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もぞもぞと動きだしたり

 呼び鈴の音に、誰だろうと思って俺が出るとそこには、


「こんにちわ~」


 セイレーンのエイネがいた。

 白い髪に紫色の瞳の女性で、普通よりは美人だ。

 魔族は美人が多いのかなと思った俺は、意図度くらいミルル達魔族の国に行ってみたいなと思う。


 そんな事を俺が考えたのは良いとして、エイネは普通の白いワンピース青色のカーディガンを羽織った特に目立たない格好をしているが、何故か大量の荷物を抱えている。

 正確には大きな茶色いスーツケースの様なものを二つ抱えていて、他にも小さな袋を幾つか持っている。

 まるでどこかに引っ越そうとしているかのようだった。


「凄い荷物ですね。どうしたのですか?」

「いや~、家を追い出されちゃって」

「……え?」

「タイキの薬で仕事が上手くいっちゃって、その、たまたまね、祝い酒でこう、飲んじゃって気分が良くなったというか……」

「はあ」

「それで、こう、気分が良くなると、歌いたくなるでしょう? それでうっかり歌っちゃったんだけれどそれで、怪我人が出ちゃって。といっても居眠り運転でアパートに突っ込んじゃって、それで馬車の操縦士の人が軽い怪我を負ってしまったのだけれど……それで、追い出されちゃった」


 ペロッと舌を出す彼女。

 そんな様子も愛敬があって可愛い気がするが、そこで彼女は、


「だからここに泊めて欲しいの。部屋が決まるまで」


 そう俺に彼女は言ったのだった。






 突然現れてそんな事を言われてもと思った俺だが、そこでミルルがやってきて、


「タイキ、お願いできますか?」

「いや、部屋は空いているから別にかまわないが……」


 確かにまだ部屋は空いているので、一人増えた所で問題はない。

 ただ一つ屋根の下で男女が共同生活。

 そして男は俺一人。


 ただ、何かが起こるわけでもないし、何かが起きても俺は困るのでそこは良い。

 けれど少しぐらい俺にとって都合の良いイベントが起きないかな、そう俺が思っていると、


「本当! 助かったわぁ。またしばらくテントを張って野宿生活かと思っちゃったし」

「……そんな事をしていたんですか」

「そうよ、路上ライブをしていても、お客さん、皆眠くなっちゃうからお金全然くれないし……」


 悲しげに呟くエイネ。

 確かにこのセイレーンの歌声を聞いたなら眠ってしまうだろうなと思って、俺は気の毒に思った。

 それに丁度空いているのだから、ミルルの友人でもあるし、放り出すのもなんだかなと思って、


「じゃあそこの部屋にしてくれ。ただ使っていないから掃除しないといけない。それが終わったら俺に言ってくれ。布団を渡すから」

「本当!

 わーい、ふかふかの布団で寝れるー」


 嬉しそうなエイネ。

 何となく良い事をしたような自己満足に俺が浸っているとそこで、


「タイキ、ありがとうございます」

「ちょっとだけ見なおしたのですよ」


 ミルルとシルフに言われてしまった。

 でも言われるのは悪くないなと俺が思っているとそこで、サーシャがふわふわと飛んできて、


「あれ、新しく住む人ですか? おはようございまーす」

「……何となくサーシャ姫に似ているような……」

「本人ですから」

「……」

「……」


 エイネが沈黙した。

 そして、かくかくとしたようにミルルに振り返り、ひきつった笑みを浮かべて、


「何でお姫様が幽霊みたいになってここにいるの?」

「いえ、何だか魔法に失敗したらしくて。でももうすぐいなくなるから大丈夫ですよ」

「……ミルル、ちょっと言葉に棘があるけれど」

「……だって」


 そう言ってちらりとミルルは俺を見る。

 何でだろうなと俺が思っていると、それだけでエイネは分かったらしかった。


「なるほど、分かりました。んふふ」

「へ、変な笑い方をしないでよ」

「いえいえ、結構、ミルルはモテモテだったのに皆、相手にしないから、もしかして女の人の方が好きなんじゃないかと……」

「それを言ったのは誰かしら?」

「……ミルル、何だか怖いよ?」

「いえいえ、そんなわけないじゃない。それで言ったのは……」

「あ、そうそう。もしここに泊めてもらえそうだったらお礼にと思ってお菓子を持ってきたのよ」


 そう言ってエイネは話題を変えた。

 ミルルがしつこく聞いているが、答える気はないようだった。

 そしてその菓子は生菓子であるらしく、折角だからと俺はお茶を入れるためにお湯を沸かす。


 蛇口をひねって清潔な水をやかんに入れて火にかける。

 水道やら何やら、近代的な設備が整っていて良かったと俺は思う。

 ただ生の水はそのままで飲まない方が良いらしい。


 この辺りの水は土の属性が強く出てしまい、お腹を壊しやすいだそうだ。

 硬水みたいなものだろうかと俺は思いつつお湯を沸かす。

 そこから先はミルルがやってくれるというのでお任せして、その持ってきた生菓子を見る。


 ファンタジーらしくもぞもぞと動きだしたり、何処かに走り去るような事は今の所はなさそうだ。

 中を開くと赤い果実、イチゴなどが入ったタルトが入っていた。

 表面がつやつやと光っていて、ゼリーの様なものが塗られているのが分かる。


 それを取り出して切ると、中にはタルト生地の上にカスタードクリームの様なほんのりと黄色いクリームが載せられ、その上に果実がふんだんに盛られているようだった。

 見るからに美味しそうなものを切り分けていく俺。

 シルフもそれを見て期待するように目を輝かせている。


 エイネはそんな俺達を見て何処か嬉しそうだ。

 そんなエイネを見ていると、それに気付いたエイネが、


「実はちょっと奮発して、この町で有名なケーキ屋さんで買ってきたの。そのお店のこのミックスベリータルトは美味しいからすぐに売り切れてしまうって有名なのよ」

「そうなのですか、楽しみですね」

「実は私も食べるのが初めてで、今日は凄く楽しみなのよ」


 そうエイネが言うのを聞きながら俺は相槌を打ち、そこで紅茶が出来そうだと思って皿を取り出し、タルトを切り分けて盛り付けていく。

 と、俺のスマホが小さく震えて、


「折角だから私も頂けないかしら」


 そう言って女神様が現れた。

 女神様も女性なので、こういった甘いお菓子が好きなのかなと俺が思っていると、


「め、女神様が何でここに!」


 エイネが驚いたように女神様を指さして、そう叫んだのだった。


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