【Episode5】遊覧船クラーケン
気づくと知らない部屋の中のベットの上で、ぼんやりと天井を眺めていた。
見たことのない観葉植物に、見たことのない装置が並んでいる。それと、窓から見える青い海がカーテンのように波打っていた。
「おお!気づいたかィ?」
ドアをバタン!と豪快に開けたのは、2mくらいの大きなトカゲ人間だった。
「ああ?う・・・あぁ?」
たんこぶ頭を押さえながら、トカゲ男に答えようと必死に立ち上がろうとした。
しかし、ボーッとしていて、ベッドから落ちてしまった。
「おいおィ!さっき起きたばっかりなのにムリすんじゃねェよ!」
トカゲ人間は僕の肩を持ってベッドに引き上げてくれる。
「ホラ、気付け薬だ。飲んで元気を出しな。」
懐から茶色の小瓶を取りだし、僕の手に握らせた。
そして、僕は進められるがままに、中の液体を飲む。
「あ、おいしい・・・!」
ドクターペッパーのような独特の甘さとほろ苦さ―。それに一口飲んだだけで体全体にじんわりと元気が溢れていく!
僕は一気に飲み干した。
その光景を目にしたトカゲ人間は嬉しそうに頭をふる。
「よしよし!元気が出てきたみたいだなァ!!
立てるかい?」
「あ、ありがとうございます。」
両足に力を入れて地面を踏みしめる。ちょっとガクガクしながらも、何とか直立できた。
「いいぞォ!それでこそメーンだ!!何時なんどきも強くなくっちゃなァ!」
ガハハハ、と豪快に笑う。
さっきまではボーッとしていたからあまり気にならなかったが、徐々に意識のピントが合うと大声が多少うざったく聞こえる。まぁ、でも絶対にいい人なんだというのはわかるけど・・・。
「そいで、兄チャンよ。ここは船室なんだが、何故ここにいるかわかるかィ?」
「何故・・・?
・・・いや、わからない。思い出せない。」
「ふむ、まだちぃとばかしボーッとしているのかィ?うむ・・・、アレだけ頭を打てば記憶もぶっ飛んぢまうかァ。」
「すみませんが、何いっているのか分かりません。」
トカゲ人間は「ハァ・・・。やれやれ、世話の焼けるボウヤだなァ。」とでも言いたげな表情をする。
「ハァ・・・。やれやれ、世話の焼けるボウヤだなァ。」
ホントに言いやがった・・・。
わかりやすい性格だなぁ。
「とりあえず、お嬢ちゃんと相棒サンとこに行ってみるかィ!」
「お嬢ちゃん?相棒サン?」
えーっと・・・誰だったっけ?
「アリャ!そっち方も忘れてンのか!?困ったねぇ・・・。
―まあ、いいや!会えば全部思い出すだろ!」
そう言われ、この人に手を引かれるがまま外に出た。
◆◆◆◆
「かける、やっとおきたか!!」
遠くの方で白いテーブルにいる銀髪の少女がこちらに手を降ってくる。
「遅イゾ!待チキレナカッタカラ、オ前ノオ菓子全部食ッチマッタヨ!」
今度はテーブルの上に鎮座していた銀色のスライム状の物体がしゃべった。
「どうだい、ボウヤ。頭がはっきりしてきたかい?」
僕はテーブルの少女とスライムの顔をもう一度見る。
ああ、なんかだんだん思い出してきたぞ・・・!!
確か僕たちは船で魔王の城を目指していたんだ。それで船出から2日目のことだった。
ちょうどいい日差しでイイ感じだったから、「いっちょ飛ばしますかー!!」ってな感じでちょっくらブースターをかけたんだ。多分、これが良くなかったんだろうなぁ。
それからしばらくして、空をボーッと眺めていた。いや、眺めていたというより居眠りしかけてた。
すると―
「・・・ける・・・かける・・・かける!!」
ツクヨミの怒声で目を覚ました。
「なにをやっておる!!
ふねにぶつかるのじゃ!」
「・・・―ッ!えぇ!!?」
よだれを垂らした頭を起こすと、目の前に巨大な白い船がッ!!
