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第4話『魅入る』

 翌朝。

 昨日干した生地はしっかりと乾ききり、毛先のふわふわ感が復活していた。

「よし、早速作業を再開!」

 今までと同じように、僕は工房にこもり作業を始める準備を整えた。

 これまでと違うのは、隣にはルルディがちょこんと座ってる事だ。僕は少しばかり緊張してしまっていた。

「……ご主人様(マスター)、営業の方は大丈夫なのですか?」

「うん、問題ないよ。ルルディが居る前もこうしてきたし、呼び鈴も有るしね。泥棒も態々こんな場所には来ないでしょ」

 そもそもこの町は、治安の良さだけが取り柄みたいな所だ。そういう事件は滅多に起こらない。

「心配?」

「……いえ、大丈夫です」

 僕たちは再び大きな机に姿勢を戻した。

「じゃ、始めるね」

 指で生地を触っていく。こうする事で、ほつれや綻び、ハゲた箇所を確認できるのだ。

 僕の指先にルルディの視線が集まるのが判る。

「な、何か説明とかあった方が良いかな?」

 何の作業をしているのか説明が無ければルルディも退屈だろう。——と、いうのは建前で、本当は作業をじっと見つめられるのはなんだかこそばゆくて、どうにか気を紛らわせたい——と言うのが本音だ。

「……そうですね。お願いします」

「今やっているのはハゲているところの確認。こうやって指でやった方が、ただ見るだけよりも能く判るんだよ」

 ノートと照らし合わせ、新たに見つけた箇所を追記していく。

「ここ、毛が擦れて無くなってるでしょ」

「……はい」

「ここに植毛をしていくんだけど、今回は少しだけ裏から生地の補強をしなきゃかな」

「……植毛ですか?」

「そう、植毛。磨り減ったり抜けたりしてハゲた毛を新しく足していくんだよ。来て」

 僕はルルディを連れて、作業机の横の引き出しを見せた。この中には様々な素材や太さ、色の毛糸が沢山入っている。

「この中からぬいぐるみに合う毛糸を探す」

 ここには色ごとに十種類程度の素材の毛糸を常に用意しているから、大抵はぴったりの素材を見つける事ができる。

「……かなり量があるようですが、この中から探すのですか? 」

「まあね。探すと言っても実はもう目星はついてるんだよ——あ、これこれ」

 沢山の素材の中から一つの毛糸の玉を取り出して、どうだと自慢してみる。

 選んだ色は真っ白ではなく、人形の色に合わせて、淡いクリーム色のアイボリーにした。

「……色さえ同じならどれを選んでも一緒ではないですか?」

 そう言ってルルディは首を傾げた。

「それがね、一緒じゃないんだよ。見た目だけじゃなくて肌触りとかも全然違うんだから」

 百聞は一見に何とやらだ。

 細めの毛糸を針に通し、ハゲてしまっている部分に毛糸を縫いこんでいく。

 針を沈ませて、出して、輪を作る。沈ませて、出して、輪をつくる。これを何度も何度も、右に左に、縦に横に、縦横無尽に繰り返していく。

「……そのままだと縫った部分が明らかですね」

 ルルディの言う通り、このままでは修繕の跡が明らかだ。生地からは毛糸の輪が、びらびらと鱗のように出てしまっている。

「まあ、見てなって」

 作業机で寝そべる鋏を掴み取った。輪を周りの毛の長さに合わせて細かくカットする。刃が重なるたびにショキショキと心地よい感触が指先から伝わってくる。

 そうしていくうちに輪が解けて、元々あった周囲の毛並みと同調していく。

 長さを均一にして、ぼさぼさとした毛先をブラシで優しく整えると——。

「……本当ですね」

 植毛した部分と周りの毛が馴染んで、手触りも違和感が無い。

 僕はルルディに、見た目だけじゃないよと言って生地を差し出した。

 ルルディはそれを受け取り、色々な角度にして眺めた。

「凄いでしょ」

 ルルディの白くほっそりとした指が生地を滑る。

 ルルディは表情や言葉には出さないけれど、無言で生地を触り続けるその様子から、どうやら感心してくれているのだろうというのが、僕には判った。

 そう思うと、僕はそれがルルディに褒められているみたいで少し嬉しく思う。

「それでね……」

 植毛をする時の注意点や伝線の治し方、道具の使い分けなんかもルルディに教えながら作業を進めた。

「……ご主人様(マスター)はこれを全て記憶しているのですか? 」

 僕が綿を詰め始めたところで、ルルディは尋ねた。

「まあね」

「……両親から教わったのですか? 」

 両親――と聞いて、思わず一瞬、手が止まる。

「うん、まあ簡単な作業はね」

 どうしてだろう。もう平気なはずなのに他の人の口から両親のことを訊かれると体が反応してしまう。

「……ご主人様(マスター)? 」

 そんなこちらの動揺をルルディは見逃してはくれなかった。

 僕は何もなかったかのように綿を詰めながら話を始めた。

「ルルディはもう解ってるかもしれないけど、僕の親は二人とも二年前に事故で死んじゃったんだ」

 僕は、いたって平気だという風に努めて話を続ける。

「お父さんやお母さんが守ってきたお店のメモとか図案帳が、この工房には沢山あって、それを見て一生懸命勉強したんだ」

 ルルディは何も言わずに話を聞いていた。僕の強がりを見透かしての配慮なのか、或いはただ黙って聞き手に回っていただけなのかもしれない。

「さて、できたよ」

 話を逸らすように、一転して明るい声で言った。

 綿を入れた穴を縫って、余った糸を切る。

 作業机にぬいぐるみを置いてみる。

 わざと綿を少なめに入れて、少しくったりとした印象の仕上がりだ。毛並みはふんわりとしていて、つやつやした新しい目が上目遣いにこちらを見つめている。我ながら可愛くできたと思う。

「どう? ルルディ」

 ルルディはそっと手を伸ばし、ぬいぐるみを抱き上げた。象牙色の猫は、物欲しそうな顔をルルディに向けている。

 互いの鼻がくっつきそうな距離まで引き寄せられる。

 僕は何だかどぎまぎしてしまい、つい目を逸らした。

「……可愛いですね」

 そんな言葉が聞こえた気がした。

 それは小さな、しゃぼん玉の割れるような、蝶の羽ばたきのような、本当に小さな声だった。

 聞き間違いかと思ってルルディの方へ目を遣る。

 彼女の口は、ほんの少しだけ笑っていた。

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