【Episode6】魔王ベヘレムート・クルル・ディジィギィス
「よく来たな、愚か者よ。
そう、アタシこそ魔物の国ケテルの第82代魔王―ベヘレムート・クルル・ディジィギィスだ!!」
彼女は兜をとる。中から、まるでライオンのような猛々しい赤色の髪が波打った。
「へへへ。誰が愚か者だって?
僕は勇者の剣の持ち主・・・つまり勇者だぞ!!」
「ほほう、勇者の剣に、それを扱う者か・・・。しかし、なぜそのような人間がアタシを狙う?」
「なぜ・・・?魔王は人間を脅かす。だから、勇者は魔王を倒す。―違うか?」
魔王はきょとんとした。
そして、この大海に響きわたるほど大きな笑い声をあげる。
「アハハハハハハハハハ!!何だその前近代的な考え方は!おもしろいな!魔王は人間を脅かす?だから、勇者は魔王を倒す?アハハハハハハハハハ!!
・・・お前、異世界から来た人間だな?」
なっ・・・!?
「どうしてわかったんだ、という顔をしているな?・・・たまにいるのさ、お前みたいな異世界人が。何を勘違いしたか、『魔王は悪の化身だ』と思い込んで襲ってくる異世界人がな。
だが、お前の世界の魔王なぞ知らん。アタシはアタシだ!!そして、この魔王クルルには正しいと思う道がある!!
それを邪魔するならば容赦はしない!」
魔王は背中に差していた大斧を抜く。周りも呼応して、武器を構える。
僕たちは海を背にしてジリジリと追い詰められてしまった。
「おい、かける・・・。まずいことになったぞ。さっさとにげたほうが、いいんじゃないかのう?」
「そ、そうかもしれない。まさか最初の戦闘で大物一行を相手にするとはね・・・。
しかしッ―!!」
シジルに返してもらった剣を構えた。
━僕は異世界から来た勇者だ!無人島生活なんて、地味な出だしだったが、今こそ異世界チート無双をしてやるぜ!!
「かけるっ!!これはげーむやしょうせつじゃないのじゃぞ!たたかうべきじゃなかろう!」
「けど、ここで戦わないと、どの道殺されるんだ。なら、やれるだけやってみるさ!」
すると、魔王は呆れたような、嘲笑うかのような鼻笑いをした。
「フフン・・・。蛮勇だな。お前は根っからの愚か者なのか?
まあいい・・・。そんなに死にたくば、まずはお前から殺してやろう!!
しかし、喜べ!お前の相手はこの魔王ベヘレムート・クルル・ディジィギィスである!!この戦いを冥土の土産にするがよい!」
そう言って周りの魔物を退かせた。
「・・・ちっ。僕をナメるなよ、魔王!!お前がナメてもいいのは辛酸とこの冷たい甲板だけだ!」
「フフ、言うではないか。
よかろう・・・。そこまでの自信がどれだけ本物なのか、アタシが見極めてやる!」
そう言って、魔王はバッと全てを脱ぎ捨てた。
「は・・・!?」
は、裸になりやがった・・・!?
「うおっ!?」
「魔王様ァ・・・!?」
「わああぁ!!」
これには手下の魔物も驚きを隠せなかったようだ。
「見よ、愛する我が民よ!そして、見よ、異世界人よ!!」
み、見れるかーい!!
異常に体がゴツゴツしてるし、至るところに痛々しい傷痕があるし、一見イケメンと見間違えるほどの顔立ちだけど、出てるところはでてるし、ないところはないよ!!
い、言っておくが、僕もガン見したわけじゃないぞ!いきなりマッパになるから見えちゃっただけだからなッ!
すると、魔王は僕を前にして、後ろの手下たちに振り向いた。そして、オオウ!と1つ大きな咆哮をあげる。
「アタシが魔王である!!
王とはッ―!!
王とは未来にあらず!!王とは民が築いてきた今である!故に、王の強固な筋肉は我々がしてきた努力であり、王の凄惨な傷跡は我々の心の悲しみであり、そして、王であるアタシの笑顔は我々が築きあげた喜びだ!
それを阻めるものなどいようか!?否、我が王と民のキズナは、神さえも越えられぬ不可侵領域なり!
故にアタシこそ最強の魔王である!」
メチャクチャカッコいいこと言っているけど、この人マッパだよ!?
しかし、この短い演説(?)は部下の心を打ったようだ。手を合わす魔物や、平伏する魔物、ついには号泣する魔物までいた。
これでいいのかお前ら!?
僕たちが驚いている間に、魔王は再びこちらを向いた・・・。
(―いや、こっち向くな!!)
「お前ごとき、アタシはこれで十分だ。」
魔王は拳を構える。
コイツは|本気《マジでヤるつもりらしい。正気の沙汰じゃないぜ。
「言っておくが、僕は強いぞ。」
「それはどうかな?アタシにはそうは見えない。」
「そうかい・・・。じゃあ、後悔するなよ!」
まずは一呼吸、そして、構え直す。
イメージしろ!思い描くのは最強の自分・・・。魔王を倒す自分の姿だ!
すると、僕の魂に呼応するように、剣が熱を帯び、刀身が光りだした。それだけじゃない。身体中にパワーが満ちていくのがわかる。
「一撃で仕留める!」
「やれるものなら来いッ、自称勇者!」
負けじと魔王の筋肉が膨れ上がり、ただならぬオーラが立ち込めた。
「うぉぉおおおおおお!!」
風のように駆け出す。目指すは魔王の懐だ。
それにしても、体が軽い。羽ほども重みを感じない。これが神様パワーなんだな!
対して、魔王は動かなかった。
(安心しきっている。これならヨユーで倒せそうだ!
