02 変異。
血の香りがする。
ぐったりした身体を起き上がらせて、周りを見た。
視界が定まらず、なんだかグワングワンしている。
足が下されて、立とうとするけど、床が柔らかく感じた。
もうグニャングニャンしていて、一人で立てそうにない。
私は支えてくれるその人に凭れた。
「エミリア」
私に噛み付いたあの男の人だ。この声、間違いなく彼のもの。
「ご苦労だった。そして、すまないな。俺が噛んだ人間は、全て吸血鬼に変異をする。エミリア、お前はもう同族(、、)だ」
魅惑的な声だとぼんやり思いつつ、顔を上げて彼を見た。
夜空を背にした彼の顔は恐ろしいほど整っていて、あまりにも綺麗。
何より瞳だ。夜空と同じ。ラピスラズリのような藍色で金色が散りばめられた不思議な瞳が、美しかった。
「あなたの目……夜空みたい」
男の人はおかしそうに笑みを作る。くいっと唇の端を上げて、ニヤリとした不敵な笑み。それもまた魅力的すぎる。
髪は白銀のようだ。白っぽい髪が、余計に彼の魅力を引き立たせているように思える。
「俺を褒めている場合か? お前はもう人間ではなくなったのだぞ」
本当に魅惑的な声だ。そうぽけーっとしてしまった。
目を細めて私を見下ろす。睫毛も長い。
「まだ覚醒していないのか?」
顎をクイッと持ち上げられた。
「お前は吸血鬼になったと言っている」
吸血鬼になった。吸血鬼。
そう言えば、吸血鬼もの好きだったな。漫画から海外映画まで幅広く漁っていた時期があったし、今だって好きだ。もう観れそうにないけれど、吸血鬼ラブストーリーの海外ドラマにはハマった。
え、ちょっと待って。
今なんて言った?
私が吸血鬼になったと?
目をパチクリと瞬かせる。
「やっと理解出来たか?」
まだニヤリと笑っている彼が問う。
「すまないな。あそこから抜け出すためには、お前を噛むしかなかった」
この男の人は吸血鬼。そして噛まれた私は吸血鬼になった。
それが脳に浸透するまで数秒かかる。
私は吸血鬼に変異した。
吸血鬼に変異させられた。
吸血鬼になった。
一気に鮮明になった気がする。何もかもが。
「!」
私は初めてだというのに、吸血鬼の彼にキスをした。
ぶちゅっと、唇にだ。
喜びのあまりもう一度、ぶちゅっとした。
「……」
私は一人で立って、まだ柔らかく感じる床を踏みしめて、くるりくるりと回る。黒いまま伸ばした髪が舞い上がった。
私は吸血鬼になった、吸血鬼だ、吸血鬼!
飛び跳ねた。床がトランポリンみたいに、私の身体を跳ねさせる。
身体が軽い。
「……はははっ、そこまで喜ぶ新生者は初めてだな」
新生者。生まれ変わった者という意味。
そうだ。私は生まれ変わったようなもの。
「普通は変異に苦しんだり戸惑うのだがな」
ハッと我に返る。
これまさか夢じゃないよね?
パチンと両手を頬に叩き付けた。痛い。
目は覚めないから、夢ではないようだ。
吸血鬼の夢は好きだからなのかよく見る。
異世界に来てもそれを見てしまったのかと思った。
「エミリア」
また呼ばれる。
「俺を解放してくれてありがとう。そして、変異させてしまったことを謝ろう、すまない。ちゃんと面倒は見る」
「あ、いえ、私吸血鬼になってみたいと思っていたから、謝ることないよ」
「なんと? おかしな女子だな。魔物になりたがるとは」
やっと喋った私を、吸血鬼はくつくつと喉で笑った。
「あ、私、異世界から拉致された人間なの。その世界では魔物はおとぎ話の存在で、魔法もないんだ」
くるりくるりと回って、スカートも舞い上がらせる。
「なんと! それは希少だな。そうか、人間どもは異なる世界から人間を呼び出せるようになったか」
「あ。でもまだ試験段階で、私はモルモット……あれ? これってゴーストシップ?」
踊るように回り続けてから、私は気付く。
私が乗っているのは、あの大きな廃船だ。
それが動いている。
「ああ、丁度いいから拝借した」
上半身裸の吸血鬼が凭れているのは、舵だ。
舵はひとりでに動いている。魔法かな。
「そうか。エミリアも同じようなものか、俺と同じ囚われて調べられていたところだろう?」
「そうそう、私のいた世界のことについてあれこれ問い詰められて……。あれ、そう言えばあなたは? どうして囚われたの?」
「ああ、聞いていないのか。まぁ、知っていたら俺には近付いていないか」
またくつくつと笑う吸血鬼。
「初めまして、俺は魔物の頂点に君臨する魔王だ」
演技かかった風に自己紹介した。
私は目をこれでもかと見開く。
