品位を落とすだけだった。構わぬ、聞かせて貰いたい」
それで、テレーゼは綺麗な所作で一礼をする。それを見るエイブリルは、そこに彼女らしさを感じた様に見える。敢えて、彼女がフリーデの言葉に何言うのであれば、捕らわれについてテレーゼには、その心情は『分かる筈』だろう。
「極氷壁の彼地の現状に、些かの御憂慮を。髑髏の者については、恐らく、心痛既に無いものと存じ上げます」
テレーゼは氷壁の女王フリーデに、極氷壁の彼地の守護者不在こそ、クローゼの庇護下にある今、心配すべきだと、そう言っていた。
それに、フリーデ=ノルニル・アルヴルフォルクは、自身を抱き締めるジーアの背に手を当て、姿勢を正していた。