けど、未知の相手だ。何をしてくるのかわからない。保険はかけておかないと・・・
なッ!)
ずっと後ろに回していた片手を振りあげた。同時に、何かが手から放たれる。そして、ソレは勢いよく魔王の顔面めがけて飛んでいった。
「ギョエエエェェェ!!」
ソレからは聴き馴染みのある声がする。
(へへへ、うーちゃんだぜ!
コレでもくらって、全身ヌルヌルになるがよいッ!)
しかし、そうはうまくいかない。すぐに両手で防がれてしまった。
―だが、計画通り。ここからが本番だ!
僕は飛び上がり、よろけている魔王へ続けざまに唐竹割りをぶちかます
・・・はずだった。
魔王は崩れた態勢のまま、いきなり両手を広げる。かかってこいと言わんばかりに。
けどな・・・、そんなことするもんだから胸の2つのアレがッ―!
僕も男なんだ・・・。思いっきり露になった色々を直視するとドギマギしてしまうのも仕方ない。しかし、そのせいで、振りが甘くなってしまった。
瞬間、予想だにしなかったことが起きる。空中にある僕の体がピタリと静止したのだ。
「強い。それに頭の回転も悪くない。確かに単なる口だけではないようだな。
―しかし、このアタシには遠く及ばない。」
僕は恐る恐る目を開き、剣先を見た。
「・・・なッ!?」
よろけた体勢から、剣を足の指で止めやがった!
―って、ウオォ!?
止めただけじゃない!コイツ、剣を蹴りあげて僕ごと空へ飛ばしやがった!?な、なんて化け物だ・・・!
「当然の結果だ。
赤ちゃんがいくら力を持っていたとしても、所詮大したことなんてできない。そして、ここで言うところの赤ちゃんとはお前のことだ!」
魔王はサンドバッグ状態の僕に向かって構える。
「これから見せる力こそ、真の力!手向けとして、特と受けとるがよい!!」
くっ、このままじゃ、殺られる!!何とかしないと!
しかし、空中でもがいている間にも魔王のもとへ落下していく・・・。
・・・いや、こういう時こそ神様パワーでチート無双だろーが!
何かこう、パッとワープしろ!
・・・ダメか!!
なら、時よ止まれ!!
・・・クソッ、これもか!
小説やゲームならここでスーパーすごい力が発揮されるはずなんだ。神様の力と異世界要素さえあれば、どんな困難もズバッと解決できるはずだろ!?
なんでこうもうまくいかないんだ!
僕は半分ヤケになって剣を投げつけた。けれど、魔王の横顔を掠めただけだった。
この時、ようやく気づいた。
最初から魔王を倒すなんて無理な話だったんだ。どんなに最強の職業だって、レベルが1だったら勝てるはずないじゃん。
そして、後悔した。
何されようが僕は死なない。でも、負ければ次はうーちゃんやツクヨミだ。特にツクヨミは今、力を失っている。無事ではすまないだろう・・・。
あの時、僕が勝手なことを言ったせいだ・・・!あの時、ツクヨミの言うとおりに逃げればよかった・・・!
人生最期の感情がどうしようもない後悔に苛まれるとは思いもしなかった。
「現実は非情だ。自分のしたことの愚かさをイヤでも見なきゃいけない。」
まるで僕の心を見透かしたような言葉を魔王は放つ。
しかし、こうも続けた。
「だが、それを乗り越えたら、きっと一歩強くなれるはずだ。それは、これからのお前次第だ。」
そして、そのまま右手を振り上げた。岩石のような拳は、僕の内蔵を潰した。
「いくぞッ!!
DASHEEEEEEEEEEEEEEEEEER!!!!」
すかさず右拳から左拳に―、そして、高速のラッシュが体中を襲ってくる。一撃一撃がまるで大砲のような威力だ。普通の人間なら、数十回は死んでる。
だけど僕はなすすべなく、そのすべてを受けなければならなかった。しかも残酷なことに、とてつもない生命力を持っているせいで、致命傷を負っても死ぬことなく、全ての激痛が脳を襲った。
これはもう1種の拷問だ。
「オラァッツツ!!」
「ウゲェエッ!?」
最後に特大のパンチがみぞおちに決まった。その威力で再び空を舞う。今度はもっともっと高く━マストを越えるほど高く飛んだ。
異世界初の飛行が、まさか飛行(物理)になるなんて笑えねぇ・・・。
「かけるぅぅううーっ!!!」
嬉しかったのは、1人でつっ走った愚か者に対しても、ツクヨミは心配してくれたことだった。最初はとんでもないヤツだと思っていたけど、わりと優しいコなのかもしれない。
ただそんな彼女を守れなかったのは一番心苦しい。
長い飛行の後、ゆっくりと海へ落下していった。
しかし、その途中のすれ違い様に
「また会おう、強くも弱き勇者よ。」
と、魔王が言っていたような気がする。
何でそんなことを言ったのか全くわからなかったが、なんとなくまた会うような気がした。
生きていれば、の話だけどね・・・。
気づけば海の中へ落ちていた。
沈むと同時に、僕の意識もだんだんと薄れていく。ただ完全に気を失う前、大きな泡とともに誰かが体を引き上げてくれたことだけは記憶の片隅にある。
◆◆◆◆
例えば小説みたいに、マンガみたいに、全然知らない世界に行けたらなと思わないかい?
剣があって、魔法があって、勇者になって、魔王を倒して・・・―。非日常でワクワクするような日常に身を投じる。
そんな「異世界」に行ってみたい!
だけど、現実はそんなに甘くはなかった・・・。
冒険の最初で魔王に出会い、ボコボコにされる。━これが僕の異世界生活の始まりだった。