第十三話 自縄自縛
ラミナの出してくれた朝食を食べ終えたノラは、さっそく出掛けることにした。
アデルと待ち合わせた十時には、まだいくらも早い。せっかくなので昨日ゴブリンやオーガを倒して手に入れた素材を換金することにしたのだ。
「お兄ちゃん、まさかその恰好のままずっといるつもりじゃないよね?」
「え? あ、だ、駄目か?」
「駄目っ! せっかく可愛くなったのに」
家を出る際、ラミナに細めた眼で見られたノラは、慌てて自分の恰好を確認した。
昨日同様、今の身体には大きすぎるゆったりとした平服を、絞ったり捲ったりして無理やり合わせた形だ。
当然、不格好なことこの上ない。
「だけど、家にこの身体にあう服なんてないだろう?」
「うーん、そうだけど……」
ラミナの服も、今のノラには大きすぎる。かといってラミナの服に「お古」なんてものは存在しない。
彼女の服は、継ぎ足したり補修したりして小さな頃からずっと使い続けているのだ。ノラの身体に合うサイズのまま残されている服はない。
「私の服、ちょっと丈を詰めようかな」
「い、いいよ、そこまでしなくともっ。素材の換金がてら、安いのがないか見てくるっ」
ラミナなら本当にしかねないので、ノラは慌てて制止し家を出た。
妹のお古など兄として冗談ではないし、ラミナの大切な服を貰うなんてしたくもない。
「けど、服はどうにかしないとな……」
家を出て、近所を歩いているだけで周囲の視線が突き刺さってくるのを感じる。
あまり人のいない通りだが、通る人のほとんど――いや、一人残らずノラに視線を向けてくるのが分かった。
これだけの美少女だ。わからないでもないし、その美少女が男物の服で奇妙な着こなしをしていれば、誰だって注目してしまうだろう。ノラだってきっと見てしまう。
(お、落ち着かないなぁ……うーん。換金額しだいで、本当に安い服でも仕入れるか)
本来であれば、自分の服を買うよりもラミナのために買ってやりたいが、この状況ではそうも言ってられない。
とりあえず一着でも買っておいて使い倒せばいいのだ――ノラはそんな風に自分を納得させた。
「そういえば、換金できそうな素材はなにがあったかな?」
昨日、ノラが倒したのはゴブリンとオーガだ。そして『吸収』によってゴブリン一体と、彼らが武器にしていた棍棒が三つ。さらにオーガの金棒が一本と、オーガの身体を丸ごと一つ吸い込んでいる。
一体それだけの質量が、ノラのどこに収納されているのかはまったくの謎だ。ただ、それらをどのように『放出』すればいいのか感覚としてわかる。
もちろん、今すぐそれぞれを分けて取り出すことも、まとめて『放出』することも可能ではある。しかしさすがに、迷宮からゴブリンやオーガを解体や素材の剥ぎ取りもせずに丸ごと持ってきたというのは不自然だ。
これらはそのままの状態では換金できまい。
(うーん。換金するのは棍棒二本と金棒だけでいいかな?)
棍棒は三本あるが、元々ノラが使っていたものは『峻厳の迷宮』で失くしてしまったので、その中の一本は代わりというわけだ。『吸収』と『放出』の力を得た現状、棍棒を使う必要があるかは疑問ではあるが念のためである。
何より今のノラには、武器を持たずに丸腰で探求をしようなどという勇気はない。精神安静上、間違いなく必要だった。
「とりあえず、換金屋に行くか……」
一通りの考えをまとめたノラは、ゼルラ市の大通りへと向かい探求者専用である換金屋へと赴いた。探求者しか利用はできないがギルドにほど近く、素材や宝石類の査定、さらにそれらを相場よりも割増しで買い取ってくれるのだ。
いつも持ち込むのは低級の素材ではあるが、当然のようにノラも普段から利用している。
「よぉ、親父さん」
「……あん?」
換金屋の扉を開けて中に入り、奥のカウンターで暇そうに雑誌を読んでいた男に声を掛ける。
馴染みである中年の店主は面倒くさそうに雑誌から顔を上げ、呆気にとられたような顔をした。そしてノラとはまるで初対面かのように首を傾げる。
「……お嬢ちゃんが、この店に何の用だ?」
「へっ? あ、そうか……」
いや、実際に初対面みたいなものだ。この姿のノラでは、換金屋の店主にはどれだけ見られたって気付かれないに違いない。
(どうしよう……俺がノラだってバレるのは恥ずかしいな……)
いくら『変異の匣』を開けたのが理由だからと言って、さすがに換金屋の店主に性別が変わったことを打ち明ける決意など咄嗟にはできなかった。
思わず言葉が詰まったノラに、店主が胡乱げな視線を向けてくる。
「もしかして、新入りの探求者か? それとも単なる冷やかしか?」
「あ、いや……そう、新入りの探求者だ。素材を持ってきた、見てくれ」
「ふーん?」
思わず嘘をついてしまったノラに対し、店主は半信半疑の面持ちながらも、掌を広げて差し出してきた。
「新入りの探求者なら知らないかもしれないが、まずは『探求許可証』を提示して身分を証明してくれ。言っておくが、これは必ず毎回だ。たとえ常連であっても、いつ探求資格を無くしたっておかしくはないからな」
「あ、ああ」
ノラが初めて訪れた際にも、店主は同じようなことを言っていたので、おそらくは新入りに対して必ず伝えているのだろう。
頷きながら『探求許可証』を取り出そうとしたノラは、すんでのところで思いとどまる。
(……待てよ? ここで『探求許可証』を見せたら、俺がノラだってバレちまうじゃねぇーかっ!)
そのことに遅まきながら思い至り、ノラは硬直してしまった。
『探求許可証』には、名前は当然として許可証を発行したギルド支部名、探求者登録番号や生年月日等が記載されている。わずかに見せる程度であれば問題ないが、細部まで確認されればノラだと完全にバレてしまう。
そして店主はノラの許可証をしっかりと検めるだろう。そしてその見覚えのある内容から、間違いなくノラであることが分かってしまうのだ。
(正直に話すか? いや、一旦嘘をついてしまったし、言いにくいなぁ……)
「うん? どうした? 早く見せてくれ」
「えっ……と。その、忘れてきたみたいで……ま、また出直してくるっ」
「そうかい……じゃあ、許可証が見つかったらまた来てくれや」
少し呆れた顔つきになった店主から逃げるように換金屋を出て、ノアは店の前でしばらく呆然とする。
(ど、どうしよう。このままじゃ俺、換金できない……)
これでは自分の服を買うどころか、明日の生活さえままならない。小さな恥を惜しんで見栄を張ったばっかりに、ノラは思いもよらない苦境に立たされることとなった。
(と、とにかくっ! 利用したことないけど素材屋にも行ってみよう。それで上手くいかなければ、ちゃんと親父さんにわけを話そうっ)
俯いていた顔を上げ判断を下すと、ノラは換金屋の前から離れた。正直、かなり後ろ髪の引かれる想いではあったのは言うまでもない。




