表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨音色  作者:
5/17

第5話・出会い

朝7時半、太陽が東の空にようやく昇りきろうとしている頃、



周囲の状況からあまりに浮いている車のエンジン音とともに、



布団にくるまっていた藤木は聞きなれた声で起こされた。



「これ、起きろ!これからお前を変身させる」



言われるや否や、かけ布団を剥がされた上、返事も待たれずに、



彼は何人かに引っ張られ、髪の毛をいじられた挙句、



「早く着替えろ!」



と寝ぼけまなこの彼に洋装が投げられた。



彼は命じられたままそれを着用し、それを着終わったころ、



ようやく自分の置かれている状況を把握した。



「あぁ、今日はお見合いで牧先生が洋装を持ってくるんだっけ・・・」



そう思ったのも束の間、彼はそのまま車の中に連れ込まれていった。



否、押し込まれたという言葉のほうが的確かもしれない。



「いってらっしゃい」という母の声が聞こえたような気がした。



「大帝国ホテルまで急いでくれ。ここからでは時間がかかるからな」



「かしこまりました」



彼らを乗せて、黒光りするそれは走り出した。





















「お嬢様、今日は洋装で行かれるのですか」



タマは鏡台の前に座る幸花の長い髪を持ち上げて言った。



「えぇ、この洋装に似合う髪にしてね」



薄い桃色の洋服に身を包んだ彼女は、普段よりも美しかった。



タマはにっこり笑っていった。



「お任せください。いつもより綺麗にして差し上げますよ。


今日こそお見合いを成功させられますように」



鏡に映るタマの笑顔に、彼女も微笑み返した。



その表情のどこかに、心の奥に隠した感情が潜んでいるのを、タマは知る由もなかった。





















「いいか、無礼のないようにな」



「はぁ・・・」



ぼりぼり、と乾いた音がした。



「そういう風に相手の前で頭を掻いたりするな。


背筋を伸ばして。


ほら、眼鏡もこれに代えなさい。


それでは汚すぎる」



助手席に座る牧から、新しい眼鏡が手渡された。



「先生、見合いって言っても・・・」



「とにかく、きちんとしなさい。分かったかね」



「・・・はぁ・・・」



「壮介君、いつもより素敵に見えるから、頑張ってね」



そう言ったのは、隣に座る牧の妻である晃子であった。



子供のいない二人は、藤木を実の息子のように可愛がってくれていた。



今日は藤木の見合いということもあり、二人揃って出向いてくれたのだった。



「・・・はぁい」



唯一憂鬱な顔をした藤木は、窓の外を見た。



久しぶりの銀座は、多くの人で賑わっている。



「・・・はぁ」



大きなため息が、彼の口から零れ落ちた。




















「藤木様でいらっしゃいますね。


山内様はもうお見えになっておられます。


リストランテ・プルニエの方にご案内致します」



ロビーのカウンターの煌びやかさに、藤木は目を躍らせた。



どこの方向を向いても全てが輝いて見えた。



「ありがとうございます。ほれ、藤木君、いくぞ」



牧が持っていたステッキで軽く音を立てた。



彼は光の洪水に若干の目眩を感じながらも、急ぎ足で彼の後を追った。





















「こら、そんな顔をするのでない」



「はい・・・」



明らかに不機嫌そうな表情の幸花を、父が嗜める。



「いいか、粗相のないようになさい」



「・・・はい」



幸花は膝の上の両手を固く握り締めた。



「失礼します。山内様。藤木様ご一行がお見えでございます」



そこはレストランの傍にある個室だった。



給仕の者が、ドアの向こうから彼らの到着を告げる。



「ありがとう。お通しして」



「承知いたしました」



しばらくして、ドアをノックする音が聞こえた。



「幸花、立ちなさい。くれぐれも無礼のないように」



聞こえないぐらいの小さな声で彼がつぶやくと、ドアの方に向かい、扉を開けた。



「ようこそいらっしゃいました。


牧殿でいらっしゃいますね。山内でございます」



牧は深々と頭を下げた。



「初めてお目にかかります、山内殿。よろしくお願いします」



「それで、そちらの殿方が・・・」



軽く背を押されて、一人の若い男性が入ってきた。



彼女はそちらの方を一瞥した。



その瞬間、彼女は自分の心臓が飛び跳ねた感覚を覚えた。



長身で涼しい目元。



優しそうな口元。



今までの、『学者』の見合い相手とは『多少』異なっている・・・ような気がしたからだった。



「藤木壮介と申します。牧先生に師事しておりまして、現在助教授をしております」



『助教授』



何度聞いたか分からない肩書きであった。



やはり今回も一緒か・・・。



彼女は自分のつま先を眺める。



先程のそれは、やはり気のせいのようだったらしい。



「よろしくお願いします。藤木先生。幸花、自己紹介をなさい」



ぽん、と肩を軽く叩かれた。



我に帰った幸花は、一歩前に進む。



「山内幸花と申します」



「藤木壮介です。よろしくお願いします」



二人は揃って頭を下げた。



「それでは腰をお掛けになってください」



幸花の父、英雄が言う。



それと同時に、がらがら、と給仕の者が料理を運びこんで来た。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