突然の状況に困惑した。けど、もう2秒と経たずに激突する。
とにかく直撃はマズい。僕はともかく、うーちゃん・・・もともかく、ツクヨミは、この速度で激突するとまず死ぬだろう。はやく右か左に舵をきらなきゃ!
右かッ!
左かッ!
いや、違う!どちらにせよたった2秒で曲がりきることは不可能。ならば第三の選択肢!
逆に・・・考えるんだ。ぶつけちゃってもいいさ、と!!
飛べるなら話は変わるが、そうでない以上、どうやっても回避はできない。ならば、当てるしかない・・・。ただ言っておくが、最大加速で、しかも"この船の状態"でぶつかるわけじゃないぞ。
―こうやるのさ!!
僕はアクセルを全開にする。
「おい!ばかもの!!
むこうのふねをぶっこわすきか!」
返事を返さなかった。てか、それどころじゃない。"これからやること"がコンマ0.01秒でも狂うと大惨事になる。
衝突までのこり1秒。
心の準備をする。
衝突までのこり0.8秒。
操舵を離し、座席を立ち上がる。
衝突までのこり0.5秒。
前にいるツクヨミ、うーちゃんを抱き上げる。
衝突までのこり0.2秒。
船頭に到着。"その時"を待つ・・・!
衝突までのこり0秒。
カッ――!!
剣の切っ先のような船頭が、勢いよく白き船を切り裂こうとする。
今だ・・・!!
僕は勢いよく飛び上がった。
「そしてェ!勇者の剣、"ザ・ブレードスター"解除ッ!!」
今まで足場だったものが、光を帯びて剣に戻っていく。そして、そのまま白い船の船体に突き刺さった。
一方僕は、幼女とスライムを抱えて勢いよく滑空している。ギリギリで欄干を飛び越し、ようやく甲板が見えた。よし、ここまで来れば水に落ちても大丈夫だ。やっぱり慣性の法則ってすげぇや!!
「なるほどな。よくれいせいになって、はんだんできたものじゃ!」
「問題はここからだろ。どう着地するんだ・・・?今、船から斜め上に射出したんだ。この勢いだと普通に、船を通りすぎちまうぜ。」
「ウー。方法ハアル。」
うーちゃんが口(?)を開いた。
「どうやるんだ、うーちゃん?」
「マア、マカセテオケ。」
そう言うと、スライム状の体をくねらせて、細ながーいロープに変形した。
そして、縄の片方が近くのマストに絡み付く。
「私ハスライムダ。ドンナ形状ニモナレル。ダカラ、私ガロープニナッテ、オ前タチヲ繋ギトメテヤル。
言ッテオクガ粘着力ニツイテハ、ソコラ辺ノモンスターヨリ凄イゾ!!ウー!」
ロープは船体ギリギリでピンと張りつめた。同時に僕たちの体の推進力も失われていく。
よし!これで飛び越す心配もなくなったな!
・・・だけど。
「下に落ちてるよ、コレェェエエエ!!?」
マズいマズい!!頭からまっ逆さまだ!この高さからだと、頭がパッカーンしちゃう!
えーっと、えーっと!どうするどうする?とりあえず、ツクヨミだけは守ってやらないと・・・!
他には―
あー!
・・・ムリ。
―ぱっかーん。
「―で、僕は気絶したと。」
「てか、ほぼしんでたのう。くびがへしおれておったし。」
「マジかよ・・・。やれやれ、この身体はどこまで不死身なのやら。」
「うむ。みんちにされてもさいせいするぐらいじゃの。
それよりも、あたちはうれしいぞ。」
ツクヨミは頬杖をついて、僕に向かって微笑んだ。
「何が?」
「おちるときにあたまをかばってくれたじゃろう?それがなによりもこころにひびいた。」
「お、おう・・・。」
え、ちょっと?なんで上目遣いなの?なんで顔を赤らめちゃってんの?
