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第三話 北島家 其の二 独りぼっちに

 お袋の話によると、

 小野寺家は俺達三人が此処に来る三年位前に向かいに住み始めたそうだ。

 彩夏が小学校に入るちょっと前の事だった様だ。


 その時はまだ両親と彩夏の三人家族だったそうだ。

 後で判ったのだが、母親は継母だと言う事だった。


 しかし、彩夏が小学二年のある日、悲劇が起った。

 父親が足場から転落して他界したそうだ。

 なんでも父親は建築関係の小さな会社を経営していて、現場での事故だったらしい。


 それからお向かいさんは、彩夏と継母と二人暮らしだそうだ。

 彩夏にとって辛くて寂しい時にうちの家族が直ぐ近くに表れて、何より史絵の存在が彩夏を救った様だ。

 それ以上の詳しい系図は聞いていない。





 子供達は順調に成長して、史絵は中学生になって彩夏は六年生だ。

 史絵はバドミントン部に入って勉強と部活で忙しかった。

 それでも彩夏の心の支えは史絵だった。 

 史絵は、忙しい中でもよく彩夏の家庭教師的な事とか、乙女の悩みとかの相談相手になっていた。

 彩夏の母が継母だというのも史絵からの情報だった。


 俺達夫婦も、超が付くほど仲良しだった。

 史絵がよく、妹はいるけど弟が欲しいと言っていた。

 言われるまでもなく、史絵に見られないように気を付けて、毎晩の様に妊活も兼ねて愛し合ったが、三年位経っても中々授からなかった。


 紗枝には問題ないと思い、俺だけ医療機関で診察を受けた。

 やはり精子の数が少ない方の部類だったが、可能性は全く無いわけではないと言われた。


 でも、俺には史絵が居るだけで十分だった。

 史絵が可愛くて、可愛くて仕方がなかった。

 両親には後継ぎを造る事が出来そうもなくて申し訳なかった。




 史絵は中学三年に成っていた。進学の事で悩んでいた。

 部活を頑張った成果で、いや才能もあったと思うが、三年の時の大会ではシングル部門で全道大会で優勝して、全国大会でも、準優勝の成績だった。


 当然の様に、幾つかの私立高校からスポーツ特待生の勧誘が来た。

 地元の私立は、野球部位しかスポ特を集めていないので、誘いは無かった。

 本人は近所の道立高校へ進学する事に決めていた矢先の誘いだった。


 史絵は、

「私、パパとママが大好きなの、この家も、彩夏も大好き。それとおじいちゃんとおばあちゃんも、だから此処を離れたくないし離れて暮らしたくない」

「でも、バドミントンも大好き、勧誘のあった高校の中でも、札幌の○○高校の有名なコーチの指導も受けてみたいし、どうしよう?」


 人生最初の分岐点に来たみたいだ。

 

 俺は言った

「パパやママも史絵は大好きだよ、いつでも一緒に居たいさ。どこの高校へ行っても良いけど、只、後で後悔することが無いように選びなさい」

「たとえ札幌の高校を選んだとしても、パパやママは寂しいけど、たまには会えるし、スマホで顔を見ながら話も出来るし、それより史絵が後悔しない道を選びなさい」


 おれの言葉が決め手になったかは分からないが、史絵は札幌の高校へ進学した。

 寮じゃ可哀そうだからと、大学の同期の友達の祖父母の家が高校の近くに有ったのを思い出して下宿をお願いした。

 広い家に老夫婦だけだから『大歓迎だよと』受け入れてもらった。


 決まった後、一気に寂しさが沸き出た。





 史絵が札幌へ出発する半月程前、親父が入院した。


「そういえば、親父最近よく言っていたよな『疲れた!』と」

「以前から見たら、ちょっと痩せたなぁ」

 妻とそんな会話をしていたら、毎日バスで父の待つ病院へ通っていたお袋が青い顔をして病院から帰ってきた。


「膵臓癌だって」「検査したら、もう末期だって」「あと、もって、にか...」

 言い終わらないうちに妻にかぶさり泣き崩れた。

 本当に二か月で帰らぬ人になった。


 病状が判ってからも、お袋は親父の前では気丈に振舞っていた。

 女性の強さを犇々(まざまざ)と見せつけられた。

 もしそういう時が俺にも来たら、我が妻もそうなるだろうなぁと思った。


 そして二年が過ぎた。

 お袋が急に他界した。

 風邪を拗らせて大事を執って入院したのだが、そのまま肺炎になって天国へ逝ってしまった。


 続けて両親を失って失意の底の俺に変わって、妻はしっかりしていた。

「私まで弱っていたらちゃんと送れないでしょ」と言って式を取り仕切っていた。


 俺は心の中で、妻に感謝した。


 それが今年の正月の事でした。


 まさか、同じ年に妻も、とは、その時は思いもしなかった。





 お袋の初盆も終わった八月の末、それは全くの突然だった。


 会社に警察と名乗る人から電話が来た。

「もしもし、北島さんですか」


「はいそうです」


「北島紗枝さんは奥様で間違いないでしょうか」


「はい、間違いないです」


「実は奥様が こうつうじ…………….




 何を言っているのかよく分からない…………俺の頭は混乱した。

 何か病院の名前を言っているのは微かに聞き取れた。

 俺の手から受話器が落ちた。


 そのままタクシーで言われた病院へ向かった。

 とても、車を運転出来る状態では無かった。


 タクシーの中から札幌の学校に居る娘に電話した。

 授業中だったようだが繋がった。

 直ぐタクシーを拾って高速道路で病院に来るように伝えた。

 娘はかなり散り乱していた。



 ダンプカーの脇見運転に妻の運転する軽自動車が犠牲になった、妻も一緒に。



 娘は、俺から一時間半遅れて着いた。

 学校の先生が自分の車で高速飛ばしてくれたそうだ。

 先生の車の中から何回も俺に電話したそうだが、俺は気が付かなかった。



 妻の前で、二人抱き合って何時間も泣いていたみたいだ。



 全部終わって、史絵は暫く俺の傍に居たが、札幌へ帰って行った。

 やはり元気が無かった。

 俺は、娘よりも腑抜けに成っていた。




 俺は、それから間もなく会社に復帰したのだが、会社はとんでもない事に成っていた。


 俺の部下の一緒に経理をしている娘が、お袋が亡くなって俺が休んでいる隙に帳簿を胡麻化して横領して、それがバレなかったので、味をしめて、今回またやった。

 俺が出社して直ぐ気付いた。

 額にして一千万位だったが、最近業績が(かんば)しくなかった会社はそれが引き金になって倒産した。

 女は恐ろしい、ホスト狂いで全部使ったそうだ。




 そうしているうち季節だけが過ぎて行った。

 辛かった今年ももう終わろうとしている。

 少し前に降った初雪がそのまま根雪に成ろうとしていた。


 俺は雪が解けたら、親父の残した土地と今の家を手放そうと思った。

 妻との思い出があり過ぎて辛いし、娘の了解ももらえた。

 その前に新しく住むマンションを手に入れた。

 娘が冬休みで帰省してくる前にマンションに住める様にと、此の前から引っ越しの準備を始めていた。




 そして今日、22時半頃、


「ピンポーン」


 インターホンが鳴った。


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