「ま、魔王……!?」
「いかにも」
「……タメ口きいてごめんなさい」
「言うことは先ずそれか?」
魔王は全然気を悪くしていない様子。
むしろ面白いと思って笑っている。
「気にするな。お前は俺の命の恩人とも言える。対等に話そう」
「わぁ、心が広い魔王だ」
「魔王にどんなイメージを抱いているのだ?」
やはりくつくつと笑う魔王。
「私の世界で魔王と言えば、悪の根源で、威圧でその場を支配するような絶対的な存在?」
「悪の根源か……人間からすれば、魔物は悪の根源のようだ。どこの世界も共通しているようだな」
「あなたは違うの?」
「俺は魔物の王だ。人間が忌み嫌う魔物の王」
「あ、人間を敵と認識しているわけではないのですね」
「いや、敵だと認識している」
「してるのかよ!」
魔王相手にツッコミを入れてしまったではないか。
「あ、私もう人間じゃなかった」と、敵に認識されていないことに一応安堵しておく。
「俺を監禁して不老不死を手に入れたいがために調べ回していた連中だぞ? もう敵だ」
ニヤリと笑う魔王の瞳に、好戦的な光を見た。
「そもそも手が汚い。和平を結ぶために呼び出しておいて、俺の護衛達を追い払い、俺を拘束した」
「なんて連中! 私だって、問答無用で異世界から拉致られたんだよ! 私の世界が異世界の存在を知ったら、当然怒ったでしょうに! 魔王監禁も国際問題になるのでしょう? あの国潰れた方がいいよ!」
「おお、意見が合うな」
「が、しかし、その国に住んでるからといって、関係ない住民に火の粉が落ちるのは可哀想だな……」
「俺もそこを思うと攻め込むことを躊躇してしまう。なかなか気が合うじゃないか」
魔王軍が突撃すればいい! と口走る前に国中に罪はないと思い直す。
歩み寄ってきた魔王に、ポンポンと頭を撫でられた。
魔王にしては思慮深い。いや魔王だからこそか。
監禁されて、色々調べられたであろうにも関わらず、人間の国一つ滅ぼすことを躊躇している。
私なら怒り狂って、滅ぼすぞー!!! っと言ってやる。
異世界転移させた上に帰せないなんて言われた時は、ミナゴロシ★と思ったくらいだもん。
人が良すぎるんじゃないのか。この魔王。
「あ、私のローブを……お?」
上半身裸が気になってしょうがない。
なに、自慢しているの。自慢か。
肉体美の自慢はもういいでしょう。
何か着てもらおうと、とりあえずローブを差し出そうとして気付く。
濡れている。しかも赤い。血だ。手が真っ赤になった。
「……」
私はローブで拭って、そっとその辺に置く。
なんだ、やることやっているじゃないか。
そうか。あまり温厚ってわけではないのね。この魔王。
私は遠い目をして夜空を眺めた。紺色の一面にダイヤモンドが散りばめられたような美しい星空を見つめる。この世界は空気がきれいなのか、星が良く見えると思っていたけど、今は一粒一粒の輝きが見えた。
吸血鬼の視力がいいせいでよく見えるのかな。
不意に、突き飛ばされるように弾かれて私はよろめいた。
振り返れば、同じように魔王もよろめく。
「どうやら抜けたようだな。マーシーレの国を」
「そうなの?」
「俺を監禁してから、魔物が入れないように結界を張ったと聞いている。今のがそれだ」
ほほう。私は納得して頷く。
そんな結界を貼られてしまったから、魔王の救出も出来なかったのだろう。
「ところで、どうやって情報収集してたの? 結界とか、私の名前とか」
「ああ、囚われていても、耳は聞こえていた」
「聞いてたの!?」
「ああ。エミリアという名前を聞いて、呼び続けた。思念でな」
テレパシーのことかな。
聴覚は相当鋭いとわかった。
「お前もやってみればわかる。目を閉じて海に耳を傾けてみろ」
「やってみる!」
「素直でよろしい」
目を閉じて、私は海に耳を傾ける。
小々波が聞こえた。ぴちゃんと跳ねる音がする。魚が跳ねたのかな。
キュウキュウと鳴く声がする。イルカかな。
すごい。遠くまで聞こえてくるみたい。
すると、そこで後ろから抱き締められた。
魔王しかいないはず。
魔王に抱き締められた。
囚われた吸血鬼を解放したら、吸血鬼に変異させられまして、でも吸血鬼ラブな私は大喜びでお礼でキスをしました。勢いあまってもう一回。
そしてゴーストシップに乗り込む。
そんな夢でした。楽しかったです。
今回はギリギリR15でラブエッチ?要素を入れて、
吸血鬼ライフを楽しむヒロインが描けたならいいなと思っています。
よかったら、これからも読んでくださいませ!