第12話『好き』
「これは二倍くらいでお願い。こっちもそれと同じ大きさになるようにね」
「……はい、ご主人様」
ユアテスから帰った翌朝、僕たちは早速フィリアからの依頼をこなしていた。
今日は工房ではなく、店のテーブルに道具を持ち込んで作業をしている。二人で別々の作業するのには、狭い工房よりもこちらの方が合っているのだ。
今回のぬいぐるみは、僕とルルディとの合作だ。僕がぬいぐるみを作っている間に、ルルディには型紙作りをやってもらっている。
そうしないと終わりそうにない。いつものように、店に置く用と子供たちへのプレゼント用の二つずつ作らなければならないからだ。
しかも今回は少し特別にしている。
人間やエルフなどのぬいぐるみなら手元で遊べる大きさに。ドラゴンや馬なんかは子供が跨がれる程度の大きさにするつもりだ。そうした方が子供たちも遊び甲斐があるだろうと考えての事だ。
ルルディの仕事はとても正確で、尚且つ早い。絵の拡大を頼んだところ、希望通りの大きさの型紙を完成させてしまうのだ。しかもフリーハンドで、曲線や直線も自由自在だ。
「……終わりました」
ルルディがまた一枚、型紙を作り終えた。そして完成させた型紙を、各絵ごとに分けられたカゴに入れる。
「あと何枚ある?」
「……次の絵で最後です」
「早っ! あんなにあったのに……。ルルディのおかげで予定よりもずっと早く終わりそうだよ。ありがとう」
僕だけだったら型紙を作り終えるだけで1日が終わっていただろう。
ルルディはゆっくりと顔を左右に振った。
「……私はご主人様に頼まれたことをやっただけです」
「だからこそ、ありがとうだよ」
ルルディは首を傾げたけれど、僕は気づかないふりをした。
「僕の方はまだ終わりそうにないから、それが終わったら休憩してて良いよ」
「……では、終わり次第冷たいお茶を作ってきますね」
そう言ってから幾分もしない内に、ルルディは最後の型紙を切り終えてしまった。一方の僕はというと——まだ一体目を作っているところだ。
僕はルルディの作った型紙の束を見つめた。
「終わるかなあ」
ユアテスで色々買ってきて良かったと改めて思う。
糸や布なんかは勿論だけど、一番の問題は棉だ。ぬいぐるみ作りではこれが想像以上に大量に必要になる。さほど大きくない物であっても、ある程度の固さになるまで詰めていくとあっという間に使い果たしてしまうのだ。
特に今回は大きなぬいぐるみも作ることになるから更に大量の棉が必要になる。
「……すみませんご主人様。お手伝いできなくて」
ルルディがお茶を持ってきてくれた。テーブルに置かれた振動でグラスの水滴が一筋垂れる。
僕はルルディにお礼を言ってから一口だけお茶を頂いた。地下から汲み上げている水のおかげでお茶はキンキンに冷えていた。
「別に良いよ気にしなくて。縫い方はまだ教えてないしね」
「……いえ、そういう意味ではなく」
「そういえばルルディはどんな魔法が使えるの?」
これまで、僕はルルディが魔法を使っているところを見たことがない。
僕が作る人形には、その性質上どうしても魔法が必要になる。というより、僕はそれ以外はほとんど使った事がない。だからルルディがどんな魔法を使うのかが気になったのだ。
ルルディは首を左右に振った。
「……私は魔法を使うことはできません」
魔力を放出することはできますが、とルルディは付け加えた。
「……やってみますか?」
「魔力を?」
「……はい」
「放出?」
「……はい」
「ここで?」
「……はい」
「だめだめだめ」
——そんな事より。
「使えないって?」
僕は思わず眉を寄せた。
現在の人類は、昔と比べて使える魔力が弱い。魔法が使えない者もいる程に。でも昔は違う。ルルディが生まれた時代は魔法は誰でも自由に使えた筈なのだ。
「……現在では魔法の仕組みはどのように理解されているのですか?」
突然の問いに僕は慌てて、埃を被った記憶から知識を浮上させた。
「え? えっと、想像した事を魔力で形にした……やつ? かな?」
