次の命令を
現れた人形のような少女は、澄んだ声音で事務的に俺に告げた。
「ご主人様、ご命令を」
表情すらも変えないその少女に俺は、一瞬戸惑いを覚える。
これは一体なんだろう。
けれど俺にとってとても親しみがあるような気がする。
何というか、信頼に足りるものだ。
この奇妙な感覚が何なのかは分からない。
ただこの少女のような存在はおそらく……“精霊”。
先ほどからこの重力を操るような罠の中でも平然としており、そもそも俺の魔力から生まれたような存在なので自ずとこの存在について想像できる。
そこで、悲鳴が聞こえた。
「ちょ、こ、来ないでくださいぃいいいい」
「サーシャ! ……サーシャをここに連れてきてくれ」
今は少しでもあの偽怪盗からサーシャを引き剥がさないといけない。
そう思って俺は、この眼の前の少女に、
「サーシャをここに連れてきてくれ」
「了解しました、ご主人様」
少女は俺の言葉にそう告げると、ふわりと浮き上がり飛んでいってしまう。
そしてそのままサーシャの腕に抱きつき、
「目標、捕獲しました。帰還します」
「う、うにゃ、うにゃああああ」
そのまま瞬時にサーシャを俺の側まで連れてくる。
その速度はまたたき程度で視覚の範囲内を移動し、例えるなら飛行機か何かのようだった。
そしてその速度に耐えられなかったらしいサーシャは目を回してぐったりしている。
幽霊も速度に酔ったりするのかと、新たな事実に気づいた俺だがそこで、
「ご主人様、次の命令を」
「……君は、他に何が出来るんだ?」
「ご主人様の望みのままに」
短く告げるその少女に、俺はこの高重力装置を何とかして欲しくて、
「あの装置を壊してくれ」
「了解しました、ご主人様」
そう告げて飛んでいってしまう。
まるで、そこそこ自立したロボットか何かのようだと俺は思っていると、
「させるか!」
偽怪盗がその人形のような少女に攻撃を仕掛ける。
宙を舞う炎。けれど、
「障害を、確認。退避します」
そう告げてその魔法攻撃を避けていく。
空中を舞うように避けていくその様に、なんだこれはと俺は思う。
そして避けながらも、着々と俺が命じたその装置に近づき、そして、
「対象、確認しました。これより、次の行動に移ります」
それと同時に少女の小さな手が光りだし膨れ上がる。
その光が少女の頭くらいに大きくなった所で、少女はその手を思いっきりその装置へとつきたてた。
ガシャンッ
大きな音を立てて、その箱が凹み、同時に大きな音と光を放って爆発する。
轟音と、壊れた時に散らばったその四角い箱のなかの部品らしきものにチラチラと炎が見え隠れする。
そして装置が壊されたがために、地面に広がっていた光と俺達を襲っていた罠が消える。
真っ先に動いたのは鈴だった。
「よーし、これから一気に追い詰めさせてもらうわね!」
そう告げると同時に、弾を装填した銃がぐるりと鈴の周囲に展開して、銃で攻撃する。
容赦の無い攻撃に俺は旋律を覚えていると、ミルルが矢を放ち、シルフが大きな鎌を持って走って行き、
「よくもやってくれましたね! お返しです!」
そう言って鎌をふるい接近して攻撃していく。
更にクロードまでもがその剣で攻撃を加えている。
けれどそれら全てを今の所はその偽怪盗は全て防いでいるかのようだった。
とりあえずは一つ魔法を設定しておこう、そう思っていると、先ほどの症状がやってきて、
「ご主人様、次の命令を」
「……今はこれでいい。待機していくれ」
「了解しました。待機します」
そう答えると、その少女は俺の隣で立ったまま微動だにしなくなる。
本当にロボットか何かみたいだなと思いながらも、この少女で攻撃した場合は相手を死なない程度で抑えられる保証がない。
なので自分で攻撃するのが一番最善だと今の俺は思う。
だから選択画面を開き、
「えっと……これがいいか。“惑う水の閃光”」
捕えて動けなくしたほうが楽だろうと、氷の魔法の呪文を俺は選択する。
そして、俺のしたに魔法陣が浮かび上がりぐるりと一回転したかと思うとその魔法陣の更に外側にリボン状の環のような光が2つ、俺の周りをゆるやかに回り出す。
その燐粉がさらに小さな環を描き、それが歯車が噛み合うようにお互いに触れながら回り始める。
それと同時に俺の口から呪文が溢れる。
「惑う水の星
その輝きが歌う主は
ただただ静かなる音色を
そが竪琴で奏で
全てを魅了し立ち止まらせ
静謐な眠りへと誘う
その優しき安寧の牙を
立ち塞がりし者に与えよ」
ひときわ大きく俺の下の魔法陣が輝いて、それに気づいた仲間が偽怪盗から離れる。そして、
「“惑う水の閃光”」
告げると同時に、青く輝く冷気がその小さい円の一つから吹き出して、偽怪盗に飛んで行く。
それに偽怪盗は抵抗するが、俺の魔法の威力が優っているらしい。
足元からどんどん凍りついていき、同時に体力が目に見えて減っていく。
やがて体全体を包み込んだ所で体力がなくなり、そして氷が砕け散り、偽怪盗が倒れた。
氷が割れる甲高い音が響く中、倒れ込んでいく偽怪盗。
どうやら上手く倒せたようだ。
「倒せた、の?」
ミルルがそう呟く。
なので俺はそれに答えようとして……自分の目の前の光景に目を疑った。
そこは何の変哲もない空間だ。
けれどそこには真っ黒な裂け目ができている。
丁度偽怪盗の頭上の辺だ。
そこから黒い手袋で覆った手がにゅっと伸びてきて、
「カノープス、これは重大な失態だ。ここではもう暫く、入り込むことは出来ない」
「ハダル様……申し訳ありません」
「……仕方がない。敵は強すぎて、そしてお前を捕らえられるのは我々には致命的だ。……手を伸ばせ」
そしてその手を握ろうとするのに気づいて、鈴が銃を向けるが……その時には、偽怪盗の手はその空中に生えた手を握っていて、ズルリとその裂け目に飲み込まれてしまう。
しかもその裂け目は、偽怪盗を飲み込むと同時に消滅してしまう。
近づいてみてみたが、その残渣はどこにも見当たらない。
何もかもよく分からないが、ただひとつ紛れもない事実としてあるのは、
「逃げられた、か」
悔しさをにじませながら、俺は呟いたのだった。
次の話で、第二部完です。