「ガッハッハッハッハー!!お嬢ちゃんに気に入られたようだな、ボウヤ!!いいことじゃないか!」
トカゲ男は僕の背中をバシバシ叩く。このオッサン、デカイ上に力も強いよ・・・。
「さぁーて、みんな揃ったようだから自己紹介としゃれこもうじゃあねぇかィ!!
まずはオレからだな!
オレァ、この遊覧船クラーケンの船長シジルってんだ!よろしくなァ!!」
デカイ、強いの上に、さらにうるさいよこの人・・・。
(なあ、ツクヨミ・・・。この人って会った時からこんなにテンションが高いのか?正直、僕、話してると疲れるんだけど。)
(ああ、そうじゃな。さいしょからこのてんしょんじゃ。)
マジかよ。トカゲのくせして目立ってると、いつか補食されるぞ?
・・・いやまあ、愚痴はともかく命の恩人に挨拶はしないとな。
「さっきは世話になった。僕は八岐翔だ。ついこの間、異世界からやってきたんだ。
色々わからないことだらけだけど、よろしくたのむ。」
「おなじく、いせかいよりまいった、つくよみともうす。よろしくたのむのじゃ。」
「ワタシハウーデアル。ワタシハ勇者ノ剣ノガーディアンダッタガ、今ハコイツラト旅ヲシテイル。ウー。」
「うむ。よろしく!
ところで、お前たちは妙ちきりんな船に乗って、どこへ行こうとしてたんだィ?」
トカゲ男は尋ねる。
「あぁ、僕たちは今から魔王の城に行って、魔王を倒しにいくんだ!!」
「あっ、おい、ばか!」
ツクヨミが焦ったような顔をする。
最初はなんでそう言うのかわからなかった。
けれど・・・。
「カケル君・・・だっけ?」
「あ、はい!」
シジルは突然、真面目な顔をする。僕はそれにドキリとした。
「普段この船は、金さえ払えば貴族や一般市民分け隔てなく乗れるんだ。そのおかげで色んなお客さんがいる。
しかし、今は時期が悪くてねェ・・・。とある一団を極秘裏に運搬しているんだ。本当はここの船にはお前さんたちは乗せられない。
けど、オレはその"一団の長"に無理を言って、お前さんたちを乗せることを許可してもらったんだ。だから、お前さんたちはここにいられる。」
シジルは欄干に向かって歩き、そこを乗り越え、船の腹にぶら下がった。そして、僕が船体に突き刺しっぱなしにしていた勇者の剣を引き上げてくれた。
シジルは僕に剣を投げた後、よっこらせ、と欄干に腰かけた。
「オレァ、世界一の船クラーケンの船長だ。だから、オレの船の腹ン中にいるヤツァ、みんな平等にオレが守ってやらねばならん。
・・・だが、カケル、お前が自ら騒ぎを起こすってんなら話は別だ。」
周りを見渡すと、今までガランガランだった甲板に、どれだけ詰め込まれていたのかと思うほどの"魔物たち"が現れた。
そのみんながみんな、敵意を剥き出しにした目をしている。
「誰が、誰を倒すってんだい?」
その中から一際デカいヒトが前に出た。
シジルよりもデカい・・・。3mもあろうかという巨人。
兜を被る頭には2本の捻れた角が生え、竜を思わせるようなゴテゴテした鎧を身に纏い、その隙間からは青色の筋肉質な肌が見えた。
そして何よりそのオーラがヤバい。恐らく、神の力を扱えれば僕は負けなしだ。コイツを消すくらい簡単だ。
でも、そうじゃない・・・!コイツのオーラには実力に伴う自信、信念、意思が練り込まれている。
武道をやっている人間ならわかる。心で負けた人間がいかに弱いかを。だから、この時の俺は、蛇に睨まれたカエルの気分がよくわかった。
そして、本能でわかった。コイツが・・・コイツこそが魔王なのだと!
「よく来たな、暗殺者よ。
そう、アタシこそが魔物の国ケテルの第82代魔王―ベヘレムート・クルル・ディジィギィスだ!!」
"彼女"は兜をとる。中から、まるでライオンのような猛々しい赤色の髪が流れてきた。