本流も支流も道義
暴言、脅しに威圧から、予定調和で被せ合いがその場で起こり、クローゼは半笑で、数える程しかない『押し通すの我』の様子を見せる。
「一〇〇〇だ!」
「……一〇五〇」
このあたりで、テレーゼの『君の分だ』を放棄した頷きと、アッシュの出した金貨二枚に「気持ちは貰っとく」のクローゼの声が出ていた。
「なら、一五〇〇に!」
「……一五五〇で」
その勢いで、エイブリルが鉄の腕商会への『手付金』にと、レニエから渡された分を越える。そして、キュトラの「刻んだ方が……」に「うるさい!」が見える。
「じゃあ、二〇〇〇でどうだ!」
「二、二〇五〇……」
『どうだ!』の勢いで、乗って来た転位型魔動堡塁の『もしもの為』を消費したのを見て、エイブリルが、自身の通信用の魔動器に魔力を通していた。
その様子をお構い無しに、クローゼの行く気は止まらない。
「そう来るか。なら三〇〇〇だ。次に乗せてきたら、一〇〇〇〇行くからな――」
クローゼが、勢いに任せて叫ぶのに、暫くの間が出来る。――当然にクローゼは、彼の夫人達三人の誰か、ニコラスが何とかするだろうの勢いだった。
その勢いと、一万枚の言葉に、相手の男の声が止った。
キュトラの話で、相手はノルトスヴィア王国の公爵位の手の者という事だが、流石に、この国の諸侯のレベルでは、年間税収の数パーセントにもなる、金貨の枚数に二の足を踏んだのだろう。
その男も、主君に「いくら使っても、二人共だ」と言われていたが、前日のイスフェアが八〇〇枚だったのを考えれば、仕方ない事だった。
それで、その男は別の言葉を出した。
「そんな枚数、支払える訳が無かろう」
「俺が払うって言ってんだ。お前に、関係あるか」
公爵家と聞いて、俺は辺境伯だ。一万位がなんだ! の意味不明な心意気のクローゼになる。
だだ、単純に勢いだけでなく、最悪なら、自身が多額の出資と商品を流す、ゴルダルードでも勢いのある『暁の冒険者商会』商主のクラーク・ドーンか、ズブズブな、イグラルードで、一番の商会になった『ウォーベック商会』商主のレンナントを引っ張り出す、算段があっての上だった。
今回は明らかに私的だが、私的な意味合いで魔王を、倒した男がクローゼ・ベルグである。大方が人任せだが、決して無能という訳では無く、行く気になった彼はある意味有能だった。
そして、決め打ちするクローゼを見るエイブリルは、こんな感じの彼を止めはしない。
例え、一万が十万になってもだ。それは、彼女が読んだ、歴代の副官が記するクローゼ・ベルグのそれ知っているからになる。
また、行くべきをクローゼが、明確に決めたのなら、彼の夫人達三人でもそうする。
ただ、普段から、クローゼは諫言には素直に従う。魔王級な彼だが、自身が間違っていると気が付けば、ごめんなさいを当然に言う。だから、彼の僅かな思い切りは特別なのである……。
結局、一〇〇〇〇枚の声は聞こえなかった。興奮気味なクローゼをおいて、エイブリルが奔走して、それなりの刻を掛け、結果的に、クローゼの押し通すは完結する。
そして、今現在、森深くの転位型魔動堡塁の中で、イスフィアの女性を囲み、クローゼは、自身のお抱え魔導師ジーア・シップマンに「ごめんなさい」の最中だった。
「もう、あれよ。飛び回るの大変だったんだからね。いきなり、帝国金貨二〇〇〇枚とか、あの子達も呆れてたわ」
「ああ、帰ったら怒られるよ。でも、助かりました。他転位型魔動堡塁の目印持ってきてなかったから、どうしょうかと」
ジーアは、彼女の特有な力と魔動術式の行使による転移魔法でやって来ていた。そして事情を把握したあたりで、若干呆れた風になる。
そして、クローゼからの感謝にやれやれな仕草で、エイブリルに視線をむけた。
「エイブリルちゃんに、感謝しなさいよ。間に合ったのは、彼女が私にって言ったからよ。それはそれで、その人がその……なのね」
そして、彼女が「その」を向けたのは、氷の妖精または、氷のエルフと呼ばれる種族の女性。
フリーデ=ノルニル・アルヴルフォルク。
ジーアが若干歯切れが悪いのは、クローゼも持て余し気味な、彼女の立場による。
人智の人が北壁と呼ぶ、氷壁の女王であり、極氷壁の彼地の守護者。
また、第十一階層の四大精霊の一つ、極氷雪の精霊と契りし、精霊の女王だったからだ。
そんな彼女は、クローゼに申し訳ない様子を見せた。
「先ほどまでの妾の失態、自身で心苦しく思う。それと……下衆な嗜好の不埒で低俗輩などと……。汝を見誤っていた。許せ」
「改めて言われると、流石に誰と比べたのか気になりますが、わかって頂けたなら良いです」
「本当にすまぬ。妾としたことが……」
クローゼは許したようであるが、引渡しからここに連れてくるまで、彼女が付ける服従の首輪の対で、支配の指輪なるをクローゼは、必要以外、その都度外していた。
それでその度に、彼女の優麗な容姿にそぐわない暴言を、クローゼは受けている。それは、エイブリルすら表情を変える程、なかなかの内容ではあった。
