第三十九話 乾坤一擲(けんこんいってき)
「――『放出』っ!」
ノラの掌から勢いよく飛び出した氷塊は、無数の蔓を擦り抜け大木に扮した岩の魔物に直撃――乾いた音を立て粉微塵に砕け散る。
だが、砕けたのは氷だけではない。
『ガ……ガァァァっ!』
氷が衝突した身体の一部が抉れ、岩石の魔物が戸惑ったような絶叫を上げる。その様子から見て、ノラの一撃は予想以上に効いているようだ。
「――ノラ……お前、何をした?」
隣に立つノラを呆気にとられた表情で見下ろすキャルロイ。あまりにも近くに立っていた彼には、おそらくノラが何を掌から射出したのか見えなかったのだろう。
「言っただろ? 俺だってそれなりに戦えんだよ。って、うおっ?」
キャルロイの驚きように、胸を張って鼻を高くしたノラ。そんなノラの傍まで怒り狂った魔物の蔓が迫り、慌てて後退する。
試してはいないが生きている魔物の身体と繋がっている蔓だ。おそらく『吸収』は使えまい。
「……ふっ。本当に奇妙な奴だな、お前は」
一転してノラの狼狽ぶりに何とも言えない表情で鼻を鳴らしたキャルロイは、迫っていた蔓を一気に燃やし尽くす。
「いまだっ! 『放出』っ!」
『ギャァァァっ!』
そしてその瞬間を狙い、無防備となった魔物にノラの放った氷が激突して身体を穿つ。先ほどよりも大きな氷塊は、そのぶん魔物へ強いダメージを与えたようだ。
「ノラ嬢、掌から出してるのは氷か? それも『起動呪文』のみの無詠唱でこの威力……これほどの魔法使いが在野とは信じられん。だが――」
ノラの意外性に驚きを露にしたグレイスは、一拍の間を置いてニヤリと軽薄そうな笑みを浮かべる。
「だが、これで光明が見えたな。ノラ嬢は大元の攻撃に専念してくれ。キャルロイはノラ嬢を蔓から死守しろ」
「言われなくてもやっているっ!」
この中でもっとも危険であると認めたのか、魔物の蔓による攻撃はすでにノラだけに狙いを定めていた。
一度に二、三十本ほどの蔓が様々な角度からノラへ迫り、その尽くの処理に追われてキャルロイも必死である。
しかしそのおかげで、熱風に煽られながらも攻撃に集中することができたノラは、鍛錬の成果を生かして次々と魔物の身体を穿っていく。
『グギュ……ガァ、ガァァァァっ!』
自分の身体が少しずつ砕け散っていく様に惑い、怒り狂うように雄叫びを上げる岩石の魔物。
そして何を思ったか、蔓で自分自身の身体を切り裂いた。
「なんだ、あいつ? 自分の身体を傷つけたぞ?」
その光景に呆気にとられ、首を傾げてしまうノラ。そんなノラに向けて、魔物は切り裂いた自分の一部を巻きつけた蔓を振りかぶる。
(まるで投石装置みたいだなぁ……)
そんな呑気な考えを一瞬だけ思い浮かべたノラの傍に、充分にしならせた蔓から放たれた魔物の一部――つまりそれなりに大きな岩が突き刺さった。
「――へっ?」
足元の床に突き刺さる岩を見やり、ノラの全身に鳥肌が立つ。
(……『まるで投石装置』? 冗談じゃない、これは投石装置そのものだ――)
「く、くそっ! 『放出』っ!」
再び魔物から放たれた岩を、掌から射出した氷で迎え撃つ。
岩石と氷塊は空中で衝突し、互いに相殺し合って砕け散った。相討てたのは、威力や硬さはあちらが上だが、速度と大きさで上回ったおかげだろう。
仮に速度と大きさが同じであれば、魔物の岩を止められなかったかもしれない。
「……不味いな」
ノラは新たな攻撃手段を用いてきた魔物に対する警戒と、『吸収』によりストックしてある氷塊の心許なさに呟いた。
意識してみれば正確にその数が分かるのだが、どうやら残り二つ――つまり氷を放てるのはあと二回だけだ。
顔を強張らせたノラの心情が伝わったのか、グレイスが眉根を寄せて首を傾げる。
「どうしたノラ嬢? まさか、魔力切れか?」
「えっ? あ、ああ……どうやらあと二回ほどで打ち止めだ」
実際のところは『魔力切れ』ではなく『弾切れ』なのだが、この際どちらでも同じだ。軽く首肯して打つ手を考える。
(どうすればいい? どうすれば……)
考えるノラなどお構いなしに、目の前の再び魔物は自分の身体を切り取って投石準備に入る。
「ちっ! 奴の身体を使った攻撃なら、私の炎も無意味だな。奴の投石は蔓ほどの射程はない。退けば逃げ切れるはずだ」
