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「だいたい、そのカーネルはどこから持ってきたんだ?」

僕の質問に全員が首を捻っている。ダメだ。全然お話にならない。

しかし、ユキちゃんが何かを思い出した。

「あ、そういえば…飲み始めた時にはアイちゃんとピロコ先輩もいましたよ!」

「ああ、いたいた!ええと、アイちゃんは自宅生だから、電車があるうちに帰るとか言ってたような…」

「ピロコ先輩はどこいったんだ?」

三人は、深い霧に覆われた記憶の森を探索している。僕も何か役立つ情報はないかと、遠い記憶を脳の深い引き出しの奥から引っ張り出していた。ピロコといえば、PUFFYみたいな髪型(当時)をしていて、いつもアジア系の民族衣装みたいな服を着ていて異常に酒に強くて…ええと…

「ピロコって、ピッチ持ってなかったっけ…?」

「ああ!そういえば持ってますよね!!」

ユキちゃんはそう言ってカバンから分厚い手帳を取り出し、その手帳から別冊の薄いアドレス帳を出して開いた。そういえばケータイを持つ前はみんなこんなの持ってたなーなんて僕がちょっとノスタルジックな気分を味わっている間に、鈴木が電話機のボタンを押す。


ピピピピ…


全員の肩がビクッと持ち上がった。

なんと、呼び出し音は、ベランダで鳴っていた。

鈴木が慌てて受話器を置き、猛ダッシュでベランダを覗き込むと、ピロコがベランダで寝ていた。


「…ああ、カーネルは、あの県道沿いの交差点のケンタの前にあったのを連れてきたんだよ。」

叩き起こされたピロコは、なにより先にタバコに火をつけて一服すると、淡々と言った。どうやら彼女だけは記憶がしっかりしているようだ。

なんでも、鈴木がアイちゃんを駅まで送るついでに、ユキちゃんとピロコはコンビニに行きたいと言って車に同乗したが、道中で誰かが、偶々見かけた閉店後のケンタッキーの店舗の前に佇むカーネルサンダースが可哀想だと言い出し、一緒に帰ろうなどといって無理矢理に車に載せてきたのだという。

「鈴木くんの車、サイノスだからさ、もう本当にめちゃくちゃ狭かったわー。」

それは狭かっただろう。よく載せることができたものだと感心してしまう。

しかし感心している場合ではない。


この可哀想なカーネルを帰してやらなくてはならない。


僕たちは分厚い電話帳を捲って、このカーネルの店の電話番号を調べ、そして電話帳の巻末に載っている地図を見て、カーネルの店から一番近い公園を探した。

もうすっかり夜の姿は消え失せていた。明るい朝露の匂いが漂う駐車場に、人気が無い事をよく確認して、僕らはカーネルを運び出す。毛布でグルグル巻きにしたカーネルは完全に遺体のようだった。これをサイノスの狭い後部座席に押し込む様子はどう考えたって警察案件だ。

カーネルは予想以上に重いし、サイノスは2ドア。この酔いどれ達は何をどうやってこんな難行をクリアしてカーネルを連れてきてしまったのか、甚だ疑問だ。

それでもなんとかカーネルを載せ、僕らもぎゅうぎゅう詰めで車に乗り込むと(意外に乗ってみれば乗れるもんだ)、カーステレオから流れる小沢健二の歌声ともに走り出した。


狭いな、そういえばレビンに乗ってこれば良かったんじゃないか、なんて騒ぎながらあっという間に目的地の公園についてしまった。

柴犬の散歩をしていたおじいさんがいなくなるのを確認してから、またえっちらおっちらとカーネルを下ろして、公園の外からは見えにくいような低木の茂みの陰に置いた。

僕と鈴木と高橋がカーネルを運んでいる間に、ユキちゃんとピロコはケンタッキーの店まで走って開店時間と店員がもう出勤しているのかを見に行った。


油蝉が鳴き出した。

鬱蒼とした林冠部から公園を覆う青空までもが震えるような大合唱だ。僕らは公園のベンチで煙草をふかしながら眩しい入道雲を眺めていた。

女の子たちが戻ってきた。もう店員さんがいるようだ。

僕たちは頷きあって、公園の片隅に鎮座している電話ボックスに移動した。高橋にピロコが電話番号のメモと、何かの抽選で当てたような絵のテレホンカードを渡した。

高橋は妙に良い声(塩沢兼人のモノマネ)で、アーアーなどと発生練習をしてから、緊張した面持ちでダイヤルを回した。



「…もしもし?…ああ、私だ。カーネルだ。…ああ、いま裏の公園にいるんだ。迎えに来てくれないか。」



高橋は、受話器を置いた。


大急ぎで僕らはその場を離れ、少し離れた茂みからカーネルサンダースを見守った。

程なくして、三人の男性が何やら叫びながら公園に駆け込んできた。三人はすぐにカーネルを発見すると、どうにかこうにか担ぎ上げて連れて行った。こうしてカーネルは無事に保護されたのだ。

僕らはホーッと胸を撫で下ろした。


やれやれと、僕が茂みから立ち上がると、ブツンと千切れるような唐突さで蝉の声が消えた。

木もない草もない。

ここは公園ではなかった。


僕はパチパチと目を瞬いた。

僕はシエンタの運転席にいた。信号が、ちょうど青に変わる。

慌ててアクセルを踏んで真夏の街の奥へと進む。

一体なんだったのだろうか。熱中症の症状なのだろうか。

窓を流れていくのは見慣れた景色だ。パチンコ屋の液晶看板が光っている。平成30年の景色だ。そのことに安堵しながらも、少しさびしい気持ちもした。そういえば、あいつらとももう随分長いこと連絡ひとつとっていない。

今年は久し振りにサークルのOB会にでも顔をだそうかな、なんて考えながら、またあの歌を口遊んだ。


「海、煮え立つは、なにゆえか。豚に翼あるや、いなや…」




参照;木下牧子「3つの不思議な物語」より「セイウチと大工」

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