ただ、クローゼは、彼女の魔力や精霊との繋がりを封じる古の魔法が刻まれた、首輪形状の魔動具に囚われた事による不安と、商品として扱われできた境遇を考えて、耐えてはいた。
その状況を踏まえて、フリーデが落ち着いたのにクローゼは、突っ込んだ話をする。
「少し落ちかれた様ですね。兎に角、服従の首輪は、彼女だけでは外せ無いそうなので、然るべき処と者で何とかします。そのあと、北壁まではお送り致します」
「それ感謝に堪えぬが、何ゆえ、妾にそこまでしてくれるのじゃ?」
ジーアに促された視線を戻し、真顔で聞き返すフリーデの安堵な雰囲気で、クローゼは僅かに首を鳴らす仕草をした。
――と言うか、その清楚な顔立ちで、その感じはギャップが……。
と、些かな顔付きになりそうなのを、クローゼは引き締め、フリーデの問いに答える。
「お名前もそうですが、私の心残りな女性に瓜二つなのです。ですから、あの様な無体な様子を見過ごせませんでした」
「それだけか?」
クローゼは、フリーデの潤んだ瞳に見つめられ、だけなのかについて考え、それを口にする。
「縁でしょうか 。私は貴女とあの場でお会いした。いいえ、手の中からすり抜けたあの人が、幻かの様に私の目の前出てきたと、私には思えた。そう思って伸ばした、私の短い手はかろうじて貴女に届いた。いや、届く手を持っていたので出したまで。お話出来て嬉しいです」
クローゼの「嬉しい」で、フリーデの潤んだ瞳は溢れた。それは耐えていたものが出たのだろう。そう、クローゼの目には映っていた。その嗚咽に、ジーアの鳴き声が聞こえたあたりで、フリーデがクローゼを見つめる。
「言える立場でないのを……承知で、汝に、頼みが……ある。所望するなら伽でも何でもする。それゆえ、お願いだ。妾が愚かだったゆえ、ラシェルは……。ラシェルを助けてほしい。……人智を見たいなどと言わねば良かった。本当に頼む。妾が与えれるものなら、全て――はっ」
クローゼは、懇願に変わるフリーデを、躊躇無く唐突に抱きしめた。
「なら、対価これで。安心して下さい。私が。このクローゼ・ベルグが、ヴァンダリアの名に掛けて、フリーデ様の願いを叶えて差し上げます」
あまりにも自然に、そうされたフリーデは、そのままクローゼの胸板に頬を寄せた。些かな安寧に身を委ねるフリーデの雰囲気を受けたまま、クローゼは行動を起こす。
「エイブリル、外の二人を呼んでくれ」
ヴァンダリアの名は、分家の家名になった彼らにとっても、特別だった。いまだ、成人男子でヴァンダリアを冠する者は、クローゼだけである。
それゆえ、クローゼだけで無く、また、ヴァンガーナルの家名家門のみならず、その名を出す刻は、全力で成し遂げるの意味合いが強かった。
当然と呼ばれた、アッシュとキュトラがフリーデを抱きしめたままのクローゼの側にたった。
「シャケ。イスフェアは、男女と言ったな。もう人は誰が連れて行ったか調べろ」
「あの競った者かと」
「間違いないのか?」
「はい」
振り向きもしないまま、クローゼが出した問いに、キュトラは即答する。その躊躇の無さにクローゼは詮索を流し、続けて先を問う。
「なら、まだこの街にいるな」
「いいえ。恐らく、本命は男の方だと。それ故、既に所領に向かったと思います」
「男が、本命?」
「その嗜好ゆえ、毎回その様にしていたので」
キュトラの答えに、クローゼは震えるフリーデを感じ、微かに肩を揺らす。
――嗜好か。人それぞれだけどな。比べられるのは、流石気分が〇い。
と、気分の問題だと、その先の手をクローゼはだしていく。
「よし、アッシュ、俺の大型の目印を渡す、シャケと一緒に追え。見つけたたらエイブリルに連絡をしろ、俺も後から転位。まあ、街道沿いだろうから、あっ、そうか……。フリーデ様。少し失礼を致します。アッシュ、嗅げ」
「えっ、あ、嗅ぐ?」
アッシュの動揺と、フリーデの見上げ様子が重なる。それを言葉足らずだったとクローゼがフリーデに向け続けた。
「あ、方向は分かるのですが、特定が。それで、イスフェアの……あの、彼は鼻が、その――」
「良い。何でもすると妾は言ったな。アッシュとやら、こい」
そうフリーデは言って、クローゼから離れ、両手をアッシュに拡げて見せた。『困惑』とアッシュの顔には書いてあるように、彼は混乱でわなわなしていた。
それに、フリーデは催促をする。
「どうした! 妾の為に、足労してくれるのじゃろう。ゆえなら、対価も込みじゃ」
清楚な雰囲気とは違う様子に、周りも微妙な雰囲気になる。ただ、アッシュは少し違った。
綺麗な所作で、拡げ受け入れるままな、フリーデの前に彼は片膝を付いた。そして、顎を引き床に話し掛ける。
「あ、頭を撫でてください。そう、してもらっていたように。あ、いいえ、もう覚えました。あ、大丈夫で――はっ」
「これで良いか」
恐らく、フリーデはクローゼに会った事は幸運だったのだろう。そして、クローゼとアッシュもそうなのだった。
アッシュは暫くそれを堪能して、クローゼの「全力で構わない。そのまま行けるなら助けろ」を受けて、キュトラに「行くぞ」と声を掛け、飛び出した。
去り行く二人を見送くる者達もそれぞれの表情をしていた。




