表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/23

第一話 助けてください

 冬の便りの白い妖精たちも横殴りに降りてくると、もはやそれは妖精ではない。

 時には視界を遮る悪魔と化す。


 作業の手を止めてコーヒーカップを片手にカーテン少しずらし、その隙間から窓の外を見る。

 さっきまで居た悪魔は、妖精へと変身していた。


「明日は晴れるかなぁ」

 と、誰もいない空間に話し掛ける。

 少し空しさが漂い出したので、又作業に戻る。



 暫く作業を続けていると、玄関の外側の戸が勢いよく開く音がした。

 誰かが玄関フードに入った様だ。


「ピンポーン」


 それからインターホンを押すまでの時間が早かった。

 俺は荷造りの手を止め、荷造り方の動画を先まで見ていた手元のスマホの時計に目を移した。

 時刻は22時半過ぎを指していた。


『今頃誰なんだ、こっちは忙しいのに』と(おもむろ)にモニターに目を向ける。


 そこに映っていたのは、何かに(おび)えているような表情をした少女だった。

 同時に俺の記憶の底から、懐かしい人物の顔がよぎった。


「はい、どちらさんですか?」


「あのー、向かいの家の()()()です、入れて下さい」、

 その少女は早口で捲し立てた。


 やはり脅えているような言葉使いだった。

 状況からみて、普通じゃない事を察し、玄関ドアを解除して彩夏を玄関に入れた。

 そして俺の前に少女が立った。


 体が震えているのは、冬だというのに上着を羽織っていないだけでは無い様だ。

 それと、瞼と言うより顔全体が濡れているのは降りしきる雪の中を歩いて、いや走って来ただけでも無い様だ。


 俺には何かから逃げて来たように見えた。


 (むかい)の家の一人娘、小野寺彩夏(おのでらあやか)で間違いなかった。


 三年前迄は、毎日の様に我が家に入り浸っていた娘だったので少し成長したからといっても面影と整合した。


「どうしたの、彩夏ちゃん、こんな遅くに」

 肩が幾分震えている彩夏に尋ねた


「――あのー、助けてください」

(かくま)ってください」

「泊めてください」

 最初の言葉が出たら、続けざまに三段活用が彩夏の口から発せられた。


 その後、何かが決壊したようにその場に泣き崩れた


「執り合えず話聞くから、上がって」

 そう言って、小刻みに震える彩夏の肩を抱き居間のソファーに座らせた。


 三年ぶりに見る彩夏の躰を、もう一人の俺が違う目で見たのは恥ずべきだ。


「これでも飲んで温まって、それから落ち着いてね」

 と言って俺は、インスタントではあるがお気に入りのワカメスープの入ったマグカップを彩夏の前のテーブルに差し出した。


 暫く無言だったが、ゆっくりスープを飲みながら、少しずつ口を開いた。





 彩夏の話によると、


 一年位前から継母に男が出来て、家に出入りする様になって、最初の頃はごく(たま)に泊る程度だったが、その回数が段々多くなってきて遂に最近になって転がり込んできたそうだ。


 その男は、継母の目の届かない所で彩夏を見る目が嫌らしく、まさに獲物を見る獣の目つきの様に見えた様だ。


 彩夏は危険を感じ、男が泊まるようになってからホームセンターで調達した鍵を自分の部屋に苦労して取り付けたそうだ。


 そして今日、いつもの様に夕方に継母が飲みに出かけた。

 いつもは男と一緒に行くのだが、その男は風邪気味とか理由を付けて行かなかった。


 危険を感じた彩夏だったが、継母が外出すると直ぐ自分の部屋に入って期末テスト対策の勉強を始めた。

 勿論内側から鍵を掛る事を忘れずに。




 そして二十二時過ぎ、男によって犯行は決行された。


 男は彩夏の部屋の鍵の事は分かっていたらしい。

 男の方便で、ガス漏れを装って部屋から(おび)き出された。

 ガス漏れアラームによく似た警報音をスマホで鳴らしたみたいだ。


 慌てた彩夏が居間に戻ったら、男に襲い掛かかられ、ソファーに押し倒されるまでの時間は瞬時だった様だ。

 最大限の抵抗はしたが、男の力には歯が立たなかった。

 トレーナーを捲し上げられ胸を揉まれ、デニムパンツに手が掛かり下着共々下ろされ始めた時、彩夏の右手に何か硬いものが触れた。


 継母の愛用のクリスタルガラス製の灰皿だった。

 彩夏は偶然それを(つか)めて反撃出来たそうだ。


 その灰皿で頭を攻撃すれば、刑事ドラマでよく見る殺人事件の凶器にもなる位の物だったそうだ。

 だが殺人事件には程遠く、手,足,肩,腹,背等の打撲くらいにしてやったと言っていた。


 男が痛がって(うずくま)っている間に外へ逃げ出したそうだ。



 そして1Km先にある交番の方向へ走り出したが、薄着で寒すぎるのと自分は怪我が無くて、逆に男の方に怪我が有るかもと頭に(よぎ)ったのと、継母は完全に彩夏の味方にはなってくれない場合もあるとも思ったそうだ。

 更にスマホも所持していなくて、誰にも救助要請の連絡をする事が出来ず、来た道を引き返しながら考えたそうだ。


『家には危険すぎて帰れない』


 その時思い出したのは、最近は来てないが3年前まで自分の家の様に慣れ親しんだ我が家であったらしい。

 そしてチャイムを押したそうだ。


 ここまでが彩夏の話である。




 俺は、

「後の事は明日以降にしよう。力に成れる事が有れば協力するから」

 と言って入浴と睡眠を薦めた。


 そして引っ越しの為の整理で、廃棄処分に振り分けたポリ袋から洗濯済みの娘のパジャマと先程梱包した段ボールを開け新品のバスタオルとセットで渡した。


「これ、娘の使っていたパジャマだけど、洗濯しているからね、今日はこれで我慢してね。それとこれバスタオル、部屋は二階の娘の部屋を使って」


「あっ懐かしいぃ!お姉ちゃんのパジャマだ」

「お姉ちゃんの部屋もそのまま?」


 娘の話題で少し気が紛れたのか、彩夏にとって慣れ親しい浴室へと向かった。



『はてさて、これからどうしたものかな』


 と心の中でつぶやいた。


 そしてこれから()()が始まる。


 そんな気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