本音
思いついたものをささささーと書き綴っただけのものです。暇つぶしにすらならないかもしれません。
あんたなんか死ねばよかったのに
私の親友が私にそう吐き捨てた。いや性格には私が勝手親友だと思い込んでいただけなのかもしれない。吐き捨てた時の彼女の目には心からの憎悪が隠されもせずに佇んでいた。
私はその瞬間、周りの音が聞こえなくなった。
この状況を見て慌てていた教師たちの声も、面白がっていた男子たちの声も、ヒソヒソとした笑い声までもが聞こえなくなった。
その代わり、余計な音が聞こえない言葉たちが頭の中に響いてきた。
嫌な感触。例えるならじわじわと逃げ場をなくされているような、焦りと恐怖。そして不安。言葉の暴力。
いつもは隠された言葉の裏側。
言葉にするのが難しくても私には分かってしまった。
ああ、これが、
これが本心なんだって。
そうわかったと同時に私の心は閉じてしまった。本心で傷つくのなら、感情をなくしてしまえばいい。簡単なことだった。
そんなふうに心に鍵をかけて3年がたった。私はいつの間にか高校3年生になっていた。高校3年生。それはまた受験に追われて心に余裕がなくなり始める時期だ。今思えば私の心に鍵がかかったあの出来事も、高校受験真っ只中のことだった気がする。今ならしょうがないのかもしれないと、落ち着いて客観的に分析することが出来るが後の祭りだ。どんなに反省したってこんな厄介なことになってしまったあとなのだから。
3年もかければこの生活のだいたいの対処法が分かってきた。相手からの何らかの興味、関わりを断ち切れば本心は見えないということだ。初めは1人になることに戸惑ったが、どんなに仲が良くても本心では蔑まれていた。それが怖くて距離を取れば私に対する興味が薄まる。心の言葉が聞こえなくなった。
つまりだ。それが意味することは、私は今、高校で一人ぼっちというわけである。花の女子高生が、だ。なんだか残念な気もしなくもないが、それより傷つくのが怖いのでとっくに諦めている。
そんなふうに周りから距離を取って過ごしていた私に、なんの遠慮もなくズカズカと入り込んでくる奴がいる。転校生の優だ。苗字は忘れた。
「おはよう!」
私の学校での一日は彼の挨拶から始まる。私はそれにコクリと頷くだけて済ます。それでも彼は嫌な顔一つしないで、むしろニカッと満面の笑みで私を見る。そんな顔しないで欲しい。
「今日のお弁当は何?」
彼は毎日私と昼ごはんを食べる。何も反応を返せない。私なんかと一緒で何が楽しいんだか。私が終始無言で口をもぐもぐさせるのに対して、彼の口からは「昨日はこんな事があったー」とか「また母さんに怒られたー」とか彼の日常の愚痴が次々に溢れ出す。結局私が食べ終わって相槌をうって、チャイムがなって、彼は慌てて残っている分を口のなかにかき込む。
私は彼が怖い。他の人には必ずある心の声が、全く聞こえないからだ。いつもニコニコしているから、心の中もお花畑なんだろうと思って嫌がらせで1回覗いたことがあるが、いくら視ても、聞いても彼の心の声は真っ白でないもなかった。それが私にとっては異常で恐ろしいことだった。
「そのゴミ重そうだね」
掃除当番で押し付けられたゴミを1人で運んでいると、また彼が声をかけてきた。帰るところだったのか、リュックをしょっていた。ちょっと子供っぽい恐竜のワッペンがついた大きいリュックだ。
「私の仕事だから」
それだけ答えて進もうとすると、ひょいと3つあったうちのふたつを持ってかれる。
「これなら仕事してることになるだろ?」
ニカッと笑うと、私よりも先にずんずん先に行ってしまう。私も後を追う。
「凄いよな、こういうことちゃんとやってて。」
しばらく無言で歩いて、彼がぽつりと言う。
「そんなことないよ」
「いや凄いことだよ」
私にとってはこれが日常だと思ってすぐ否定したが、これにもすぐ否定が返ってきた。前を向いていた彼の目が真っ直ぐ私の目を貫いた。やっぱり心の声は聞こえない。これは嘘なのか。本当なのか。
それが知りたくてじっと目を見つめていると、不意にそらされて、
「お、お腹すいたな!!」
と、彼は言った。その時、私の耳に微かだけど彼の別の言葉が聞こえた。あ、これ心の声か、と気が付くまで少しかかってしまった。
顔、ちっか…/////
初めての彼の本音。ほんとに小さかったけど確かに聞こえた。初めて聞こえた彼の本音に呆然としていると、すぐに彼はゴミを持って進み出した。が、すぐになにかに躓いてコケた。
「いってててて。」
その言葉と重なって、なにこれかっこわる、といっている彼の本音。
コケて擦りむいたのか膝から血が出ていた。
「大丈夫?」
私がそう聞くと首をブンブン振って
「大丈夫大丈夫!」
と、ものすごく否定してきたが、ちは止まらない。
「ちょっと見せて」
彼の足元に屈むと私は持っていた絆創膏をぺたりと貼ってやる。
「これで大丈夫だと思うんだけど」
「あ、ありがと、」
何故か片言になった彼の表の言葉と、あの頃のまんまだと子供のようにはしゃいでいる彼の裏の言葉。
すぐには、何にはしゃいでいるのか分からなかったが、続きの言葉で思い出した。
このアップリケを縫ってくれたしーちゃんのままだ
あ、あの恐竜のアップリケ、そういえば私が縫ってあげたんだ。
中学二年の時、リュックをしょっているのに両手に荷物を抱えているおかしな男の子に会った。その子に気まぐれで声をかけると、「転んでリュックに穴が空いちゃった」というなんともおかしな答えが返ってきた。その理由がおかしかったからか、私はまた気まぐれで開いてしまった穴に自分のバックに付いていた恐竜のアップリケを付けてあげたのだ。その子はありがとうと明るく言うとすぐに言ってしまったのを思い出す。
「優くん?」
私が遠慮がちに声をかけると
「なあに?しーちゃん」
少し驚いた顔の後、すぐにふにゃっと柔らかく笑って、私を昔のあだ名で呼んだ。
でも、私はそのあと何を言ったらいいか分からずに口を噤んでしまう。そんな私を気にすることなく優くんは言葉を紡ぐ。
「あの時助けてくれてありがとう。そして、あの時助けてあげられなくてごめんなさい。」
彼は私に静かに頭を下げた。
「ずっと会って謝りたかったんだ。」
そう言って顔を上げてニカッといつもの笑顔で笑ってくれる。
その時になってようやく気がついた。
心の声は本音の言葉。
本音で喋っているのなら、心の声は聞こえないということ。
そして最後の言葉は嘘。
会って謝りたかっただけじゃない。
私の顔は今彼にどんなふうに見えてるのだろうか。
目の前の彼は目を見開いたあと、顔を背ける。それでも耳が赤いのがバレバレだった。
今私の顔はきっと真っ赤になってるだろう。
それが彼にも移ったらしい。
目を合わせられなくなって、どのくらいたっただろうか、遠くで外の部活の元気な掛け声が聞こえてきた。
その声に負けないくらい。
自分に負けないくらい。
そして自分でも驚くくらい。
「私、優くんが好きみたい」
私の口から本音がポロリとこぼれ落ちた。
ここまで読んで頂きありがとうごさいました。もうそれだけで嬉しいです。