第35話 決して交わらない表と裏
ゴールドは俯きつつも一度立ち上がるが、ナツキに背を向けられるとふらつき出して再び正面から倒れる。
「……今回は何も得られなかったか」
それを見て青年は腰に手を当て呟く。
彼には何か企みがあったのだろうか……。
「では、私はナツキに飲み物とタオルを持って参ります。ミツル様も如何ですか?」
ナツキの勝利で戦いが決したと見てダークは僕に差し入れを提案する。
「え? じゃあ……、俺の水筒持って来て」
ちょうど喉が渇いていたと思いお願いする。
「畏まりました。おいレアン、ここは頼んだぞ」
ダークは自分の右隣にいるナツキに対して陶酔している男の方を伺う。
「——あぁーっ……。ナツキの戦いっぷりを見ていたらワタシも汗をかきましたよ……ジュルル」
さっきはすっかり忘れていたが、ナツキの戦いに夢中で解説をしていたヴェルデはよだれをすすると満足の笑みを浮かべ口元を拭いながら唾をゴクリと飲み込む。
「ふぅ……、フフ‼︎」
「聞いてたか?」
「——何をだ?」
ダークとヴェルデが話してる間、僕は彼らの反対側を向く。
「ねえシルバー」
彼は先程砂の上にゴールドが正面から倒れた直後に何かを言っていた気がするが、今はそんな事どうでも良い。
「助けないの?」
夏真っ只中の暑さの中に倒れていると僕はとても心配だ。
「その内自分で起き上がるでしょう。放っといても大丈夫ですよ」
「……」
そうは言われても僕は放っておけない性格だ。
僕はこちらに向かって歩いて来るナツキの奥で倒れているゴールドをみる。
「でも……」
彼を助けたい、しかしそれ以上に行動に起こせない、そんな自分の性格がとても憎い。
「ミツル様は本当に優しいのですね」
優しい、その言葉は小5の僕には言われるととても辛い一言だ。
僕はただの小心者だ。
本当に優しい人ならそばに駆け寄ってやるはずだ。
だがこんな僕には動く事が出来ない。
「そんな事無いよ」
そう答える事しか出来ない。
例え僕が親切心で行う事でも相手にとっては迷惑である事が多くあり、感謝よりも文句を言われる事が多いのでその恐怖で自分から行動する事が出来ない。
ゴールドを助ける事でシルバーに迷惑がかかるのではないか、そう考えてしまうのだ。
「……」
自分の体では動けない、なのでこちらに向かって歩いて来るナツキをみて僕は決断し、パンパンと手を鳴らし意思を彼に伝える。
「……お願い」
僕は小声で呟く。
恐らくナツキは舌打ちして文句を言っているだろうがそれでも僕の為に倒れたゴールドの元へとUターンする。
彼らはこんな僕の弱い心から生まれたのだ、僕を助けてくれるヒーローであり我が子であり分身であり別人格の彼ら4人が。
いや、僕の中にはまだ3人程いたな。
最近約1人行方不明だが、まさか……な。
現在外に4人、中に2人、1人不明で合わせて7人となり、こうして見るとなかなか多いがこの先まだまだ増えるのだろうか将又減るのか。
……これ以上考えるのはよそう。
未来の事を考え鬼に笑われるのは御免だし、それに僕は“今”を全力で生きる主義なのだから。
それはそれとして、僕は将来勇者になって世界を救いたいと思ってる。
きっかけは、家によく来る友達に聞かれて、たまたま近くにあったゲームのパッケージを見てこれになりたいと手に持ちパッケージに大きく描かれた主人公の勇者を指した事だ。
最初は笑われると思ったが友達の反応は全く逆で、なれるよ絶対はたの君なら、と応援してくれた。
すると嬉しくなり自身が湧いた僕は本当になりたいと思う様になる。
この事はここにいる僕の別人格であるハル達を含めて誰も知らない。
彼らは僕の事を誰よりも知っているが友達や家族、学校などの人間関係、僕の“表側”の日常に干渉や詮索をしない決まりの為だ。
なので僕の名前さえ彼等は知らない筈だ。
ミツルと言うのは僕が適当に付けた裏だけの名前で本名とは全くと言っていい程関係無い。
逆に彼らの存在を僕の家族や友達で知る者はおらず、表側に対して“裏側”という表現をしよう。
彼等には彼等の日常がありそれは僕が踏み込んではならない危険な世界なのだから。
中にはそれ程危険では無い世界もあるが……。
「ごめんねシルバー」
僕は勝手な行動をしたお詫びをする。
「……。ミツル様は何も悪く無いですよ」
どうやら許してくれた様で、僕は心の中でホッとする。
「うん、ありがとう」
「ところでミツル様」
「何ですか?」
シルバーは自分の右側のこめかみに突き付けられた黒塗りの自動拳銃を指す。
「何やってんのヴェルデ?」
銃を持つ手を辿るとそこにいた。
「おやミツル様、ご機嫌様。先程は見苦しい姿を晒し申し訳ありません」
「いや、別に何も見て無いけど……」
「そうですか……。では今のは忘れて下さい」
言った後に思い出したり、間違いに気付いて後悔する事が良くある。
今回も、本当は最後のよだれを拭く所を見た事を今になって思い出す。
「……」
だが今更言い出す事は出来ず、彼も忘れろと言うので黙る事にする。
「わかった。そういえばシルバー、さっき何か言いかけなかった?」
また間違えてしまう。
この場合は言おうとしたが適切だろうが、しかしもう言ってしまったので遅い。
「あ、言っていいですか。とは言え大した事じゃ無いんですが……。この世界では初対面の相手に対し銃口を向けるのが挨拶なのですか?」