「だから意地張るんじゃねぇっ! ここまで来て、簡単に『退く』なんて言ってんなよっ!」
撤退を提案したキャルロイに怒鳴りつけ、ノラは魔物から放たれた岩を氷塊をぶつけて防ぐ。
残っている氷のストックは一つ――万事休すだ。
額に汗を浮かべながら眉根を寄せるノラに疑問を抱いたように、キャルロイが目を細めて窺って来る。
「意地を張っているのはどちらだ。何故、そこまで隠し部屋に拘る? そんなに宝が欲しいのか?」
「……ちげぇーよ」
ノラはそのキャルロイの問いに、魔物へ掌を翳したまま首を横に振った。
「……いや。それもあるけど、それだけじゃねぇ。どんな理由であれ――どんな奴であれ、家族のために何かしてやりたいってのは立派なことだ。俺はただ、それに手を貸したくなっただけさ」
ノラにも自分以上に大切な妹がいる。そして自分たち家族のために、危険を顧みず迷宮に挑み続けた父を知っている。
だからこそ、祖母のためにここまで赴いたキャルロイの頑張りをできる限り無駄にしたくはなかったのだ。
「…………」
何も言わないキャルロイを背に置き、ノラは最後の氷弾をもって魔物の一部を砕く。残しておいたかなり大きめの氷塊ではあったが、それでも魔物を倒すには至らなかった。
(やっぱり駄目か。なら――賭けてみるしかないな)
覚悟を決めたノラは、キャルロイやグレイスから五歩ほどの距離を空けて前に立つ。そんなノラに、背後の二人が訝しむような気配があった。
「おい、何をする気だ? もう、魔力は尽きたはずだろう?」
「……奥の手を使う。失敗したら、悪いけどその時はやっぱり逃げてくれ」
「なに言って――」
「いけ好かない奴だとも思ったけど、初めて会った貴族や王族があんたたちで良かったよ」
「――っ」
まるで遺言のようなノラの言葉に、キャルロイが再び絶句する。
けれど別に、ノラに死ぬつもりなどない。妹のラミナのためにも、こんなところで死ねるはずがない。
ただ単に、いま言っておくべきだと思っただけだ。
悠長にノラたちが話している間、敵は何もせず静観していたわけではない。
自傷とノラの氷塊によって、身体の三分の一ほどまでに削れていた魔物。しかしそれでも、業を煮やしたのかさらに残っていた身体の半分を一気に切り裂き蔓を巻きつける。
特大の投石を行い、これで全てを終わらせるつもりなのだ。
「――へっ、上等だぜっ!」
震える足で、冷汗を背中に伝わらせながら揺れる声を出し、それでもノラはさらに一歩前に出た。
ゴブリンを前に、逃げ惑うことしかできなかった以前とは違う。
今は戦う力が、目の前の魔物に勝てるはずの力があるのだ。それを試さずに退くなんて、男では――いや――。
(――俺じゃねぇ!)
「ノラっ!」
キャルロイの案ずるような声が響くのと同時、充分にしならせた魔物の触手から特大の岩石が放たれる。
それに対しノラは、まるで掌底を浴びせるかのようにして右掌を突き出した。
ノラの生身の掌に、唸りを上げて迫る巨石を跳ね返す力などない。激突すれば最後、当然ながらノラの身体ごと押し潰されるこになるだろう。
「――『吸収』っ!」
だからノラは、眼を逸らすことなく掌を突き出しながら得た力を信じて使う。
生きている魔物と繋がっている触手は無理でも、完全に切り離された岩の方であれば『吸収』できるはずだと賭けたのだ。
果たしてその賭けは、一瞬にして巨石が消え失せたことでどちらが勝ったのかを明白にさせる。が、ノラはほとんど同時に左掌を右手と同じように翳し、再び巨石を出現させた。
その間は刹那にも満たない。ノラ以外の者にはきっと、魔物が放った岩が消えたことすら確証を持てなかっただろう。
あるいは目の錯覚であると思われたかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
「『放出』っ!」
ただ早く、相手が反応する間もないほどの早さで巨石を左掌から『放出』した。
少しご意見いただけたので、他サイトにもお試しで投稿してみたいと思います。
けれどその前に、悪あがきでタイトルとあらすじをいじってみました。
またいじくったらすみません。