と、僕は曖昧に答えた。
正直うろ覚えだ。魔法の事をしっかり学んだ訳じゃないから詳しくはわからないけれど、慥か大凡はこんな感じだったと思う。
「……そうですね。私の頃とそう変わっていないようです」
「それがどうしたの?」
「……機械である私にはその想像というものができないのです」
「ああ」
そういう事かと僕は心の中で納得した。
ルルディが言っていた『お手伝いできなくて』は、縫い方を教わっていないからではなく、ただ単純に魔法が使えないからということだったのだ。
「……少し大雑把な例えになりますが、想像力を燧石、魔力を油とすれば、魔法は炎です。 想像した現象が魔力によって具現化し、魔法となるのです」
「て事は……ルルディの場合は、油があっても燧石が無いから炎を作れないって事だね」
「……はい。ですから私は、ご主人様の店の商品となる人形を作ることはできません」
「そういう事だったのか」
「……すみません」
「大丈夫だよ。もともとこれは僕がやるつもりだったし。それに、売り物でないならルルディにも作れるでしょ」
教えようか? と尋くと、ルルディは是非と頷いた。
「それとルルディ……」
「……何でしょう」
「重ね重ね悪いんだけど、その、後で良いから、型紙に合わせて布に線を引くのをお願いしても良いかな? ついでに切ってもらえるとありがたいんだけど」
「……はい、構いません」
「ごめんね。使う布はここに書いておくから」
あ、と言ってルルディが視線を入り口の方へ外した。
「……来客です。今回は随分と小さいですね。子供でしょうか」
ルルディはそう言ったが、店に入ってくる者はいない。
本当に? と僕は訊こうとしたけど、ルルディが言うのだから居るのだろう。
そう思うと、ドアの向こうに人の気配を感じる気がしてこなくもない。
能く耳を澄ませば、砂利を踏む音が聞こえる。——ような気がする。
「…………」
入ってこない。
こっちから出迎えたほうが良いだろうかと僕が迷っていると、ルルディは徐に席を立ち、ドアを開けた。
「……入らないのですか?」
ルルディが声を掛けると、外の人物はヒャッと声をあげた。
そのまますぐに店に入ってくると思いきや、二人は何やら会話を始めてしまった。
ここへは二人の会話は聞こえない。ルルディが屈んでいる事から察するに、相手はやはり子供のようだ。
「……ご主人様」
先に店に入ったのはルルディだった。ドアは開いたまま、客人は入ってこない。
「どうしたの?」
外の人物に掴まれているのか、ルルディのスカートの端が外へ伸びている。
「……すみません、ご主人様はその場でお願いします」
そう言ってルルディは、椅子から立ち上がろうとする僕を制止した。
「……好意を抱いている相手にプレゼントを」
そこでルルディは言葉を切った。外からスカートが引っ張られたのだ。
「……何でしょう?」
ルルディはその場で振り返って問うとまた、今度は少し強めにスカートが引っ張られた。多分、来いと言う合図だ。
「……どうしました?」
意思の通じないルルディに耐えかねた相手は、ついに入口から手だけを入れて上下に振った。
「行ってあげて、ルルディ」
「……はい」
二人は暫く外で話し合うと、あーもうっと声がした。
「あ、あの!」
ルルディを押しのけて入ったのは、僕よりも幼い男の子だった。背中には翅が生えている。
緊張しているのか、大きな瞳が上へ下へと行き来する。
「いらっしゃい」
「あの、す、好きな……子に……プレゼントをあげたいんだけど……」
何か良いのありますかと、男の子は声を段々小さくして尋ねた。
「あるよ」
ぬいぐるみに編みぐるみ、球体関節人形に操り人形や木彫りの人形などなど。人形なら何でも揃っている。
「プレゼントならこの辺りが良いかな。どれが良い?」
棚に並べられている人形たちを見て、男の子の顔がぱっと明るくなった。
「じ、じゃあ、これで」
男の子はカードテーブルに座っている動物たちの中で、ユニコーンを指差した。
「もし良ければハートと花も作って着けてあげるよ」
