第6話・満腹の原因
「それで藤木君、独逸ではどこにいたんだね」
父の英雄が、ワインを片手に上機嫌な声を上げる。
「ベルリンにいました。長期ではなかったのですが、
色々な事を研究させていただいて、本当に充実した留学生活でした」
料理はメインディッシュの肉料理を終え、
そろそろデザートである果物が運ばれて来る頃だった。
英雄はグラスに残ったワインを一気に口に流し込んだ。
「そうかそうか。私は英吉利の倫敦に行った事があるが、そこも中々だったよ」
父の満面の笑顔に、彼女は吐き気に似たようなものを催した。
「本当ですか?僕もいつか機会があれば訪問してみたいと思っています」
「あぁ。是非そうしたまえ」
幸花は二人の様子を恨めしそうに眺めていた。
ワインを一気に飲み干す仕草。
それが父の機嫌が良い時の癖であることを、彼女は知っていた。
「しかしお嬢様は、とても大人しい方なのですね。
先ほどからあまりお話しされていないのでは?」
突然、牧が幸花の方を見ながらそう切り出した。
彼女は咄嗟にうつむく。
父が隣で笑った。
「幸花は少し人見知りで・・・。初対面の方と会うと緊張してしまうのですよ」
「そうですか。いや、近年は職業婦人なる方も出てきて活発な方も多いが、
やはりお嬢様みたいな大人しい女性は理想的とも言えるでしょう」
思わず叫びたくなる。
歯が浮いてしまいそうな科白は、もう聞き飽きていた。
デザートが運ばれてきた。
フルーツの切り身が、美しく盛り合されている。
「それでは、これを食べたら少し二人きりでお話しなさってはどうですかね」
牧が幸花の方を見た。
「そうですね、二人とも我々がいるのでは話し辛いようですし」
政治の話、経済の話、法律の話を一通り終わった後である。
二人きりになった後の会話を思うと、身震いがした。
とうとう始まる。
学者特有の自分の専攻についての話しが。
幸花は横に座る父の横顔を盗み見た。
明らかに満足そうな表情が伺える。
口から出そうになった溜息を止めるのに、彼女は必死だった。
「確か西洋の庭園があるそうですよ。そこでお話ししてきなさい」
「「はい」」
右手にフォークを持ち、口に運び入れる物を選ぶ。
どれも同じようで、どれも選びたくなかった。
左手にナイフを持ち上げ、仕方なくメロンを切る。
溜息だけが、彼女の空腹を満たしていた。




