第4話・期待はずれ。
「帝国大の助教授をなさっている方だ。
刑法を専攻されているらしい。
性格は温厚で、裕福且つ家柄も良いそうだ。
お父様はお亡くなりになられているそうだが、同じく教授でいらっしゃったらしい」
「・・・」
「来週の日曜日、大帝国ホテルで11時に待ち合わせになっている」
「・・・」
大きな咳が部屋中に響いた。
彼が続ける。
「それに、今回は私が一緒に行く」
それまで黙っていた彼女が、突如声をあげた。
「えぇ!お父様。それは・・・」
「今までお前の望み通りにしてきたが、今回は私が一緒に行くことにした。
タマには家で留守番をしてもらう」
「・・・」
彼女は再び押し黙った。
「お母様も心配していらっしゃるだろう」
「・・・お母様・・・」
彼女は父の書斎に呼び出されていた。
予想通りの話しではあったが、父親同伴までは考えていなかった。
それまでは父が同伴せず、タマが一緒に行くことを条件にお見合いをしてきた。
むろん、全ての見合いを断るために。
彼女はちらりと父の机の上に飾られていた写真を見た。
西洋のドレスに身を包んで微笑んでいる、自分とそっくりの女性。
母の由希子であった。
5年前、既に病のため他界していた。
「私はお前を甘やかしすぎた。
幸花が同伴しないで欲しいと言うからその通りにしてきたが、その結果がこれだ」
父が書斎の端に置かれている箱を指差す。
そこにはこれまでの見合いの申込状や写真が無造作に詰められていた。
「しかし、お父様・・・」
彼女は大きな瞳を父に向ける。
「無理強いはしない。だが、良い加減に真剣に将来を考えなさい」
そう吐き捨てると、彼はおもむろに机の上の書類を取り出した。
「これから仕事がある。下がりなさい」
これ以上何も言うな、という父からの命令だった。
「はい・・・」
彼女は書斎を後にするしか為す術は無かった。
「失礼します。お嬢様・・・」
「・・・」
真っ暗の部屋に、女中のタマが部屋に入ってきた。
「お嬢様、お着替え、ここに置いておきますよ」
ベッドの上に横たわる彼女の傍に、タマは着替えのネグリジェを置いた。
「・・・ねぇ、タマ」
か細い声が響く。
「・・・はい」
タマに背を向けたまま、幸花は呟いた。
「タマは結婚して何年ぐらい?」
「かれこれ、25年くらいですかねぇ」
タマは指で数えるそぶりを見せた。
「・・・結婚って、楽しい?」
えへん、と一つ咳払いをした。
「えぇ。お嬢様が思っていらっしゃるよりも、ずっと」
タマはベッドの傍に跪いた。
まだあどけなさが残る横顔に、彼女は右手を添える。
幸花はそこにそっと自分の手を重ねた。
「お姉さま達を見てると、結婚なんかしたくないわ」
大きなため息が、行き場もなくその場を彷徨う。
「好きでもない人と生活して、毎晩知らない人と社交パーティーして、
それぞれ別に恋人がいて、そんな結婚は意味があるの?」
タマは黙っていた。
ただ優しく彼女の髪を撫でるだけだった。
「お父様は、御自分はお母様と一緒になれて良かったかもしれないけど、
どうして私達をつまらない人達と結婚させようとするのかしら」
誰の目から見ても、父と母は愛し合っていた。
未だに父が他の女性との結婚を勧められても断り続けるのは、
母が忘れられないからなのであろう。
「子が親の幸せを願うのは当然ですよ」
「だったら・・・」
タマは幸花の口の前に人差し指を置く。
「結婚で幸せになれるかはお嬢様次第ですよ。
さぁ、もう遅いですからお休みください」
「私次第・・・」
彼女は掛け布団を掛け直した。
「お休みなさい、お嬢様」
「・・・お休みなさい」
外では、緑の風が優しく吹いていた。