「お、お願いします!」
子供はこくこくと何度も頷く。
「ちょっと待っててね」
テーブルの上にスペースを作り、作業を始めた。
ハートの型で作った布に棉を詰める。花は紙と針金で作った。
ちょこんと座るユニコーンに、出来上がったハートと花を持たせてやる。
「はい。できたよ」
「ありがとう! あの、お金は」
「追加は無し。そのままの値段で良いよ」
「本当に? ありがとう!」
そう言って、男の子は金額ぴったりの貨幣を、僕の手に直接渡した。
「帰り道、気を付けてね」
「うん!」
大きく首肯いて、男の子——エルフの子は木漏れ日の道を走り去った。
ルルディがドアを閉める。
「好きな人に、か」
僕はいつものように、人形の片割れを壁の棚に加えた。商品として売っている物は、番いは予め工房に用意してあるのだ。
「よし」
依頼再開だ。
「……ご主人様」
「何?」
「……ご主人様。好き、とは何でしょうか」
尋きながらルルディは作業を進める。逆に僕は、唐突な質問に針を止めた。
「何って……うーん」
これはまた何とも難しい質問だ。
「……好き、がどういった意味なのかは知っています。ただ、それがどういった感情なのか、どのような心持ちになるのかが、私には解らないのです」
ルルディは次の布に手を伸ばす。
僕はうーんと考えながら、ぽつりぽつりと答えを出す。
「嫌い……の反対、かな」
ルルディは首を捻った。
「んー、何て言ったら良いのかな。こう、嫌うってさ、避けたかったり拒絶したりする事でしょ」
「……はい」
自分の中で言いたい言葉が浮かび始め、僕は再び針を進めた。布に点線が描かれていく。
「好きは、その反対なんだよ。近づきたいと思ったり、心が惹かれたりするんだ」
「……惹かれる、ですか。言葉は理解しています」
今度はルルディが手を止めた。
「きっとさっきのエルフの子も、好きな人にもっと近づきたい、仲良くなりたいと思ったから、プレゼントを渡すんじゃないかな」
「……好きだとプレゼントを渡すのですか?」
「そうとは限らないけど、気持ちを伝える手段の一つではあるかな。少なくとも、嫌いな相手にはやらないと思うよ。——よし」
漸く縫い付けが終わった。ひっくり返した時に縫い目が突っ張らないように、曲線部分に切り込みを入れていく。小さな作業だけれど、これをやらないと、完成の見た目に雲泥の差が出るのだ。
「ルルディはどう? 好きな物。人はまだ難しいかもしれないけど、物とか風景とか。何となく見つめたり、手に取ってみたり。そういうのある?」
「……そう、ですね」
ルルディは少し考える素ぶりをした。
そして。それなら——と言って棚に並ぶ人形達に目を遣る。
「……それなら私は、この店の、ご主人様が作った人形が、好きなのかもしれません」
「本当? それは嬉しいね」
言い終わって、ルルディは何事も無かったかのように作業を再開した。チャコペンで線を描き終わった布に鋏を入れていく。
「因みに尋くけど、理由は? どこが好き?」
「……理由。どこ」
裁ち鋏を進めながら、ルルディは間を開けた。
「……解りません。何故でしょう」
布が切り離された。
「……ただ私にとって、ご主人様の言う、嫌い、に該当する物は、即ち私やご主人様に危害を加える物です。好きな物がその反対だと云うのなら、安全な物が好きとなるのですが、ご主人様の考えですとそれも違うのですよね」
ルルディは確認するように僕の目を窺う。
「そうだね。危害を加えない物が全部好きって事になっちゃうからね」
「……ご主人様の人形には、何故か、つい触れたくなってしまう事があります。解析や観察の為とも違います。おそらくそれが、惹かれるという事でしょうか」
また。いつかのように、僕の胸がかっと熱くなった。
「うん。きっとそうだよ!」
「……そうなんですか。これが」
好きという事なのですね。そう言ってルルディはチャコペンを走らせた。
そんなルルディの口元が、薄っすらと笑みを含んでいるように見えるのは、多分、僕の気のせいじゃないだろう。




