残念、甘い夢は見れないよ
ふわふわの甘い綿菓子に包み込まれるような、そんな優しい微睡み。
規則正しかったはずの息が止まって、優しい微睡みが霧散する。
「っ……」
体が重いことよりも、ギリギリと締め付けられる首に意識が行って、覚醒したのに起きたという感覚が一切しない。
あるのは生命の危機、だろう。
重い瞼をこじ開けた先には、天井を背景にこちらを見下ろす、見慣れた顔。
「起きた?」
ゆるゆると首に掛けられていた圧が消えて、目の前でひらりと両手を揺らすソイツ。
先程まではのっぺらぼうと言っていいくらいに、表情がなかったのに、今では嫌味なくらいの良い笑顔。
ソイツの腹の中は真っ黒で、心根は根腐れを起こしているに違いない。
「あのさ、起こす時に首締めるの、止めてくれない?いつか死ぬと思うんだけど」
「声掛けても起きないからだろ。俺が声掛けてるのに起きないってことは、死にたいってことだろ」
疑問符で問い掛けるように、ではなく、何言ってんだお前、みたいに当たり前の一般常識を語るように言い切ったソイツ。
なんてこった、寝起きの頭がズキズキと痛む。
更に言えば胃の辺りにソイツが馬乗りになっているせいで、胃が圧迫されて苦しい。
幼馴染みと言うよりは、腐れ縁と呼ぶに相応しい関係のソイツは、極論過ぎるところがある。
未だに馬乗りになった状態で、ずり落ちたらしい眼鏡を指先で押し上げるくらいにマイペースでもあり、正直なところ時々扱いに困るのだ。
「それで、今日は何……」
今日は休日だと言うのに、お昼過ぎまで惰眠を貪るという予定は水の泡と化した。
この状態で二度寝なんてしたら、確実に絞殺されると思い、溜息混じりに問い掛けた私の言葉に、ソイツは酷く驚いた顔になる。
そんな言葉予想外、みたいな顔をされても。
レンズの奥の瞳が丸くなって、長い睫毛がくるりと上を向く。
唇もほんの少し開いて、その隙間から言葉にならない言葉が漏れ出ている気がする。
「……ろ」
「何?」
「お前が、テスト前だから、勉強見て欲しい、って、言ったんだろ」
ぐしゃり、と音を立てそうなくらいに顔を歪めるソイツは、私の首を撫でる。
その手付きが酷く厭らしいものに思えて、肩が跳ねた。
薄く手形の付いていそうな首を撫でながら、だから起こしに来たのに、みたいなことを呟く。
悪戯をしてバレた子供みたいな、叱られて不貞腐れる子供みたいな顔だ。
確かにテスト前で勉強見て欲しいとは言ったが、別に今日なんて言ってないんだけれど。
どうにも、私とソイツとでは些か考え方、と言うか何かの相違があるらしい。
「……今日、図書館って開いてたっけ」
「開いてる」
鳥肌を立てながらの私の言葉に、ソイツは間髪入れずに首を撫でる目を止めることなく答えた。
薄い唇を突き出して答える姿は、少しばかり可愛いと思ってしまう。
あぁ、絆されてるなぁ、と感じる瞬間だ。
「じゃあ用意するから待ってて」
サイドテーブルに置いた時計を見ればお昼前で、今から用意すれば外でお昼を食べてから図書館に行っても、十分過ぎる時間だ。
時計を見る私を見て、考えていることを理解したのか、胃の圧迫感がなくなる。
深い息を吐き出して吸い込んで、内蔵が無事であることを確認するようにお腹を撫でた。
ぺたぺたと床を叩きながら部屋を出ようとするソイツを、ベッドから降りて追い掛ける。
直ぐ終わるから、下にいて、と告げれば首をゆっくり動かして階段を降りていく。
満足そうに眼鏡を押し上げるのを見て、一息。
「何でお前ら、付き合ってないの」
隣の部屋の扉が開いて、怪訝そうな面倒臭そうな顔をした兄が出てくる。
視線は私ではなく、階段に向けられていて、確実に来ていたことを知っていて、私の部屋に入れたのだろう。
その手にはバイクの鍵が握られていて、これから出掛けることが見て取れる。
「さぁ。そういうことを、口にしないからじゃない?」
私の首を見て顔を歪めた兄を笑い、部屋に見を滑り込ませる私。
さっさと用意をして私も出掛けよう。
理解出来ねぇ、なんて声を聞いて、出来なくて良いよ、と吐き捨てた声は、きっと兄にもソイツにも聞こえない。