家出してきた
女の子に抱きつかれて、羨まけしからん状況になった俺は、家を飛び出した。
もともとそこまで、モテモテになったことなどない、そういった意味で普通の男子学生だった。
確かにハーレムはいいなと思ったことはあった。
女神様にお願いをしたら、私なんてどうと言われた。
いや、それはいい。
女の子にモテモテになったりハーレムになるというか、素敵です! という尊敬の眼差しで見られてみたいという俺のあさましい欲求に関しては、あるとだけ答えておく。
だが、待って欲しい。
俺は女の子もおっぱいも好きだけれど、あんなふうに弄ばれるのは嫌なのだ。
というか耐えられない。
やはり女性はもっと慎ましやかであって欲しいような気がするというか、こう、こう、上手く口では言えないのだが、何かが違うのだ。
愛玩動物のように扱われるのが嫌かといか、俺は何かを考えすぎているのか?
「普通ここは喜ぶべき所なのに、何で俺は逃げているんだ」
女の子耐性が低くて混乱した頭が、少しずつ冴えていく。
かといってあんな目にあって、俺はついているぜ! なんて開き直れる気がしない。
でも、開き直るべきなのだろうか。
「モテる奴ってもう少し軽いノリでヘラヘラしてやっているような……やはりそうするべきなのか」
けれどそんな恥ずかしいことは出来る自信がない。
暫くはその辺を歩いて、頭を冷やそうと思って歩いて行く。
ただ時折視線を感じて振り向くが、
「誰も居ないか。俺、疲れているのかな」
連日なんだかんだで色々な目にあった。
とてもどうでも良さそうな話が、世界の存亡に関わりかけたりとよく分からない展開が続いている。
しかも結局はあいつは取り逃がした。
空間を裂くように現れる腕とか、あんな不気味な光景をみせつけられたのだ。
そういえばあの後、色々とリズさんの家で昨日は散々話しをさせられたのだ。
結構俺、頑張っているんじゃないかと思いつつ歩いて行く。
ここは大通りで、時折馬車が走って行く。
そういえばこの世界に“自動車”や“鉄道”はないのだろうか。
ギルド内にはパソコンのようなものもあったが、それはまだ一般化されていないようだった。
技術にはその元となるものがあって発達していくように思えるが、この世界は中途半端に技術が発達しているようにみえる。
正確には、この世界は必要に応じて“俺達の世界にあるような技術”が継ぎ接ぎされているように感じるのだ。
まるで意図的に作られたかのようなそれだが、けれど別の経緯を持って同一の結果にたどり着いたのかもしれない。
喩えるならば、東京から大阪まで行くのに新幹線を使うか、飛行機を使うか、船を使うか、どの方法を使っても同一の結果が得られるようなものだ。
俺の予想し得ない思考過程を経て、そういった俺達の世界の現在の技術にたどり着いているのかもしれない。
それにもしかしたなら、もっと昔は高度な文明があってそれが崩壊し、現在は使い方がわかるだけのものや、維持するので精一杯の状態になっている……そんな可能性だって考えられる。
現に俺達の世界、古代ローマ時代に作られた水道橋がその技術が失われて、昔、悪魔が作ったものだと言われていたらしい。
今の俺達からすれば何で悪魔なんだと笑い話にするだろうが、技術が断続的に進歩するというもの自体がまやかしなのかもしれない。
理屈上は自然に発展するとしているけれど、その維持や発展という労力は俺達が思うよりも大きい物なのだろうかと、俺はふと夢想する。
そこで目の前にきれいな女性が歩いて行くのを見かける。
大人びたおしゃれな女性で、けれど何となく違和感を感じて俺は見てしまう。
そして俺と彼女の距離が大分近づいた所で、馬車が通りすぎる。
珍しく狭い道をかなりの速度で走って行くそれだが、小さく舌打ちしたように彼女が動く方向を変えて、
「きゃあっ」
「うわっ」
俺と彼女はぶつかってしまう。
その時にひらりとハンカチのようなものが落ちるのが見えて俺はそれを拾い、
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
感情のない声で礼を言われ、その女性は足早にその場を去っていった。
俺、何かいけないことでもしたかなと思っているとそこで、地面に赤い石の嵌められた、銀の縁に彩られた宝石が転がっているのに気づく。
先ほどの女性が落としていったものだろうか。
それを拾い上げ、その女性を探すが人が多いこともあって彼女の姿は何処にも見当たらない。
こういった異世界の場合拾い物をしたらどうするのだろうと俺は悩む。
現代日本であれば交番に届けるのだが、この世界に交番てあるのだろうかと思いポケットにそれを入れる。
後でその交番のような場所をミルル達に聞こうと思いながら、まだあの部屋に戻る気がしなくて、
「じゃあ何処に行こうか。……昨日の畑でも見に行くか。薬草の種もまいておいたし、野菜も育っているだろうし」
一日で育って収穫できる魔法をかけたので、今頃大きく育っていることだろう。
そう思いながら俺は畑に向かったのだった。
畑には青々とした葉が茂っている。
そして地味な花も幾つか咲いており、それらはこれから野菜になるのだろうと俺は解釈していたわけだが……。
「明らかに鳥か野生生物に喰われている」
半分だけ残った茄子を見て俺は呟いた。
ゲーム内ではそういったイベントがなかったので油断していたが、魔法の結界か何かをはって置かなければ美味しく食されるのは当たり前だった。
後で結界を張っておこうと肩を落とし、俺は作物に魔法をかける。
そうしながらも、高度に進歩した文明が滅んで、食料は素晴らしく美味しい果実だけ……みたいな世界じゃなくてよかったよなと思いながら野菜を育てていく。
そこで俺は気づいた。
畑のはしにある水たまりのような存在に。
昨日まではなかったそれに、俺はゆっくりと近づくが……そこでその水状のものがプルプル震えて一人の少女の形に変化する。
それはリズさんの家にいた謎の魔族の少女だった。
彼女は俺を見て一言言った。
「私、家出してきた」
それに俺は、どうすればいいのかよく分からなかったのだった。




